第15話 野望
――次の日
「王道のミステリーかと思ったけど、まさかあそこであんな展開になるなんて思わなかったよ。ひねり方が正にプロって感じだね」
「俺も、はじめは単調で面白くないなって思ったんだ。でも、最後までちゃんと読んで良かったよ。近年稀に見る傑作だ」
図書室で談笑をする。本来ならば、図書室でそんなことは許されない。
だが、孤児院の図書室だからこそできるのだ。そんな状況にソワソワしながらも、非日常感にワクワクする。
すると、ローナの表情が滑らかに無表情と変わった。
そんな様子に不思議がっていると、ローナは躊躇いながら口を開いた。
「……教祖、探してるんだろう?」
僕はその言葉に何も言えない。いや、何を言えば良いのか全く分からないのだ。
ローナは僕を見ていない。ただ、机をじっと見つめている。
「それで、俺を疑ってるんだ」
ローナはいつもと変わらない目で僕を見るが、どこか物憂げに思える。
「そんなことは……、ない」
少し考えたが、やはりローナが教祖だとは思えないのだ。
「君が俺と話していることが、俺を疑ってる事の何よりの証拠じゃないか」
「違うよ」
今度は即答できた。でも、どうしてかはよく分からない。
多分、事実がどうとか以前に否定したいんだ。ローナの教祖の可能性を。
「疑ってるのは、ヴァントーズとミールだよ。……って、シャロンが言ってた」
ローナは少し困った顔をする。
その顔が胸に突き刺さるほど優しくて痛い。
あまり意識していなかったが、ローナは綺麗な顔をしている。イケメンだとか、そんな陳腐な言葉で表すにはもったいないほど美しい。
どうしても、彼から目が離せない。
「神幹のなり方は知ってる?」
「試験があるんでしょ?でも、よくは知らない」
何となく、そんなことを聞いたことがある。だが、確かにあまり神幹について知らない。
「1、日本語が救世主との会話に支障が出ないほど喋れること」
日本語は公用語にもなっているらしいから、これは昔の名残というやつだろう。
初代救世主はどうやってコミュニケーションをとっていたのだろうか。
「2、その身があらゆることにおいて永遠に潔白であること」
“あらゆること”とはどういうことだろう。解釈が別れそうだ。
「3、家族を愛すること」
信者を家族と形容しているから、つまり“信者を愛すること”というわけか。
「これが、ラームにも書かれている基本三
簡単に思えるが、どこまで厳密に審査するかにもよるのだろう。
「二次審査があるの?」
「うん。二次審査は面接だよ。他人に教えを説けるほどの能力があるか確かめるんだ」
ラームを読み込まなければいけないということか。
見た限り、ラームは僕の手の半分ほどの分厚さだった。だが、真面目に信仰している人にとっては造作もないだろう。
「それが終わったら合格だよ」
「意外とすんなりなれるんだね」
「人気は無いよ。金にならないし、制限も多いからね」
タダ働きなのか……。それが宗教にとって正しい形かもしれないが、酷だろう。
「後、9割はこの孤児院を出た奴がやってる。神幹を目指す人は、孤児院に入ってるうちから勉強するんだ」
「孤児院を出ても行くあてがないから?」
「そうだよ。それに、金にならなくても最低限の生活は保証されてるんだ」
衣食住が与えられるなら、働けず路頭にくれるよりは断然マシだろう。
でも、だからこそ一般人はならないのだ。それよりも良い生活がその人達にはできるから。
「俺は神幹を目指してるんだ」
「……いいね、かっこいい」
神幹が、ではない。目指せるものがあることに対してだ。
僕には“世界を救う”という他人から与えられた目標しかない。
そんな僕と違い、彼は自分で決めた目標に向けて進んでいる。
前から思っていたが、そんな人の目は輝いているのだ。世界にあるどんな宝石よりも価値のある光……。
僕が欲しいと焦がれているものだ。
「これは院長に聞いたんだけど、神幹は帝王に会えるらしい」
「それが例の新案?」
「いや、これは元から考えてた案だよ。俺はその先を考えてるんだ」
その先……。
ローナのたまに見せる、遠くを見据える素振りはここからきているのだろうか。
「帝王をどうするの?殺して、ローナが帝王になるとか?」
「あはっ、ははは!」
いきなりローナは吹き出し、ころころと笑う。お腹を抑え、心底面白そうにしているが、理由がわからない。
