第8話 春
――残り3日
「やっと……、やっと、完成だー!」
作業場でテストとして動かしている義手を見て、トーナがはしゃいでいる。その様子を見ると、僕まで嬉しくなる。
まだ腕にはめていないから、動かしづらそうではあるが、意のままに操っている。
その動きはとても繊細で、視覚上は機械だが、本物の手としか思えない。むしろ、本物以上のなめらかさを感じる。
「おめでとうございます。トーナ様」
シャロンもやわらかく微笑んでいる。やり遂げた顔だ。ここにいるみんなが、そう思っているだろう。
「すご……」
テルミドールは完全に見入ってしまっている。メカっぽいところは、トーナとテルミドールの趣味だと聞いた。
「何とか完成できて良かったよ」
本当は、そんなこと、素直に思えていない。
心の奥深くで思っているのかもしれない。けど、喜べない。義手の完成とはつまり、今すぐにでも破壊ができる準備が整ったということだ。
「父ちゃんにも報告してくるっス」
「お気をつけて」
嫌だ、やだ、怖い。
せっかく色んなことを知れそうなのに。この世界にも、気兼ねない友達ができると思ったのに。破壊なんてことをした後も、今までと同じ目を向けてくれるはずがない。僕も、今までのような目を向けられないだろう。
1ヶ月と数週間、一緒に過ごした人間を傷つけるなんて……。
テルミドールの時もこうだった。その時が近づくほど焦ってしまう。怖くなってしまう。
どれだけ決心しておいても、全然ダメだ。
しかも、今回は破壊の範囲が大きい。感触だって強く残るはずだ。
「恵斗様……」
テルミドールの声に、ハッと顔を上げる。
テルミドールもシャロンも、不安そうに僕を見ている。
多分、僕は2人に頼るべきなのだろう。でも、それよりも恥ずかしさが勝ってしまった。
僕は顔を背ける。見ないで、そう思いながらそっぽを向いても、思いは伝わらないのに。
「花冠、作りに行きませんか?トーナさんや、忙しくなければトークライさんとも……」
なんの脈絡も無いように感じられたその言葉に驚いた。そのため、ついテルミドールに顔を向き直してしまった。
「あぁ、椿様。私は悲しいのですよ。椿様がおつらそうな顔をしている姿を見るのが……」
そんなに僕はつらい顔をしているのだろうか。今すぐ鏡を見てみたい。
「良いと思いますよ。今は、1番多くの花が咲く時期ですから。トーナ様とトークライ様もお誘いしましょう」
優しい笑顔で2人は話す。そんな様子を見ると、僕があまりにも子どもっぽいと分からせられる。
「椿様は、お花、好きですか?」
テルミドールが僕に問う。
あまり考えたことも無かったな、花について。
「うん、多分。綺麗だなぁとは思うし」
「それでは、私が2人を誘ってきますね」
そう言ってシャロンが部屋を後にする。
思えば、テルミドールと二人きりになったことは、ほぼ無かったかもしれない。それに、さっき子どもっぽい行動をとってしまっているから、恥ずかしい。
なんであんなことをしたのか、自分でも意味がわからない。
「椿様、つらいことは言えばいいんですよ」
少し屈んで、僕と目線を合わせて言ってくれた。こんなに、テルミドールは背が高かったけ。平均よりも少し低い身長の僕より、丁度頭一つ分くらい高い。
「こう見えて、私も立派な大人なのです。椿様は、子ども扱いされるのが嫌かもしれませんが、いざって時に頼れる存在がいるのは、心強くはありませんか?」
1度、感情を直接ぶつけてしまったテルミドール。そのおかげか、気持ちを喋るのもハードルが低く感じられる。
「私が嫌なら、シャロでも良いですし。二人で一緒にでも話を聞きますよ」
多分、僕が気づけていないところでも、2人は僕に寄り添ってくれていたのだろう。それを、僕は突き放していたのかもしれない。その可能性があることが、酷くつらい。
「ありがとう。僕、破壊するのがつらいんだ。その人の人生をめちゃくちゃにしてる感覚が、ひしひしと伝わるから……」
あぁ、僕は子どもでいいのだな。元の世界では、後1年もすれば成人、大人になる。でも、テルミドールからすれば、僕は永遠に年下。子どもなのだ。
彼は、僕を優しく抱きしめてくれた。ガラス細工でも触るかのように、僕に触れるか触れないかぐらいに。
「悩みを人に言い出せなくて、壊れてしまう人も多いと聞きます。そんな中、素直な気持ちを伝えられて偉いですね。ご立派です……」
