第19話 刺す

――夜


わたくしの方では、特に進展はありませんでした。しかし、何かを隠しているように感じ取れました」

「私も同様です。どうにも今ひとつ踏み込んだ関係になれず……」

 ヴァントーズとミールがローナの協力者だった場合、秘密にしたがるのは当然だろう。

 2人はなかなか手強いから、できることなら情報を一切漏らしたくないと思うほどに……

「僕もだよ。ローナと話して、孤児院の子達とも話したけど、雑談ばっかで目新しい情報はなかった」

 僕も2人に悟られないように気をつけなくてはいけない。

 2人とも、僕の言動に対しては特に敏感なようだから、完全に隠すのは無理だろう。それでも、僕はローナの名誉を守らなくてはいけない。

 そして、同時進行でローナを殺す心の準備も必要だ。

「まぁ、仕方ないでしょう。それでは本日は解散です」


 僕は独り、ベットに横になって考える。

 ローナが僕を信頼してくれた理由、いつ帝王に疑問を持ったのか、彼の協力者は誰か……

 果たして、こんな短い期間で十分な信用を得ることは可能だろうか。

 しかし、実際に僕は今、ローナを信頼している。多分、ローナが僕に秘密を託したように、僕もローナに秘密を託すことは可能だ。

 でも、どうしてそう思えるのか、理由が全く分からない。

 では、ローナがいつ帝王に疑問を抱いたのか、この疑問はどうだろう。

 彼は賢いから、勉強する過程で非合理性に気づいたのだということは想像できる。

 これは、聞けば話してくれるかもしれない。なるべく早く、後悔の無いようにしなくては……。

 そして、彼の協力者は多分ミールとヴァントーズのどちらかだ。

 ローナは2人をとても尊敬しているようだし、力になると考えるだろう。

………………。

 頬に水が伝っていく。

 少しだけ、息が苦しい。

 これは、何に対する涙だろう。

 ローナを想っての涙だろうか。そうだとしたら嬉しい。

 自分の気持ちしか考えていない涙なんて、みっともないだけだからだ。

 そんな涙、救世主にふさわしくない。

 ……ローナも泣いたのだろうか。自分の運命を真に知った時。

 彼には幸せになって欲しい。でも、ローナが幸せになれるのは死後だろう。そもそも幸せにもなれない可能性が高い。

 ……あぁ、僕は彼の幸せな未来を絶つのだ。

 言葉にしても実感は湧かない。それでも、涙はふつふつと湧き出てきて、止まるところを知らないのだ。

 言いようのない不快感。

 これは、僕がどう考えても分からない問題に直面した時に感じる感覚だ。

 胸がムカムカするような、心臓がドキドキするような……。

 ……あぁ、救世主とはなんだろう。

 どうやらこの世界では、大勢の命を守るために5人の人生を踏みにじることが“救世”らしい。

 これは僕が考えたことだが、一般人の考え方としては間違っていない気がする。

 直接思ってはいなくても、心当たりはあるはずだ。

 結局のところ、みんな他人なんてどうでも良いんだ。自分が無事ならなんだっていい。

 そう思ってるからこそ、この世界は怠惰なのだ。

 革命も、技術革新も、文化の発展も、救世主頼りで自分たちでやろうとしない。

 怒りが湧く。

 ――きっと、先代救世主もこんな思いを抱いていたのだろう。

 いや、その前も、その前も、全員一度は思ったに違いない。

 そう思った時、これまでの救世主はどうしてきたのだう。疑問を噛み殺して来たのだろうか。

 そうだろうな。なぜなら僕も今、そうしようとしているのだから。

 そもそもの話だが、人を傷つける……、殺す人間が救世主と呼ばれて良いのだろうか。

 疑問は尽きない。明確な答えも出ない。

 あるのは絶望。どんな選択をしても絶望が待っている。

 故に、僕が今できるのは現実逃避……。

 残り少ない安寧の間は、何も考えず、目を閉じて、呼吸を落ち着かせていよう……。


――次の日


 今日は朝からローナ以外の子ども達と話すことにした。つまり、シャロンを手伝うということだ。

 それに、ヴァントーズがローナの協力者かどうかも確かめたいという思いもある。

 証拠は掴めないことは分かっているが、何かヒントは残してくれるだろう。

「あ!けい君だ!」

 ナグリが満面の笑みをこちらに向けて走ってきた。後ろにはターチもいる。

「おはよう。ナグリ、ターチ」

「おはよ!」

「おはよう」

