第13話 少年について
昨日泊まった神幹の宿舎は、とても寝心地が良かった。木のやわらかな香りに包まれて、懐古しながら寝たほどだ。
ミールが手をまわしてくれたらしく、一人一部屋用意されていた。
広さも、一人で泊まるには十分な程度であったため、のびのびと過ごすことができた。
僕らは朝起きて、せっかくだから教会に行って見ようということになった。
すると、神を模した像の前で祈りを捧げている人物を見つけた。ミールだ。
彼は、すぐに僕らに気づいたようで、後ろも振り向かずに声をかけた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようございます、おかげさまで……。素敵な宿舎でした。本当にありがとうございます」
シャロンが深々と礼をするのに合わせて、僕とテルミドールも礼をする。
「良かったです。食事もぜひ食堂でどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、確かに信心深く、優しいのだろう。
僕は何となくそう思った。
朝食もナグリとターチと一緒に食べた僕らは、孤児院の子どもと交流をすることにした。
みんな、昨日から来ている見知らぬ人に初めは萎縮してしまっていた。だが、次第に打ち解けていき、もはや弄ばれている。
特にテルミドールは小さい子に人気があるようで、背中の上に乗られたりしている。
一方、僕とシャロンは少し大きい子に人気があり、救世主関連のことを話している。
「椿様は教祖様のことを探しているんですね。私達も知らないから、協力できず申し訳ないです……」
「知らないのはみんな一緒だから、仕方ないよ」
ついでに、この交流のシャロンの意図としては、聞き込みも含めているようだ。
恐らく、1番話を聞きたいのはヴァントーズやミールだろう。でも、そうしないのは警戒しているからだ。
なぜなら、彼らが教祖かもしれない。
世界の危機にも関わらず姿を表さない教祖。そんな人が何を考えているか見当がつかない。だから、全ての人を警戒するしかないのだ。
「こんにちは。随分仲良くなれたようでボクも嬉しいです」
ヴァントーズが優しい笑みを浮かべながら僕らの元に歩み寄ってきた。彼の姿を見た子ども達の一部は、ヴァントーズの元へ走っていく。
「良ければですが、以前話した男の子……、ローナ君とも話してくれはしませんか?」
確か、ボクと同い年で、頭が良くて周りと馴染めていないという話だった気がする。
「はい、もちろんです。どこにいるのですか?」
彼のことは僕も気になっていたし、丁度いい。
「この前言った通り、図書室にいますよ」
本が好きなのだろうか。僕も人並みより好きだから、話がしてみたい。できればこの世界でおすすめの本も教えて欲しい。
「椿様、では一人で行かれますか?」
「そうだね、それがいいかも」
大人数で行って萎縮されても困る。それに、僕も同い年の同性と話してみたいと思っていた。なんだかんだ、それは久しぶりになる。
図書室の場所は前、ヴァントーズに教えてもらっていたから、その記憶を頼りに向かう。
木製のドアを引き、中に入ると、想像以上の本の数に圧倒された。正直、孤児院の図書室というものに期待をしていなかったからだ。
絵本や小説、論文、参考書など様々な種類の本がある。
僕の高校の図書室と張り合えるほど広いのではなかろうか。
棚の間をぬっていき、ローナという少年を探す。すると、ペンを走らせる音が聞こえてきた。
その音を頼りにさらに探すと、1番奥の机で作業をしている男の子を見つけた。勉強をしているローナだろうか。
僕は、なるべく彼を驚かせてしまわないように、少し足音を大きくたてて近づく。
そして、肩をぽんと叩いた。それに合わせて、彼は僕の方を振り返った。
「初めまして。椿恵斗です。会いに行ってあげたら、って言われて来ました」
彼は、無邪気な丸い目をしていた。その瞳は、僕を吸い込んでしまいそうな程で、思わず息を飲んだ。黒い髪は少しだけはねていて、寝癖なのかくせっ毛なのかは分からない。
「初めまして、救世主くん。敬語はいらないよ。同い年でしょう?」
思っていたより、甘い声をしていたことに驚く。
「知ってるんだ」
「君は、君が思っている以上に有名なんだよ」
確かに、もうこの世界に来てひと月以上経っているから、話が広まっていてもおかしくはない。
