第14話 対話
――次の日
僕とテルミドールとシャロンは朝、宿舎のシャロンの部屋で話し合った。
その内容は、誰が誰に聞き込み調査をするか、だ。目的は他でもない、教祖を探すというものだ
「じゃあ、僕はローナやターチとかの子ども達で……」
この2人は、僕が比較的仲良くなっている2人だから、適任だろうということだ
「テルミドールがミール、シャロンがヴァントーズだね?」
テルミドールとシャロンがそれぞれ指名した人が担当になっている。
「すぐの結果は望んでいません。むしろ、丁寧に関係を築いていって頂いても構わないほどです」
つまり、焦って心を閉ざされるよりは、ゆっくりやって確かな結果を得る方が良いということだ。
「それでは、結果報告は毎晩私の部屋で行いましょう」
正直、ターチとローナのどちらとも教祖であって欲しくない。
2人の身を案じてのこともある。だが、2人のことをより深く知ってしまうと、またあの時のようになる。
……トーナの時のように。
私は朝食後、ヴァントーズに話を聞き、ミールはいつも教会にいると知った。
何はともあれ、対話をすることが最優先事項である。
作戦?無い無い。
純粋な気持ちで話を聞くことこそが心を開いてもらう最善策なのだから……!
私は、母様が口ずさんでいた歌を歌いながら教会に向かう。
歌?どうでも良いことである。遠い昔の話なのだから。
教会に着くと、予想通りミールはお祈りをしていた。
そんなに救世主を崇めたいなら椿様を崇めれば良いのだ。もはやそれは椿様に対する冒涜ではないか……!
溢れ出す怒りを振り払ってミールに近づく。
――カツ、コツ、カツ、コツ
履きなれた革靴だ。音を立てずに近づき、驚かせることなど容易である。
だが、私は優しい人柄なので、わざと足音を鳴らし、接近を知らせてやる。
「こんにちは、ミールさん。お祈りの調子はいかがですか?」
「……まあまあですね。ご要件は?」
彼は私に背を向けたままだ。恥ずかしがり屋なのだろうか。
「我々は、救世主に対する信仰深さという点で共通点がございます。ですので、お話したいと常々思っていました……」
そっとミールの様子を伺う。
すると、彼はゆっくりと私の方に振り返った。
「ご冗談を。僕のことが嫌いでしょう?」
――実に面白い。
私は朝食後、そのままヴァントーズ様と話をすることになった。
と言っても、子どもたちの世話しながらだ。
「ねぇちゃん本読んで〜」
「構いませんよ」
私も子どもは好きだから、楽である。それに、実家の子たちのことも思い出す。
家の子とは違い、この子達は社会の序列などほぼ知らない。それ故の純粋さ、危うさ……。
でも、これが本来の子どもの形なのだ。
ナイト家もこうであればどれほど良かったであろう。
しかし、だからこそのナイト家なのだ。それが私たちの使命である限り、弱音は禁句である。
「そして、2人は幸せに暮らしたのでした……」
「お上手ですね。慣れてらっしゃるのですか?」
「ヴァントーズ様ほどではありませんよ。ただ、家ではよくやっていましたので」
ヴァントーズ様が感嘆の声を上げる。
それに対しても、決してあからさまに喜んではいけない。謙虚に、上品に見せるのだ。
「ヴァントーズ様は練習をされているのですか?」
「練習?そんなことしていませんよ。なにぶん、怠惰なものでして」
「子どもを相手にしている人は、誰であろうと怠惰ではありませんよ。それに、練習なしとは驚きました。才能でしょうか?」
概ね関係が無い内容から聞き出していく……。よくある手法で時間もかかるが、リスクは少ない。
「ハハッ、7年も続けていれば上手くなりますよ」
「18歳からですか。神幹になられたのもその時期でしょうか?」
「いえ、神幹になったのは20歳の時ですよ。試験がありますからね、勉強には苦労したものです。ミールもボクも孤児院の出でしたから……」
事前に調べていた情報と違いは無い。嘘をつく意思はないように感じる。
教祖がマーク保持者だと情報が流れたのは、ほんの5年前。つまり、ヴァントーズ様とミール様が神幹になられた年だ。
教祖の可能性としてはその2人の方が圧倒的に高い。
だから、椿様には可能性の低い人を任せた。なるべく、椿様に負担をかけさせたくはない。
