第12話 少女について

「お待たせしました。すり鉢とすりこぎです」

 ヴァントーズはそう言いながら、机に置いた。

 そして、瓶に入れられていた爪をすり鉢の中に入れる。

 今回は恐怖心が湧かない。それは、破壊対象が爪だからなのか、慣れてしまったからなのか分からないでいる。

「椿様、私達は退出しましょうか?」

「今回は大丈夫。むしろ、雑談でもしながらやりたいな」

 恐怖心が無いとはいえ、人に付いていた爪だと意識すれば気持ち悪くなる。でも、この程度の不快感であれば、別のことを考える余裕もあるだろう。

 そう考えたが故のことである。

 僕はすりこぎを手に取り、もう片方の手ですり鉢を支える。

 少し震えた手は大きな問題でない。

「それでは、この孤児院の子どもたちの話をしても良いですか?」

「うん、もちろん」

 ナグリ以外にはどんな子たちがいるのか、僕も気になる。この話は普通に聞きたい。

「そうですねぇ。この孤児院には、17歳のとても頭の良い少年がいるんですよ」

 キャリ、ゴリゴリ

「あ、僕と同い年だ」

「本当ですか?あまり人と馴染めない子でして、いつも図書室にこもってるんですよ」

 ギュギュ、カラ、ゴリゴリ

「へぇ、会ってみたいなぁ。他にはどんな人が?」

「10歳の、ナグリちゃんと仲の良い女の子とか……。気の強い子でして、相手が誰だろうと殴り合いの喧嘩をしてしまうんですよ」

 ガッカッ、グッググ、ゴリゴリ

「僕だって怖くてそんなことできないのに、尊敬しちゃうなぁ。あぁ、そんなこと言ったらダメですかね?」

「いやいや、元気なのは確かに良いことです。ただ女の子ですから、傷ができたら大きくなって辛い思いをするかも、とね……」

 ジャラジャラ、ザラ、ゴリゴリ

「それはそうですね……」

「おや、椿様。もう十分破壊ができたのではないですか?」

 テルミドールにそう声をかけられ、ハッとする。確かに、爪は粉々になっていた。

「それでは椿様、こちらは私が受け取ります」

 シャロンも横からそう言い、すり鉢とすりこぎを受け取って行った。

「お勤めご苦労様でした。話は変わりますが、皆様はどこで寝泊まりをなさるおつもりですか?」

 ヴァントーズが深々と頭を下げてからそう言った。寝泊まりのことに関しては、いつもシャロンに任せてあるから、僕は分からない。

「この周辺の宿を借りるつもりです」

「ここら辺は観光地価格ばかりだから大変でしょう。良ければ、我々神幹の宿舎へ泊まりませんか?」

 神幹の宿舎……。そんなものがあるのか。僕は胸が踊り、ぜひ泊まってみたいという目でシャロンを見る。

 シャロンも僕の目を見て、察してくれたのだろう。期待通りの返事をしてくれた。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「わかりました。すぐに準備させますが、お昼時ですのでお腹がすきはしませんか?」

