第17話 幸あれ

 わたくしは、今日もヴァントーズ様について探るため孤児院に行く。

 子ども達も私を“お手伝いさん”として認識しだしたようで、よく懐いてくれている。

 だから、仕事を抜きにしても子どもと接するのは有意義な時間だ。

「おはようございます。ヴァントーズ様」

 子どもとじゃれ合う彼に、自然な微笑みを心がけて話しかける。

 すると、ヴァントーズ様も優しい笑顔をこちらに向けてくださった。

 私はいつも、その表情のおかげでたくさんの子どもが彼に懐いているのだろうと思う。

「おはようございます。調子はどうですか?」

「おかげさまで、よく眠ることが出来ていますよ」

「それは良かった。救世主様の方はどうでしょうか?」

「そうですね……。ローナ様との事を話す椿様は幾分か目を輝かせているように思えます」

 たくさんの子どもを見てきたヴァントーズ様のことだ。椿様の心情については私達と同じようにわかっているだろう。

 ここは他の子達もいる。だからこれだけしか言えないが、それでも伝わるはずだ。

「……そうですか。まぁ、仕方ないのでしょうね」

「みんなが通る道ではあります。でも、そう言わない、言わせないのがナイトの仕事ですから」

「素晴らしいですよ。あなたのような人を探すのは、砂漠で1粒の砂金を見つけるぐらい難しい」

「光栄です」

 “ナイト”

