第9話 花冠

 アサガオ、カーネーション、キク、ナノハナ、これはパンジーだろうか。見渡すと、鮮やかな色の花が咲き乱れていた。

 元の世界の花と似ているというだけで、違う花かもしれない。名前がわからなくとも美しい。

 そんな色とりどりの花の中から、青系のものを摘み取る。

 花冠の作り方は、シャロンが教えてくれた。以前も作ったことがあるらしい。

「おぉ!アタシ、結構センスあるんじゃないっスか?」

「お上手ですよ。さすが、技術者ですね」

「へへっ、アレンジもしちゃったりして〜……」

 器用に花冠が作り上げられ行くさまは、まるで魔法だ。

「ん〜、難しいなぁ。テルミドールはどう?」

「私もあまり良い出来ではありません」

 テルミドールの花冠は、作り途中とはいえ、上手いとは言えないものだ。僕も大概下手だが、比べると、僕の方がマシなことがわかる。

「色選びが悪いのでは?ごちゃごちゃしてますよ」

「はは、そんなことないですよ。シャロの方こそ、同じ花、同じ色。代わり映えしないですねぇ。まるでシャロのようだ」

 2人の敬語には、仕方ないから使ってやる、という空気が漂っている気がする。

「どっちも綺麗だよ」

 僕がそう言うと、睨み合っていた2人はため息をついて、自分の作業に戻った。

 2人が同じタイミングで、同じ動きをしたものだから、笑みがこぼれてしまった。

「仲良いんスか?あの人ら」

「なんか、昔から一緒に居る雰囲気はあるよ」

 ふぅーん、という興味があるのか無いのかわからない返事が返ってきた。

 そんなトーナの手元を見ると、最初に作っていた花冠は既に完成していた。そして、もう次の花冠を作り始めていたのだ。

 僕は、仕事の速さに驚かされた。装飾も凝っているのにこんなに速いなんて……。

 僕はまだ、半分ほどしかできていない。


――数時間後


「皆様、いくつか花冠も出来上がっているようですし、お昼にしませんか?」

 シャロンがそう問いかける。

 いつの間にか熱中し過ぎて、時間も忘れていたが、確かにお腹が減っている。

「賛成〜!お腹ぺこぺこっス」

「うん、僕もお昼にしたいな」

 持ってきていたレジャーシートを広げ、その上にお弁当を並べる。

 お弁当は、ここにある花と同じように色とりどりだ。見た事のあるようなもの、全く知らないもの。

「わ〜、よりどりみどりっスね〜」

「急ぎで作りましたが、良い出来上がりになりましたね」

 時間に縛られず、ゆっくりとサンドウィッチを噛み締める。

 頭上では、鳥が飛んでいる。大きな羽を広げ、ポロロヒロ〜、と鳴いている。

 僕の今の状態は、自由とは言い難い。でも、空を飛べないから、使命に縛られているから、というのは自由でない理由にはならない。

 理解しているからと言って、改善はできない。僕は所詮、環境に縛られてしまう弱い人間なのだ。

 それでも……、僕が弱くても、大切にしてくれる人は、僕も大切にしたい。それぐらいは、弱い僕にもできるのではないだろうか。

 僕は、自分の作った青い花冠を3つ手に取る。

「これ、みんなのために作った分なんだ。あげる」

 テルミドール、シャロン、トーナの順に花冠を渡していく。

 みんな驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で、ありがとう、と言ってくれた。

「私も、椿様のために作っていたのですよ」

 頭の上に、白い花冠が優しく乗せられる。シャロンらしい上品な花冠で、白い薔薇のような花が主に使われている。

「私の花冠も、ぜひどうぞ……」

 テルミドールの花冠は、色んな花や色が使われている。一見無秩序に見えるが、その中にも規則性があり、美しいデザインだ。

「じゃあ、アタシの自信作もどうぞっス!」

 花の茎を使って、ハートや星などの形を器用に作っている。黄色を基調としており、菜の花のような可愛らしい花が使われている。

 花冠一つ一つが、みんなの性格を表しているように思える。共通しているのは、何物にも代えがたい美しさだ。世界に一つの花冠が、僕を彩ってくれている。

「ありがとう、きれいだよ」

「両手に花っスね〜」

 花冠を両手に抱えている様子を見て、トーナが笑う。

 午後の暖かい日差し、不快感は無い。やわらかい花の匂いに包まれて、うとうとしてしまう。

 幸せだなぁ、なんて呑気に考える。今もこの世界は滅亡しかけているのに、幸せを感じるのは罪だろうか。

 花冠を両手いっぱいに抱えたまま、時間は穏やかに進んでいった。


――夜


「では、トーナ様、トークライ様。腕の破壊についてなのですが、街の病院にて切除を行い、破壊という形で良いでしょうか?」

「それで大丈夫っス」

「トーナが良いなら俺もそれで良い」

 仕事帰りのトークライもまじえて、僕らは破壊について話し合っている。

 明日、行うそうだ。どうやら、早く破壊できるところは破壊して、他の破壊に時間を使いたいようだ。