僕はその事実にこそばゆくなってしまった。
「院長は心配性だなぁ。ま、いいや。俺とお話しに来たんでしょ?なんでも話そ」
身構えていた僕がおかしいと思えるぐらい、ローナはフレンドリーだった。
こんな感じならば友達もそれなりにできるだろう。なのに、どうして孤立気味なのが分からない。
「おすすめの本とかある?まだ、この世界のことあんまり知らなくて……」
僕は、やわらかいクッションの椅子に腰掛けながらそう問う。
「ミステリー作家のインタルの本は良いよ。1番王道でハズレのない作家なんだ」
僕は、感嘆も交えた相槌を打つ。インタル……、覚えておこう。
「俺も質問いい?」
僕はこくりと頷く。
「帝王には会ったことある?というか、知ってるかな?」
前、どこかのタイミングで軽く教えられたことがある。でも、もちろん会ったことなどない。
「知ってるけど、会ったことはないよ。どうして?」
「俺、そいつ嫌いなんだ。非合理的だからね。でも、君が会ったことがあるんなら、仲良しかもしれないし、話そうとは思わなかった」
だからだよ、とローナはふっと微笑む。
「でも、どうして急にそんな話を僕に?」
「この世界の希望は
所謂、非合理的な政治をなおして欲しいということだろうか。
自分たちでやればいいのに、とは思う。だが、日記“ペリシング”に書かれていた通り、この世界の人間は怠惰だと言うことだろう。
そこまで怠惰だと、生きることも諦めているのではないだろうか。改革を求めない人間は、死んでいるも同然だ。
「頭が良いって聞いてるよ。何か改革の案はないの?」
「無いわけじゃない。でも、机上の空論だ……」
ローナは、天井をぼーっと見る。彼の視線の先には何があるのだろう。
「人が多く要る。なのに、俺は人脈がない。ま、孤児院育ちのガキなんてみんなそんなもんだね」
彼はそう言って肩をすくめる。
「諦めてるの?」
「いや、新案熟慮中」
ウィンクをバチッと決めて、そう言い切る。
怠惰な世界の中で、彼は数少ない努力家だ。
「応援するよ」
彼は、僕と違って常に前を向いてるのだろう。僅かな光も捉えて離さず、それを希望にし、現実に変える力があるのだ。
僕も彼のようになれたなら、どれほど良いだろう。
「ありがとう。でも、君にも手伝ってもらいたいんだ」
「僕に?」
心の底から不思議に思う。僕なんて大した力を持っていない。協力しても、何の役にも立たないように思える。
「人が足りないっていただろう?君が呼びかければ、一体どれだけの人間が動くかな」
彼は、そこで1度言葉を区切り、ニヤリと笑った。僕は、彼のその表情にゾクッとしてしまう。
「少なくとも、ケルブ教の人間は絶対協力する。とすると、信者の数的に、半数はこっちの味方に付いたことになる」
半数……。ケルブ
自分を役立たずだと決めつけていたが、そうであった。僕には人を動かす力があるのだ。
「世界を救うだけでなく、180度変える人間にならないかい?救世主くん」
彼は、僕に手を差し伸べる。
悩みはしない。話を聞いている間に答えを出していた。
「ごめん。僕は、救世主ってだけで荷が重いんだ」
僕の言葉に、ローナは眉ひとつ動かさない。
そして、彼は僕の目を真っ直ぐ見つめながら言った。
「わかったよ。でも、いつでも待ってるからね」
ローナはそう言い終わるなり作業を再開した。
脇に置いてある、何が書かれているか全くわからない本を尻目に、僕は図書室を後にした。
みんなは、まだ元の部屋に居て遊んでいた。
僕を見るなり子ども達は僕に突進してくる。だが、僕はその攻撃によろきもしてあげない。
すると、テルミドールとシャロンもゆっくり歩いてやって来た。
「どうでしたか?」
テルミドールが先に問う。
「良い人だったよ。でも、僕とは住む世界が違うから……」
違うから、なんだろう。
何はともあれ、彼の改革のことは誰にも話さないでおこうと誓う。
――それが、彼に対する僕の最大の敬意だった。
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お読み下さりありがとうございました!
次回は9月21日 20時に投稿予定です。
【小ネタ】
ケルブ教の教会及び孤児院ができたのは、2代目救世主のときです。
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