第18話 孤独

――3日後


 僕らは孤児院で色んな人に話を聞いたが、大きな進展はなかった。

 もちろん、得られる情報は多かったが、どれも役に立たないようなものばかりだ。

 もしかしたら、この孤児院の関係者の中には教祖がいないのではないか。

 そんな疑問は、容易に頭の中に浮かんだ。

「ぼーっとして、どうしたの?気分悪い?」

「んー、考え事」

 ローナとはだいぶ関係を築くことが出来ている。

 僕はローナの隣が心地よくて、自然と彼の元に行ってしまう。

「……教祖が分からなくて、どうやって宗教として成り立たせてるか知ってる?」

「うん。お言葉を書いた紙を神幹に渡すんでしょ?どうやって渡してるかは知らないけど」

 知らないが、おおよそ予想はできる。

 例えば、指定されている場所にその紙を置いておく。そうすれば、神幹が取りに来て信者にお言葉を伝えられるだろう。

 ここで問題なのは鉢合わせないかどうかだ。

 でも、人並外れて信仰心の強い神幹なら、そうならないようにするだろう。

「合ってるよ。じゃあ、その紙を取りに行くのが全神幹の中で一番優秀な者だってことは?」

「知ってる」

 全てシャロンから聞いていることだ。

「じゃあ、その担当がミールさんってことは?」

「……え」

 それは、知らない。

 シャロンはどうであろうか。でも、こんな重要なことを言い忘れるとは思えない。

 前にケルブ教の内部構造は、はっきりしていないと聞いていたが、そういうことだろうか。

「ヴァントーズさんも優秀だよ?だけど、ミールさんがあまりにも優秀過ぎたんだ」

 もしかしたらシャロンも、確信は無くとも予想はしているのかもしれない。

 それほど賢いのであれば、必ず耳には入るだろう。

「あの人たちおかしいんだよ。小さい時からずっと勉強してたとはいえ、20歳で神幹だよ?普通は悟りを開くようなおじいさんがなってるのに」

 それは僕も思っていたことだ。

 シャロンから聞いた時はさすがに耳を疑った。

 すると、僕の中でひとつの疑問が生まれた。

「どうしてローナがそれを知ってるの?」

 ローナは目を斜めにやって少し考え、ふっと軽く笑って答えた。

「俺が教祖だから。かな?」

 ……。

 ――僕は、心臓が無くなったのだろうか。

 心臓にドライアイスを押し付けられるような感覚がする。

 まだ言葉が理解できた訳じゃない。身体だけが反応してるのだ。

「ごめんね。本当はこんな形で言うつもりじゃなかったんだけど、俺も辛くなっちゃった」

 やっと理解が追いついてきた。

 僕達が探していた教祖はローナなのだ。そう、ローナだ。僕の目の前にいるローナ。困り笑顔を見せているローナ。友達のローナ。

「俺にマークがあるのも事実だよ。俺がミールさんに頼んでさりげなく情報を漏らしてもらったんだ」

 ミールかヴァントーズの筈じゃなかったのか?