 希望革命の際に作られた家系である我々は、救世主様及び帝王様を守る使命のもと活動する。

 女性は救世主様を、男性は帝王様を守るのが昔からの習わしだ。

 女性側はまだ良い。問題なのは男性側である。

 なぜなら、“帝王様を守る”とはつまり、“帝王様のために死ね”。それがこの言葉の意味なのだ。

 中でも、“ナイト”は1番近くで帝王様をお守りする存在。故に、一番初めに死ぬ運命にあるのだ。

 目を瞑れば、鮮明に映像が浮かぶ。そう、自分の運命を悟った者たちの絶望の表情を、生き残るために死ぬ気で努力する彼らの後ろ姿を……。

 “光栄”だなんて、ふざけたことを言うものだと、自分自身に思ったしまう。

 男性方と対等な立場にいない私は、よく悔しくなる。

 私の使命に誇りが無い訳ではない。

 ただ、私の立場は足が1本足りない昆虫のようなものなのだ。

 だから、そんな私が“光栄”なんて言葉を使う資格は無いのだ。

 でも、私はそれ以外の言葉を見つけることが出来なかった。

「ねー、これ読んで!」

 1人の男の子が私の服の裾を引っ張って話しかける。

 その子は、小さな手で大きな絵本をしっかりと握りしめ、期待に目を輝かせている。

「はい、もちろんですよ」

 過去に読んだことのある絵本だ。内容も記憶している。

 なかなか古い物を持って来た彼に感心する。

「さっきね、図書室から持ってきたんだ!」

 さっき……。

 椿様達の迷惑にはならなかったかと心配するが、過保護すぎかと反省する。

 表紙を優しく撫で、子ども達の方へ本を向ける。

 すると、いつの間にかヴァントーズ様が子ども達と同じように座って目を輝かせていた。

 ふっ、とそんな姿に軽い笑いがこぼれてまう。

 気を取り直して、私はスっと息を吸い、絵本を読み始める。

「かわいい子」

 少しだけザワザワしていた空間が静まり返る。みんな興味津々のようだ。

「リボンは、かわいいもの。ひらひらおどってる。花は、かわいいもの。ふわふわといいにおいがする……」

 イラストが大きく描かれている。その絵は、小さな子がクレヨンでかきなぐったかのようだが、美しく見えるから不思議だ。

「ほっぺたは、かわいいもの。ぷにぷにしてきもちいい。ちょうちょは、かわいいもの。ゆらゆら自由にとぶ……」

 これは、日本語教育の一環としても使われているものだ。

 第8代目救世主様が書いたもので、原本は今も大切に保存されている。

 学校では絶対に置いてある。そんな本である。

「きみは、かわいい子。にこにこわらってる」

 でも、少し怖い部分もあると、批判の声を上げるものも多少はいる。

 その部分とは……。

「ぼくは、にくい子。しくしくないている。つんつんわるいことばを言う……」

 一説では、第8代目救世主様の心情を綴ったものではないかと言われている。

 だが、否定派が圧倒的に多い。

 なぜなら皆、救世主は完全無欠であると思っているからだ。

 そう思いこんでいる人間にとって、救世主の弱いところなど一番見たくないのだろう。

「きみは、いい子。よしよしわたしをなでてくれる。ぼくは、いい子なの……?」

 救世主の弱いところを知っている人間なんて、ナイト家の者ぐらいである。

 だからこそ、テルミドールは椿様にとって重要な人なのだ。

 知った先に何があろうとも構わないと、椿様のことを探ろうとする。

 対等な立場になることは望んでいないそうだが、隣に立ちたいとは思っているはずだ。

 憧れの人間の隣は、さぞ輝いて見えるだろう。

「ぼくは、いい子なのだそうだ。ほくほくしあわせだ……。おしまい」

 物語が終わっても、数十秒間静寂が続く。

 誰から始まったのか分からないが、パチパチと拍手が鳴り響いていく。

「……ありがとうございます」

 さすがに少し恥ずかしいが、物語の余韻も含めた幸福感が満ちていく。

「流石ですね。すごく説得力のある読み聞かせでした」

「光栄です」

 ヴァントーズ様と話していると、心を見透かされた気分になる。

 優しく細めた目の隙間から覗く瞳に、背筋が凍る瞬間さえもある。

 今だってそうだ。彼には何かがある。なるべく早く探らなければ。

 もし、その“何か”が取り返しのつかないことになるようなものだったら……。

 ……私は最悪の手段を選ばなくてはいけないのだから。

「ミール様とはこの孤児院で出会われたのですよね?」

「そうですね。彼は昔から癇に障る男でしたよ」

 ははは、と甘い笑い声を漏らす。

 ふと、私とテルミドールの関係とも似ているのかもしれないと思った。

「それは気になりますね。良ければ、なにか話を聞かせては頂けませんか?」

 子ども達も先生の話には興味津々のようで、色々と推測を立てながら話している。

「構いませんよ」

 そう言うと、手を顎に当てながら考え出した。

 きっと、たくさんの物語がヴァントーズ様にもあるのだろう。

「彼、ありえないぐらい頭と運動神経が良くて、常に人の上に立つ存在だったんです」

 その情報は無かった。

 ミール様のあのような立ち振る舞いからは想像がし難い。

「そんな彼に、ある日神幹になろうと言われたのです。特段接点も無かったボクに、ですよ。理由を聞いた、なんて返ってきたと思います?」

「……自分が知る中で、君が自分の次に一番賢い人間だから。でしょうか?」

「ははは、みんなそう言います。ですが、違うんですよ」

 彼は一呼吸おき、笑いを堪えてから話し始めた。

「ボクが、自分の知る中で一番馬鹿だから、って」

 思わず、きょとんとしてしまう。

「何故でしょうか?」

「この世界に馬鹿は要らない。だから天才に仕上げてやる。そうすれば、お前もこの世界にとって有益な人間になれるぞ。それが彼の答えでした」

 ものすごく嫌味な人間なのか、それも優しさなのか、判断が難しいところだ。

「そんなことを言うようには見えませんね」

「猫をかぶってるんですよ。言ってしまえば、爪も隠してますしね」

 何にしろ、ミール様は演技上手ということだ。場合によっては、厄介な人間かもしれない。

「知恵は蓄積される一方ですから。楽できる生き方についての知恵も見つけたのでしょう」

 そこで、ヴァントーズ様はパンッと手を叩いた。

「ではボクは、そろそろ食堂の準備をしに行ってきます」

「私も手伝いますよ」

「本当ですか。ぜひお願いします」


 準備が終わった頃、丁度子ども達が食堂(入ってきた。

 ここでの生活が長い彼らには、その行動パターンが身に染みているのだろう。

 その後、テルミドール、椿様の順番で入って来られた。椿様はローナ様を連れられているようだ。

 私はそんな椿様の姿に安堵した。

 孤独に染まりきるのを何とか防いでいる、という感じであろう。

 例えそれが仮初のもので、薄っぺらい友情だとしても、今の椿様には必要なのだ。

 未来がどうなったとしても、椿様が心の底から笑えることを私は願っております。

 その未来に、私があなたの隣に立つことはないでしょう。

 それでも、幸せを願う心は何があっても変わりませんから……。



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お読み頂きありがとうございます!

次回は10月19日 20時に投稿予定です。

【小ネタ】

1話で登場した名前の無いナイト家の子ですが、彼女はかなりの落ちこぼれです。シャロンの温情で命があると言っても過言ではありません。



 


 



 

 

 


 

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