優しさは、自分を傷つける武器になることを、椿様の歳で理解するのは難しい。
そのため、私達が守らなくてはいけないのだ。
――故に、私達は“ナイト”と名付けられたのだから。
今日はローナの所へ行くことにした。やはり、図書室にいるんだそうだ。
中に入り、ローナを探す。
思っていた通り、彼は前と同じ場所にいた。
「おはよう、ローナ」
「あぁ、おはよう。来ると思ったよ。この前紹介したインタルの本、そこに置いてるから読んでいいよ。俺が選り抜いた1冊なんだ」
期待しなよ、とでも言いたげな目で僕を見る。
その本は大した厚みはない、ずっと読んでれば今日中に読み終わるだろう。
「……ありがとう」
ローナと話をすべきか迷ったが、大人しく本を読むことにした。
シャロンの助言通りに実行しようと思ったのもあるが、1番は本が気になるからだ。
僕は、ローナの隣のやわらかい椅子に腰掛ける。
彼は横目でちらりと僕を見て微笑んだ。
まずは、表紙をじっと眺めてから本を開く。
右手に持った紙の厚みが増す度、世界が広がっていく。
――僕は夜まで本の世界にいるのだ。
「ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「どうぞ」
私の問いかけに対し、ミールは大きな反応を見せない。
何を聞かれても困らない、ということだろう。
「なぜ
そう、私はそこが気に食わない。
仮にも信仰対象を救世主としている宗教が、実際に存在する椿様を崇めないなんて……。そんなことはありえない。
おかしいのだ。
「……そんなこともわからないのですか?」
「何です?」
思わず口調を荒らげてしまった。だが、笑顔を取り繕う気にもならない。
ミールは死んだような、だが力強い目を私に向けて口を開く。
「17歳の子どもを崇めるなど、気持ちが悪いからですよ」
「……」
……。
「自分たちで世界を救う術を考えず、救世主頼り。しかも今回は17歳の子。僕達大人が守るべき存在に守られててどうするんです?それに、あの子はどう思ってるんでしょうね。色んな人間に邪な目で見られていることを。せめて自分だけは、ただの子どもとして接してあげようとは思わないのですか?僕はあなたが嫌いですよ。子どもを信仰するくらいなら、偶像崇拝の方がよっぽど良い」
……。
「帝王サマもどうかしている。
……。
「どう思います?この点に関しては、あなたも同意できるのでは?」
……。
「そうですね。どうやら、人間を理解するのは、私には難しいようです」
「同意しますよ」
「また来ます。それが私の使命でもあるので……」
私は、礼儀正しくお辞儀をし、カツカツと教会後にする。
私には私の信念があるのだ。他人にねじ曲げられたりなど絶対にしない。
私は、シャロとの約束を守らなくてはいけないのだから……。
「それでは、報告会をはじめましょう。まずは椿様からどうぞ」
「僕は、ローナにすすめられた本を読んでたら1日が終わったよ」
言いながら情けなく感じるが、事実なので仕方がない。それに、本は満足できる内容だったから心が充実している。
明日はその本の感想を伝えて、たくさん話をするつもりだ。
「信頼関係が築けているようですね。では、テルミドール様」
「はい、私は彼に嫌われているようでした。どうも信仰に関して意見が合わず……」
信仰の価値観は人それぞれだから、考えが合わないのは当然だ。
距離を置かれても、テルミドールが悪いわけではないだろう。自然なことだ。
「担当を変えますか?」
「いえ、大丈夫です」
「わかりました。では、私ですね。私は本日、事前情報と彼の話す情報に相違が無いかを確かめました」
流石シャロンだ。すごく計画的にやっている。
「その結果、目立った違いは見つかりませんでした」
つまり、まだ教祖が誰か全くわからないということだ。
でも、なぜ隠れるのだろう。僕には全く理由がわからない。
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お読みくださりありがとうございます!
次回は9月28日 20時に公開予定です。
【小ネタ】
第12代救世主は亡くなっています。
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