 そもそも、事前に聞いていた情報と辻褄は合うだろうか?ローナの言葉が真実とも限らない。

「でも、もう少し破壊は待って欲しい。まだやらなきゃいけないことがあるんだ」

 でも、不思議と今気になる一番のことはそれじゃない。

「……僕は、教祖のローナとも友達でいられる?」

「当たり前だよ」

 凍りきった心臓が少し温まった気がする。

 なぜだか、喉がキュッとなって目の奥が熱くなってきた。

 涙は出ない。ずっと奥の方で燻っているだけだ。

「それで、破壊は待ってくれる?」

「もちろん。準備が完了するまで誰にも言わないよ」

「ありがとう……」

 ローナは僕の手をぎゅっと握り、頭を下げてきた。

 そんな事をする必要は無い。

 そう言いたかったが、ローナにとっては失礼だと思い、グッと言葉を飲み込んだ。

 だんだん頭が落ち着いてきて、思ったことがある。

 それは、僕達は誰かに崇拝される立場にあるという共通点があるということだ。

 考えれば当然だ。

 ケルブ教は救世主ぼくを信仰するという名目で作られているのだから。

 実際どれだけの人間が本気で救世主ぼくを信仰しているかは分からない。

 だが、神幹の数の少なさがそれの答えの一つでもあるだろう。

 ローナの熱が伝わる。彼にも体温があることを知っている人は、どれだけいるだろうか。

「一応聞いておきたいんだ。ローナはどこにマークがあるの?」

 ローナは、困り眉をさらに下げて、酷く悲しそうな顔をする。

 そんな顔を見て、僕はすごく嫌な予感がした。

 最初に疑問に思い、危惧していた出来事。それが起こるかもしれないと。

 呼吸がローナと合わさっていく。それにつれて、心臓の音が酷くなる。

「ごめんね」

 そう言いながらローナは、上の服を脱いでいき、半裸になる。

 見たくなんてない。でも見なくちゃいけない。

 現実を見なくては。それが僕の使命だ。

 ゆっくり前を向き、目を開く。

 ……あぁ、やっぱりそうだ。ローナ、君は……

「心臓にマークがあるんだ」

 左寄りの胸の位置に、ダイヤ模様のものが四角形状に刻まれている。

 その中心には“1”とある。

「皮膚だけなら良かったんだけどね。心臓にまであったんだ、マークが……」

 僕は君を殺す立場にあるんだよ……。それなのにどうして……。

 どうして、笑ってるの?

 無理しないでよ。泣けばいいじゃないか。僕の事を大変だと言ってくれたけど、本当に大変なのはローナ達だろう?

「最期にやらなきゃいけないことがあるんだ。すぐ終わるから……」

 すぐになんて終わらなくていい。ギリギリまで準備が終わらなくたっていいんだ。

 死ぬのが怖くないのか?それとも、その感覚がこの世界の常識なのか?

「……死ぬのは、怖くないの?」

「怖くはない。ただ、後悔は何を成し遂げても残り続けるだろうね」

 あの日、ローナが未来を語った日、本当はどう思っていたのだろう。

 来るはずのない未来への羨望で、妄言だったのだろうか。

 僕はそう思えない。確かに彼は実行しようとしていたのだ。そして、破壊から逃れるすべも……。

 あんなに熱量を持って語れるな人んて、これから実行しようとしている者ぐらいしかいない。

 説得力はあった。計画は拙いながらも、壮大な決意から考えたら十分であったと思う。

 だから、きっと彼は誰かに託したのだ。

 ミールか、ヴァントーズか、他の誰かに。

 ……あぁ、彼は諦めるしかなかったのだ。最終決断結果がそれだなんて、なんと悲しいことか。

「君が元の世界に帰るまでは、世界を穏やかに保っておくよ。だから、安心してね」

 僕は革命に詳しくない。だから、どれだけの人間が命を落とすかも予想できない。

 でも、大勢死ぬだろう。シャロンもテルミドールもトーナもトークライも孤児院の関係者たちも、みんなその可能性がある。

 もちろん、命の責任感は持っているだろう。

 それでもやはり、抱えきれないのが命というものだ。

「……ねぇ、教祖の話は聞きたくない?結構面白いと思うんだけど」

 重すぎる話から話題をそらそうとしてくれたのだろう。話を切り替えてくれた。

「そうだね。普段どんな仕事があるの?」

「ありがたいお言葉を書いてるよ。まぁ、適当だね」

 ローナは、鼻で笑いながらそう言った。適当だとしても、信じている人がいるのだからすごい世界だ。

 それに、適当だと思わせないローナの弁にも感心する。

「あとは、信者全員の情報には目を通してるよ」

「すごく多いんじゃないの?」

「そうだね。でも、正式に入信してる人とそうじゃない人がいるから……」

 正式な手続きというものが存在することに驚いた。

 シャロンはそこまで細かく教えてくれなかったが、なかなか奥が深いものだと思う。

 すると、突然ある疑問が生まれた。それを聞くのは無神経かもしれないが、どうしても気になってしまう。

「革命のことだけど、教祖だと明かして信者を従えれば沢山人が集まったんじゃないの?」

 ローナは少し考える素振りを見せる。

「そうだねぇ……。でも、信者が進行してるのは俺じゃないんだよ。他でもない、救世主という概念なのさ」

「でも、ゼロじゃないでしょ?」

「問題はそこだけじゃないよ」

「と、言うと?」

「国民の意見を帝王に伝えるってのが名目で動くんじゃない。あくまでも今の政治を辞めさせることが目的なんだ」

 確かにそうだった。

 ローナの理論で言うと、言葉は大して意味をなさない。

 それに、信者の力を使っても統率が取れる保証は無い。それこそ、信頼できる少人数で動く方がまだマシということなのだろう。

「そっか……」

 結局、ローナは生まれた時から孤独にある運命だったのだ。

 その悲しい運命を認めるのに、大して時間はかからなかっただろう。

 でも、今だけでも、僕はローナの孤独を埋めてあげたい。それが、僕の願いの一つだ。



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お読み頂きありがとうございます!

次回は10月26日 20時に投稿予定です。

【小ネタ】

ローナが勉強を頑張る理由は2つあります。

1つ目は、計画の綿密化のため。

2つ目は、それしかまともにできる趣味がないからです。


 

 



 

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