第11話 ケルブ教
「救済の書“ラーム”第3章1節、――信者は家族である。家族とは守るべきもの。自分よりも家族を大切にすべきである。お互いにその意識があれば、自分も家族によって救済されるであろう」
とても広く、白を基調とした重厚感のある教会に僕らは来ている。
ここは、ケルブ教の教会だと教えられた。だが、来ていきなり教会中の椅子に座らされ、救済の書というものを聞かされるとは思わなかった。
いつまで続くのだろうか。宗教というのは底が見えなくて恐ろしい。
「これが、我々の1番基本の理念です。そして、我々の父はあなた、
「え、僕?」
彼らが救世主を信仰していることは知っていたが、そういう扱いなのかと驚いた。
「また、母とはこの世界のことであり、子は我々信者です」
そんな言葉を僕らに与えている彼……、
それに反して、真っ黒なローブのようなものをきちっと着こなしているのが特徴だ。
また、彼はまるで事務処理のように抑揚なく言葉を並べていた。
「お話の途中すみません。私たちは、ゲルブ教の信者であるマーク所有者2名を探しているのです。ご協力いただけないでしょうか」
シャロンは、言葉の途切れたタイミングで話を切り出した。
「もちろんですとも。自分も面倒くさくなってきたので、早速会いに行きますか」
頭をかき、大きくため息をつきながらそう言った。呼吸をするごとに生気が抜けているのではないかと不安になる態度だ。
「あぁ、でも、教祖様には会えませんよ。自分も誰が教祖なのか知らないので」
「はい、それは承知の上です」
「では、教会が運営している孤児院までいきましょう。すぐそこですよ」
どこかおぼつかない足取りで彼は歩きだす。それでも、後ろ姿には貫禄があるから不思議なものだ。これが、大人の男性のパワーだろうか。
「胡散臭い男ですねぇ、椿様」
テルミドールがコソコソと僕に話しかけてきた。
「だめだよ、そんなこと言ったら。聞こえるでしょ」
僕も小さな声で応える。
「ですが、名乗りもしませんでしたよ。椿様に失礼では?」
確かに、彼は僕らに名乗らなかった。死んだ目をしている彼はとても不思議な存在だ。
「何か深い理由があるんだよ」
今の僕には、それぐらいの言葉しか述べられない。
「ここが孤児院です。院長先生を呼んでくるので、少々お待ちください」
年季の入った木造の建物で、あたたかみを感じさせる。
微かに聞こえる子供たちの楽しそうな声に、僕もにやけてしまう。
「椿様、賭けませんか?神幹さんが何歳なのか」
「えぇ〜、失礼じゃない?」
「私は39歳にかけます」
「シャロン?!」
「じゃあ、私は42歳で」
「……46歳」
僕が1番年齢を高く見ていて恥ずかしくなった。僕的にはいい線をいってると思っているだなんて言えない。
「皆さん、連れてきましたよ」
神幹の男の後ろにはもう一人男性が立っていた。
スラリと背が高く、くせ毛ではあるが爽やかな印象のある男だ。ニコニコとしているせいで、目が細いのか、わざと細めているのかはわからない。でも、子供に好かれそうなお兄さんだと思った。
黒髪のように見えるけど、チラチラといろんな色が見える。もしかしたら染めているのかもしれない。
「どうも、こんにちは。この孤児院、オヘッド・テメリーの院長、ヴァントーズって言います」
少し訛りのある口調に違和感を覚える。だが、地元にいたお年寄りもこんな話し方だったかもしれないと思うと、親近感が湧く。
「初めまして、私はシャロン・ナイトです」
「私はテルミドールでございます」
「椿 恵斗です」
ヴァントーズは、一人一人にお辞儀をしていく。そして、僕のことをじっと見つめた。
「君が第13代救世主君ですね。マーク所有者の子を紹介しましょう。どうぞ、お入りください」
「ありがとうございます」
ヴァントーズは、神幹と同じ服を着ている。同じ役職なのだろうか。違うところをあげるならば、ヴァントーズの方が服をダラっと着ているところだ。
「あの〜、自分はもう帰っていいですか?歩きすぎて疲れたんで……」
「えぇ、構いませんよ」
「あざーす」
神幹の男は、何かをぶつぶつ呟きながら来た道を引き返して行った。
「あ、名前……」
彼の姿が見えなくなったぐらいで、僕は名前を聞いていないことを思い出した。
