第16話 我慢強狂
私は再び教会に赴き、ミールに会いに行く。
昨日と何が変わっているのか疑問に思うほど、同じ光景を目にする。
「毎日祈りを捧げているのですか?」
「まぁ、神幹ですし」
「素晴らしい志でございます……」
そう、その点に関しては本当に感心しているのだ。
ミールが向ける冷たい表情からは、またそんな嘘を、という言葉が思い浮かぶ。
彼はそもそも、人を信用することができるのだろうか。
とっつきにくい性格や顔をしているから、友達がいるようには思えない。
ヴァントーズは……、どうであろう。友とは違うように思える。
いや、良くないな。推測はここまでだ。ここからは事実を探る、穏やかな尋問の時間だ。
「ヴァントーズさんとは孤児院で出会ったのですか?」
ボロが出るのは思い出話からだらう。
直近の出来事をどれだけ巧みに取り繕っても、過去との整合性が取れなければ無駄だ。
そして、ヴァントーズと昔馴染みとなれば、さらにボロを出させやすい。
もし口裏を合わせていたとしても、綻びが出るのは当然のことだ。
前日にシャロと質問内容をだいたい定めてきた。私はそれをなぞりながら話を広げれば良い。
「そうですね。幼なじみ……、いや、腐れ縁というやつですよ」
ははは、とミールは低い声で笑う。その笑いは、冷気が込められてるかのような冷ややかな笑いだ。
まるで、過去の自分を嘲笑しているかのような、そんな笑い。
私は、この笑いを知っている気がする。
……あぁ、そうか。椿様も同じような笑いをするのだ。
反射的に、少し拳に力が入った。
ミールを理解すれば、椿様への理解もより深まるだろうか。
「そうですか。それは素敵ですね……。私とシャロの関係にも通ずるものを感じます」
とりあえず、今の関係値はマイナスだ。だから信用を上げる必要がある。
それには、自分の個人情報や過去の話が適切であろう。
「名家のナイト様と下賎である路地裏の王が幼なじみですか」
「椿様に対する思慕の念に身分など関係ありませんよ」
「まぁ、それはそうでしょうね」
始終つまらなさそうにしているミールに若干の苛立ちを覚える。
だが、ここで怒るなどあまりにも幼稚だ。
「突然ですが、教祖はケルブ教に必要だと思いますか?存在を誰も知らなくとも成り立っているのでしょう?」
神幹が教祖の情報を全く持っていないとは考えにくい。
どんな些細なことでもいい。情報を漏らすのだ。
世界が滅ぶのは嫌だろう?
「まぁ、教祖がいないとそもそも宗教という形をとれませんからね。結論から言えば必要だと思いますよ」
「そうですか。納得でございます……」
神幹だというのに、随分と現実を見た物言いができる人間なのだな。
本当にただ、行くあてが無くてこの道を選んだのだということが推測できる。
「そういえば、恵斗殿は随分危険な精神状態をしてますね」
「と、言いますと?」
それはもちろん、私もわかっている。だが、わざわざ何を言うのだろう。
ミールは私がわかっていることもわかっているだろう。それぐらいの聡明な脳は持っているはずだ。
「そもそも彼は、他人が自分を理解出来るわけがないと思い込んでいるように思えます。だから、わざと一線を引いて他人と接している……」
そうだ、その通りだ。
椿様がどれほど笑顔でも、気安さがあっても違和感があった。
私との会話でもそうだ。椿様はいつも、どこかよそよそしい。
「私は1度、椿様に叱責されてしまったことがあります。その時だけでしたね。感情を、本心を見せてくださったのは……」
信用するに足る時間が足りていないだけかもしれない。
でも、ずっと同じ屋根の下で私たちは過ごしてきた。だからこその違和感なのだ。
「ローナも恵斗殿と同じですよ。子どもの癖に大人ぶっちゃって……。て、僕からすれば思うんですけどね」
「……では、ローナさんと椿様が友好関係を築けられたら素晴らしいことですね」
「ええ、本当に」
椿様……。あなたが離れた場所にいても、私はいつもあなたのことを想っているのですよ。
あなたの幸せ、理想の先に私が居なくても構わないのです。
私はただ、椿様が本音を語れる世界をつくれたら良いのですから……。
そっと、左目に触れる。だが、実際に触れることは出来ない。
眼帯という隔たり越しに、空虚を撫でるしかない。