「今回は、破壊をするのも苦労されると思います」

 手から肘までという、破壊部位が大きいからだろうな。

「ですので、病院の方でなるべく細かく切ってもらってから破壊。というのはどうでしょう」

「それでも破壊が有効なら、それでいいよ」

「わかりました。では、私の方から病院に伝えておきます」

 1番窓の近くの椅子に座っているせいか、夜風を感じる。昼の暖かさとは打って変わって、冷たい風だ。

 窓を見ると、星が輝くのが見える。ここだけではなく、この世界は全体的に明かりが少ない。そのせいか、どこにいても星が見えるのだという。

 皇帝領ですら、星の名物地になっているのだそうだ。

 破壊の日にちが明日であることを突然告げられた時は、動悸がした。でも、余計なことを考えてしまう時間がないから、これが最善策な気がした。


――翌日


「破壊には、解剖室を使わせていただけるとのことです」

「そっか、ありがとう」

「椿様は、解剖室でお待ちになっていてください。テルミドール様が案内をしますが、一緒に居られますか?」

「僕はそれで構わないよ」

「椿様のご意見に異議などはございません……!」

 病院の無機質さは元の世界と変わらない。もっと明るい雰囲気にすれば、気をおかしくしてしまうことは無いだろうに。

 現に、僕は病院独特の雰囲気に飲まれてしまいそうになっている。

 テルミドールの後を歩く。

 長い廊下を歩き、角を何度も曲がっていると、ここが迷路のように思えてくる。出口の場所など、とうに忘れた。

「ここでございます。椿様」

 テルミドールがエスコートしてくれる。もう、このエスコートにも慣れてしまっている。傍から見たら、見事な連携プレイだと思われるだろう。

 僕は、用意されていた質素な椅子に座る。テルミドールも、その横に椅子を引き寄せて腰掛けた。

「僕、もっとトーナのこと、知りたかったんだ。でも、この日が先に来ちゃった」

 愚痴のように言葉を漏らしてしまう。

「破壊の後でも、知れると思いますよ。だって、椿様は私の目を破壊した後に、私を知ってくれました」

「テルミドールは特別だからじゃない?人生を破壊した相手のことを信用できるなんて思えないよ」

「信用は、この1ヶ月と数日の間で築けているのではないでしょうか?」

「それでも、トーナの頭には、“腕を破壊した男”という印象が残り続けるんだよ?僕だって、そんなトーナにどんな表情で、どんな言葉をかければいいかわからない」

 考えすぎ、そう言われるだろうか。言われても否定できない。でも、何パターンも最悪なシチュエーションを考えてしまう。そこに、楽しさなんて存在はしていない。僕は指を組み、真っ白な床をじっと見つめる。

 僕は、破壊の先は闇しかないと思っている。毎回毎回テルミドールのように、闇から光へと救われるわけではないだろう。

「では、やめてしまいますか?」

「それはっ、それはダメだよ」

 いきなり何を言い出したのか、困惑してしまった。どうして急にそんなことを言うのだろう。

「それは、どうしてですか?」

「この世界が、滅ぶから……」

「でも、この世界は椿様の世界ではないのですよ?」

「え、いや、助けてって言われたら、助けるものじゃないの?」

 それ以外に理由があるだろうか。テルミドールがおかしいのはいつもの事だか、今日はどうしてしまったのだろう。

「答えが出ましたね。椿様、あなたは優しすぎるのです。それ故、人の気持ちすらも全て背負い込んでしまう……」

 僕が優しすぎる?そんなはずはない。だって、僕はテルミドールに暴言を浴びせたのだ。そんな僕が優しすぎるなんて、どうかしてる。

「椿様、人は、あなたが思っている以上に強いのです。それ故、無理をしてしまうのですが……」

 テルミドールの表情は、どこまでも優しい。初めて会った時の狂気はどこへ行ったのだろう。

「椿様は、人の思いを背負う必要はありません。ただ、寄り添っていればいいのです」

 寄り添うだけ……?寄り添っていたら、自然と背負い込んでしまうものではないのだろうか。

「例え話をしましょう。たくさん荷物を抱えたおばあさんがいます。椿様は、その荷物を全て持つ必要は無いということです。カートをもってくる、他の人を呼ぶ……。そんな解決策を考え、実行すれば良いのです」

 僕は浅く頷いた。

 理解が追いつかないのは、この状況のせいか、僕の未熟さか……。

 でも、僕が今片付けねばならない問題は別にある。



──────────────────────

お読み下さりありがとうございます!

次回は8月24日 20時に投稿予定です。

【小ネタ】

テルミドールのテンションが初対面時、異常であったのは、人と会って話さなすぎて距離感が分からなくなっていたからです。他にも理由はありますが、ここでは割愛……。

 





 

 




 

 

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