 破壊に集中していたせいで考えていなかった。だが、意識してしまうとお腹が鳴ってしまう。

「えぇ、確かに私もお腹がペコペコです……」

 テルミドールがお腹をさすりながら、ふぅ、とため息をついて言った。

「では、これからこの孤児院の食事が始まりますので、ぜひご参加ください。ここの食事はビュッフェなのですよ」

 ふふふ、とニヤリと笑ってヴァントーズが言った。

 ここの孤児院はわくわくするものばかりだ。僕は孤児院に知見がないから分からないが、どこも孤児院はこんな感じなのだろうか。

 何にしろ、食事がビュッフェであることほど胸が高鳴ることは無い。

 ヴァントーズの後ろをついて歩く。どうやら、この孤児院は思ったよりも広いようだ。迷ってしまいそうだが、元気な子どもたちにとっては丁度いいのかもしれない。

「ここが食堂です。どうぞお好きなものを取って食べてください」

「はい、ありがとうございます」

 食堂はとても賑やかであり、美味しそうなものが並んでいる。

 お肉に魚、野菜やフルーツなどはどれも良い香りを漂わせていて、お腹が鳴ってしまう。

「あ、けい君だ!」

 そう大きな声で言いながらこちらに走って来た女の子がいた。ナグリだ。その後ろには知らない女の子もいる。

「走ると危ないですよ〜。あぁ、椿様。この子が先程紹介した子ですよ」

 その子は、透き通るように綺麗な長い青い髪と目をしている。タレ目がちなナグリと違い、ツリ目で確かに気が強そうである。身長は、ナグリよりもやや低いだろうか。

「ほら、自己紹介は?」

「……ターチ、10歳」

 目を合わせずぶっきらぼうにそう言った。恥ずかしがり屋なのかもしれない。

「初めまして。第13代救世主の椿恵斗です」

「シャロン・ナイトです。こんにちは」

「テルミドールでございます。以後お見知り置きを……」

 ターチは僕らをチラリと見て、またすぐ目線を逸らした。

「ねぇ、けい君いっしょに食べよ」

 10歳のコミュニケーション能力はよく分からないものである。最初に会った時はあんなに緊張して接していたのに、今はこれなのだ。

「うん、良いよ。ターチちゃんも大丈夫?」

「まぁ、ナグリが良いなら……。許可する」

 こんな態度の子でも、僕は可愛いと思える。そして、ターチが先程からムッと膨らました頬が愛嬌を増している。

「おいで!わたしのお気に入りのところに案内したげる」

 手を引っ張られながら案内をされる。ナグリが連れて来たのは、窓際の席であった。よく日があたっており、気持ちいい。

「あったかくて良いでしょ?」

「うん、ポカポカするね」

「じゃあ、いっしょにご飯とりにいこ!」

 無邪気に僕らを見つめてくれるナグリと、警戒心のこもった目で見つめてくるターチの視線を同時に感じる。そんな僕は笑顔が綻びそうになる。

 テルミドールとシャロンはそれに気づいてるのだろうか。気づいていたとしても、子供が楽しそうにしているだけだと流されそうだなと思ってしまう。

「わたしね、果物が好きだからいっぱい食べるの!けい君は何が好き?」

「僕は野菜が好きだよ。特にトマトが好きかなぁ」

「トマト食べれるの?!すごいね!ターチはトマト見るのもイヤなのに」

「ちょっ」

 ナグリの言葉を聞いた瞬間、ターチがたじろいだ。そして、ナグリを引き寄せて耳元で何かを話している。

 余程嫌だったのだろう。でも、僕にもその気持ちはわかる。

「そっか、ごめんねターチ。許してくれる?」

「すっごい許す」

「ありがと!」

 2人のやり取りは至って平和である。全人類がこうであれば良いのだが、これはこの年齢にしかできないことなのだ。

 知を身につけるとは、素晴らしいことであると同時に罪なことである。だが、知が身についていないこともまた罪である。ならば、素晴らしい部分のある、知を身につけることの方が良い。僕はそう考える。

 それぞれ選び終わった僕らは一緒に席に着いた。

 テルミドールとシャロンはバランスのとれた食事だ。だが、テルミドールはシャロンに横から文句を言われながら選んでいたので、受動的である。

 僕は若干野菜多めの食事だ。昔から葉物が好きで、友達にはよく、うさぎかよ、と言われていた。そんな食事をしていたせいで、体格があまり良くないのかもしれない。

 ナグリはもちろんフルーツ多めで、野菜が中心なことは僕と同じだ。だが、その皿の上にはトマトがのっていない。ナグリも嫌いだったのか……。

 ターチはお肉が中心になっていて、野菜は少ない。というか、ない。人の食事に文句なんて言える訳では無いが、今後のために野菜も食べるべきだと思う。

「いただきます」

 僕は手を合わせて小さく言う。みんなもそれに続いて言っていた。

 今思ったが、“いただきます”は日本特有のものだった気がする。ここでも同じように“いただきます”と言うのだろうか。それとも、僕に合わせて言ってくれたのだろうか。

「ねぇ、けい君知ってる?ここのお野菜のほとんどはね、わたしたちが作ってるんだよ」

「そうなの?」

 ナグリは得意そうに笑う。

 確かに、シャキシャキと新鮮で美味しいと思っていた。言ってしまえば、ドレッシングなんていらないな、とも。

「すごいね、すごく美味しいよ」

「野菜が好きとかありえないし……」

 こうやって5人でテーブルを囲むのは初めてだ。4人家族だったけど、1人増えただけでこんなにも賑やかになるとは思わなかった。

 もしくは、みんなが明るく賑やかな性格をしているせいかもしれない。

 小さな子どもの無邪気さは、人の心を救うのだな、と痛感した。



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お読み下さりありがとうございます!

次回は9月14日 20時に投稿予定です。

【小ネタ】

ヴァントーズはこのやり取りの間、他の子どもに捕まっています。ほぼ反対側の机にいて、こっそり椿くん達の様子を見てるわけですね。

 


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