 ターチは僕が気に入らないとはいえ、素直さはあるからやりやすい。

「ねぇ、けい君、一緒に外で遊ぼうよ」

「うん、良いよ。ターチも一緒に遊ぶ?」

「……当たり前」

 ターチはナグリの手をキュッと握っている。おそらくそれが、私がナグリから離れる訳が無い、という意思表示なのだろう。

 そんな様子を見ると、ふたりが仲良くなった経緯も知りたくなる。


 孤児院の外は野原が広がっている。だが、荒れているという訳ではなく、草が切りそろえられていて、危険なものが無いようになっている。

「何して遊ぶの?」

「木登り!」

 ……木登り。

「……楽しそうだね」

 さすがに驚いて、一瞬固まってしまった。ターチも呆れた目でナグリを見ている。

 一方のナグリは、期待に胸を馳せた目をしている。

 木登りなんて大きくなってからは一度もしたことが無い。そもそも、僕の身体でできるだろうか。

 いや、こういう時は僕が下にいて、落ちないか見守ることが良いのだ。

「ターチは登るの?」

「わたしは、いや」

「……高いの怖いの?」

「はぁ?!そんなわけないじゃん!」

「ターチはね、高いとこ行くと動かなくなるんだよ」

 ターチが声にならない声を上げて固まっている。顔も真っ赤だ。

 それじゃあなんで、ナグリが木登りを提案したのか分からないが、10歳だしそんなものだろう、としか考えることが出来ない。

「僕は下で見てるから、気を付けて登ってね」

「わかった!」

「わたしも見てるよ……」

 ナグリがジャンプして一番下の枝にぶら下がる。かと思ったら、ゆらゆらと揺れて、その反動で枝の上に登った。

「すご……」

 思わず感嘆の声が漏れる。10歳ゆえの身軽さなのだろうか。

 丈夫な木を植えているのも、この為なのかもしれないと思うと、よく考えられた孤児院だと感じる。

「ねぇ、救世主」

 急にターチに声をかけられ、ドキリとする。あまり、彼女から声をかけられる事がないからかもしれない。

「ナグリはね、泣いてるんだよ」

「泣いてる……?」

 既に三本目の枝に手をかけているナグリに聞こえるかどうかの声で話される。

「爪を剥がされる時、すごい泣いてた。叫んでた」

「……」

 ヴァントーズの話から考えると、爪を剥がされたのは今より小さい時だろう。

 その時の苦しみと痛みは想像を絶するものだということは、嫌でも想像できる。

「でも、みんな笑ってたよ。お役目を全うできて偉いですねって」

 ターチは下を向いていて、表情が見えない。

 でも、その声はどこか震えている。でも、泣いていると言うより、怒っているという方が近いかもしれない。

「バカみたい。ナグリ達が頑張らなかったらみんな死んじゃうような人間のくせに。知らないフリしてさ……」

 ……今までの僕を殴ってやりたい。

 10歳は立派に思考が完成した、一人前の人間じゃないか。

 そんな人に対して僕は今まで、どんな失礼なことを考えていたと言うんだ。

「あんたも同じだと思ってた。最近まで」

 ターチはそこでパッと僕の顔を見て、目が合った。

 彼女の目には、悲しみも怒りも浮かばない。

 そこにあったのは、ただの強い意志。静かな青い目に灯る、燃え上がる赤だった。

「でも、違うんだね。あんたはナグリ同じぐらい苦しんでるんだ。頑張ってるんだ」

「そう、かな……?」

 そうだね。なんて言えない。

 頑張ってるね、なんて言われても実感がわかないからだ。

 苦しんでるというのは、葛藤してるという意味ではそうかもしれない。

 でも、果たして本当に同じくらいであろうか。僕には到底思えない。

「そうだよ。だって、いつも泣きそうな顔だよ。あんた、優しいでしょ。自分では思ってないんだろうけどね」

 真っ直ぐなターチの表情は、僕を貫く。

 優しいと言われて、嬉しくないわけじゃない。ただ、素直に受け取れない僕が悪いんだ。

 人の純粋さと言うのは、時に凶器となる。

 そう、今、僕の胸に彼女の“純粋”が突き刺さっているように……。



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お読み下さりありがとうございます!

次回は11月2日 20時に投稿予定です。

【小ネタ】

孤児院の外を手入れしているのは、基本的にミールです。

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