頭を撫でられる。元の世界の友達に撫でられた時は、不快でしかなかった。だって、僕はいつも小さいって、女の子みたいで可愛いって言われてたから。
でも、これは違う。これは、優しさ以外の何ものでもない。
「嫌なことがあれば、私にぶつければ良いのですよ。椿様は頑張っています。頑張ってますから、休息もとってくださいね……」
自然に涙が出た。この世界に来てから、僕は情緒不安定だ。泣いたり、笑ったり、黙り込んだり、たくさん話し出したり、怒ったり……。
そんな僕に対して、テルミドールとシャロンは一度も嫌な顔をしていなかった。
そんな彼の胸でなら、安心して泣ける。安心して、子どもでいられる。
僕はしばらく、感情に従順でいることにした。
――泣き止んでから目の腫れが引くまで、僕らはしばらく作業場に居た。
誰も入ってこなかったのは、シャロンが気を利かせてくれたからだろう。
シャロンはリビングに居た。トーナと一緒に談笑している。
「椿様、テルミドール様。トーナ様も花冠作りに参加されるそうですよ。トークライ様は、次の仕事があるから無理だそうですが……」
シャロンは、残念そうにそう言った。トークライとは同じ屋根の下に居るが、あまり会わない。ずっと自分の作業部屋にこもっているからだ。そうでない時は、出張に行っているし、話もできないでいる。
「まぁ、仕方ないね」
「父ちゃんも休めばいいのになぁー」
トーナは、椅子にもたれかかって不貞腐れている。家に二人で居られなくても、親子の中は良いのだろう。
「トーナ様、ここら辺で花がたくさん咲いている場所はありませんか?」
クラージェ岬にも花はたくさんあったが、少し遠いし、神聖な所だからダメなのだろう。
「家の裏山が一番近くて良いと思うっスよ。山とは名ばかりの丘みたいなもんなんで」
裏山があることは知らなかったな。外出する時も、町か前にトーナと行った小さな川までしか行かない。
「早速、明日行っちゃうっスか?」
「ふふっ、行っちゃいましょうか?」
トーナにつられて、テルミドールもノリノリだ。
「僕は良いよ」
「椿様が良いのなら……」
夕食時、トークライに説明をし、明日行くことが決まった。せっかくだからお弁当も作ろうということで、夜のうちに仕込んでおいた。
慣れない料理に僕は苦戦したが、そんな時間も楽しかった。
寝床に入り、明日のことを妄想する、
花冠、作ったことはないが、憧れはあった。器用に作れたらかっこいいんだろうな。
シャロンは上手そうだな。テルミドールは、意外となんでも出来るから、花冠も作れそうだ。トーナはどうだろう。やっぱり、技術者だし、手先が器用だから上手なのだろうか。
あぁ、楽しみだな。
自然に眠りに付けたのは、久しぶりな気がする……。
「ここが、言ってた裏山っス。ね、近かったでしょ」
いつもと違う、ワンピース姿のトーナが新鮮だ。麦わら帽子も身につけていて、雰囲気が全く違っている。
「似合ってるね、ワンピース。ベージュが髪の色とよく似合ってる」
「……ありがと、っス」
トーナが珍しく驚いた表情を見せた。僕がこんなことを言うと思っていなかったのだろうか。
「君も、新しい服似合ってるっスよ」
「ありがとう。選んだのはシャロンとテルミドールだから、2人のセンスのおかげでもあるかも」
僕の服はオーダーメイドだ。テルミドールとシャロンが話し合ってデザインを決めてくれた。
というのも、僕にはファッションセンスがないことが、17年生きてきてよくわかっているからだ。
新しい服は、シャロンとテルミドールの服のデザインがちりばめられている。西洋という感じが満載のこの服を気に入っている。何より、僕のために作ってくれたというのが嬉しい。
風が気持ちいい。四季で例えるなら、今の気候は春だ。空気が澄み、花が咲き、気持ちのいいあたたかさ……。ずっと、このままでいて欲しい。
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お読み下さりありがとうこざいます!
次回は8月17日 20時に投稿予定です。
【小ネタ】
椿くん→なで肩
テルミドール→がっしりだけど細く見える
シャロン→腹筋割れてる
骨格とか筋肉の話です。
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