「あぁ、彼の名前ですか?彼の名前はミールっていうんです。ボクとは神幹の同期で、根暗ですけど真面目で信心深い良い奴なんですよ」
やっぱりこの人も神幹だったのか。
ん?同期ってことはこの人と年齢が近いのではないだろうか。じゃあ、ミールは……。
「ミールさんはおいくつなのでしょうか?」
「ちょっ、テルミドール……!」
聞きたいとは思っていたけど、そんなストレートに聞くなんてさすがに失礼だ。
シャロンに助けを求めようと思ったが、何も言ってくれない。むしろ、目を輝かせている気がする。
「ボクと同じ25歳ですよ。老けてるように見えるでしょう。面白いですよねぇ」
25……、嘘だ。あんなに老けているのに20代のはずがない。テルミドールとシャロンも驚いているようで、口が開いたままになっている。
驚いた顔が全く同じな2人に仲の良さを感じる。
ヴァントーズの方はといえば、あはは〜、と呑気に笑っている。
「ふふっ、失礼しました。気を取り直して、どうぞお入りください」
孤児院の中は思いのほか広く、教会と似たようなつくりをしている。3歳ぐらいの子から、僕と同い年ぐらいに見える子までいる。
「えーと、どこかな……。あ、いたいた。おーい、ナグリちゃん、ちょっとおいで〜」
ナグリと呼ばれた女の子が走ってくる。
丸いメガネをかけていて、後ろ頭に大きなリボンを付けている。そして、ピンクの目と髪が愛らしさを倍増している。
ナグリは、ヴァントーズに追突してすぐに彼の後ろに隠れてしまった。恥ずかしがり屋なのだろう。
「ナグリ、自己紹介は?」
「……えと、初めまして!わたしはナグリ、10歳!可愛いものとヴァントーズが好き!」
ナグリは、無邪気で純粋無垢の体現である。そう瞬間的に思ってしまうほどの可愛さが備わっている。
「初めまして、椿 恵斗です。えっと、第13代救世主……です」
「テルミドールと申します」
「シャロン・ナイトです。よろしくお願いします」
自分を救世主だと言うのは、まだ恥ずかしい。だが、そんなことは誰も気にしていないようだ。
ナグリは、僕のことをじっと見つめている。当然、救世主を見るのは初めてだろうから、物珍しいのだろう。
「早速で申し訳ないのですが、ナグリ様は右手の爪にマークがあると伺っております。見せていただけませんか?」
爪……、今までよりもマシに聞こえるが、10歳の女の子にとっては辛いだろう。いや、何歳であろうと、爪を剥ぐことになるのは耐え難い苦痛であろう。
僕は、ヴァントーズの服を掴んでいるナグリの右手を見た。その爪にはマークなどなかった。おかしいと思い、左手もよく見てみたがそこにもなかった。
「気づきましたか、椿様。実は、ナグリの爪は既に剥がしてあるのです」
そうか、爪は剥いでもまた生えてくるのだった。綺麗なナグリの爪を見て僕は少し安心した。
「そうですか、では、保管している場所まで案内をお願いします」
「えぇ、こちらへどうぞ」
僕らが案内されたのは院長室と書かれた部屋だった。校長室のようで少し緊張感が高まる。
ヴァントーズは、金庫のダイヤルを回して開けている。そして、中から取り出した瓶を机の上に置いた。
「これが、ナグリちゃんの右手の爪です。よく見ると、ほら、マークもあるでしょう」
近寄ってみると、確かにマークがあった。
一つ一つ爪に水玉と8という数字が描かれている。ネイルと言われても納得してしまうぐらいのマークだ。
「ボクの一案として、爪をすり潰して破壊というのはどうでしょう」
「はい、良いと思います」
「では、すり鉢とすりこぎを持ってきますね」
そう言って彼は部屋から出ていった。
ガラスの瓶には、僕の姿が逆さまに写っている。
教祖は一体誰なのだろう。
もしかすると、もう既に顔を合わせ、言葉を交わしているのかもしれない。
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第11話をお読み下さりありがとうございます!
次回は9月7日 20時に投稿予定です。
【小ネタ】
ヴァントーズは辛いもの好き、ミールは甘いもの好きです。
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