戸惑っている僕をローナは一瞥して、笑いを堪えながらローナは口を開いた。
「いや、そうだね。それも悪くないかもね。でも、ふっ、それは根本的な解決にならないんだよ」
そこでようやく一息ついたようで、スっと真面目な顔に戻った。
「問題はね、帝王がこの世の全てを管理していることなんだ。もちろん、その統制は完璧じゃない。でも、マスターキーは帝王の手の中にある」
あぁ、そういうことか。
確かに、僕が馬鹿だった。僕は知ってるじゃないか。どうして気づかなかったのか、恥ずかしい。
「マスターキーなんて要らない。人は、等しく権利を持っているべきだ」
ローナは、共和制や民主制を目指してるんだ。
この世界は時代の進み方がゆっくりなことはわかっていた。
でも、着実に僕の世界を追いかけているんだ。
ローナは世界をひっくり返そうとしている。
もし、その場に僕がいたらどれだけ凄いことだろう。
……そうか、僕の心を揺るがすためにこの話をしたのか。
「確かに、改革は血を流すものが主流だ。強い印象も残り続けるしね。だけど、それだと付き従う者が減る」
眩しい。
涙がこぼれそうなほど力強く語る、ローナの目が眩しすぎる。
「俺は、これを君の世界の言葉を使って“民主制”とする……!」
ローナが語るその先は、途方に暮れるほど実現が難しいものだろう。
計画も細かく詰めていかないと、怠惰なこの世界では実現不可能だ。
でも、何故だろう。“彼ならできる”そう確信を持って思えてしまうのは。
これが、才能だろうか。
才能など、そんな存在を信じたくはない。
なのに、僕の目の前にいるのは、人を動かす才能の塊だ。
おそろしい。
「何度も悪いね。だけど、やっぱり君が欲しいんだ。俺の仲間になってくれないかい?」
悩みはしない。答えは決めていたことだ。
「ごめん。僕には眩しすぎるよ」
僕は笑顔でそう言う。
……笑えているだろうか。酷い顔をしていないだろうか。
「わかった。もうこの話はしない。ただの友達として接するよ」
ローナは悲しそうな顔などしない。平然と、何も無かったかのように言う。
ローナが神幹になる頃、僕はこの世界にいるのだろうか。
シャロンは僕の世界には、全てが終われば帰れると言っていた。だから、僕はすぐに帰るだろう。
でも、黒い服を纏うローナも見てみたい。
その姿を想像しながら似合うだろうな、と思う。
「ご飯、食べに行こう」
「うん」
僕の誘いに、思いの外すんなりのってくれたことに少し驚く。
でも、そうか、友達か。
僕はその言葉を噛み締めながら食堂に向かった。
「おや、椿様。ローナさんと一緒なのですね。友情を育むことができたようで何よりでございます……」
食堂には既にシャロンとテルミドールがいた。
そして、僕らを見つけたナグリとターチもやって来る。
「みーつけた!」
ナグリがふわふわと走って僕に突撃する。
どうして子どもはこんなにタックルが好きなのだろう。そう思いながら笑みがこぼれてしまう。
ターチは後ろから訝しんだ目で僕を見ている。
ちょっと気まづいな、とは思うが、やはり可愛いが勝つ。
そして、ローナがそんな様子を面白いものを見る目で見つめている。
「みんなで一緒でも良い?」
「もちろん、むしろ光栄だね」
ローナの計画を少し知っている僕からしたら、これもその一部に思える。
おおかた、シャロンとテルミドールを取り込もうとしているのだろう。
できたらさりげなくサポートしてあげよう、そう思った。
「いただきます!」
ナグリの言葉に合わせて、みんなが次々と食事の合図を口にする。
温かいご飯は、僕の身体に浸透していく。
6人で食べていることも、相乗効果を与えているだろう。
気づけていなかったが、こうやって多くの人に囲まれていることも幸せのひとつだろう。
僕は、温かいご飯をローナの野望を反芻しながら噛み締める。
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お読みくださりありがとうございます!
次回は10月5日 20時に投稿予定です
【小ネタ】
椿くんの修学旅行の同室組曰く、「お風呂上がりの姿がマジで女性だった」「まるで西洋絵画」「女っぽいって言うか、美しい」との事です。
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