目に熱いものが込み上げる。右目から右目分の涙が流れ、左目分の涙が溢れることは無い。
悲しみの涙のはずなのに、口は笑っている。
そして愛しいものを抱くように、自分の体をぎゅっと両手で包む。
「……それは、何に対しての涙ですか?」
ぼやけた世界の裏で、ミールが不快な表情を浮かべて問いかける。
酷く困惑しているようだ。
私からすれば、ミールが涙を流さないことの方が異常だというのに。
「不遇な恵斗殿に対してですか?それとも、恵斗殿に愛されない自分に対してですか?」
愛されてない?そんなわけは無い。
優先順位はあれど、私に対して愛がないなんてこと、椿様に限ってあるはずがない。
「私は、愛されてますよ。椿様は、
もちろん、椿様の立場に対しての悲しみの涙でもある。当然のことである。
そして、それでも立派に生きていらっしゃることへの、感動の涙でもあるのだ。
「イカれてる……。あなたが見てるのは、椿恵斗ではなく、救世主という概念だ!」
「ふふっ、あなたも大概おかしな人ですね。私のおかしさは、よくわかってますよ」
やはり、まだミールとは仲良くなれる余地がある。似ているところもあるじゃないか。
最初の見立ては当たっていた。ゆっくりだとしても、友情を築くことができるだろう。
「ミールさん、概念を愛することはできないのですよ?」
すると、ミールは急に顔の色を変えた。自分の勘違いを恥じているのだろうか。可愛いところのあるお人だ。
ミールはずっと、魚のように口をパクパクしており、赤子が発声練習をするかのような、言葉と捉えられない音を発している。
「そういえば、ケルブ教も信者を家族と捉え、全ての人を愛するのでしたね……」
「一緒に、しないでくれ」
涙とは不思議なものだ。心の埃を流してくれるような感覚がする。
涙が止まった私の頭は澄み渡っていて、気分がとても良い。
「恵斗殿の優しさを、イカれた思想で汚すんじゃない」
すっと上を見上げると、ステンドグラスが目に入った。
よく手入れがされているのだろう。新品同様の輝きがそこにはある。
中心に描かれているのはきっと、椿様だ。眩しすぎて、クラクラしてしまいそうになる。
「本日は、多大なる感動を私に与えてくださりありがとうございました。改めて、椿様の崇高さを知ることができました……」
私は深々と頭を下げ、教会をゆっくりと後にする。
ミールがまだ何か言いたそうな顔をしているように思えたが、少し待っても何も言わないので、そのまま去ることにした。
食堂に行くと、椿様がローナを連れてこられた。
ああ、なんと素晴らしいことだろう。椿様は本当の友情を築きつつあるのだ。
何たる喜び……!これ以上の幸福があるだろうか。少なくとも、私には無い。
椿様は自然で柔らかな笑みを浮かべている。
そんな姿を見ると、私も自然と表情がほころんでしまう。
「おや、椿様。ローナさんと一緒なのですね。友情を育むことができたようで何よりでございます……」
すると、弾けるような音をさせながら、ナグリが椿様に突進して来た。
子どもにも好かれ、それを嫌な顔ひとつせず受け入れる椿様は立派な救世主の器だ。
これまでの救世主は、それぞれの形で革命をもたらしてきた。
これは有名な話だ。その逸話は全12話作られ、絵本や小説、漫画としてまとめられている。
あなたは一体、何を成し遂げるのでしょうか。
世界を救う椿様の姿以外も、私はたくさん見てみたいのです。
「いただきます!」
「いただきます……」
ナグリの元気な声に合わせて、私もそう言う。
皆がこんな風に笑っていられるのも椿様のおかげだ。
あぁ、椿様。どうか我々を引っ張って行ってくださいませ……。
そして、あなたの未来に私が存在していたら、どれほど幸せなことでしょうか。
私の一番は、常にあなたなのです。それ以外は、どうでも良い……。
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お読み頂きありがとうございます!
次回は10月12日 20時に投稿予定です。
【小ネタ】
神幹になる難易度は、科挙に合格するぐらい難しいイメージです。
その割に金にならないから、両手で数えられるほどしかいないとか……。
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