第6話 技術者だから

「眠れないなぁ」

 トーナの家で、僕・テルミドール・シャロンの3人で雑魚寝をしていたけれど、こっそり抜け出してきた。というのも、僕は眠りにつけず、気分を変えるため、玄関に座り込んでいるところだ。

 この世界に四季があるのかはわからない。でも、今夜の風は肌寒く感じるほどだった。

 1人だと、意味の無い思考がよく巡る。

 どうしてこの世界の名前が無いのだろう。制服のままだから、そろそろ新しい服が欲しい。テルミドールとシャロンって友達なのかな。

 こんな風に考えていると、絶妙な寒さのせいもあってか、余計に目が覚めてしまった。

「もう戻ろっかなぁ……」

「よう、ガキ。何してんだ?」

 突然の知らない声に、僕は心臓が止まるかと思った。

 恐る恐る顔を上げると、僕のことを見下ろす立ち位置に男がいた。

 いつの間にか、家の前のランプも付けられていて、その男の姿がぼんやりと浮かぶ。

 背が高く、とても筋肉質だ。緑の髪をしていて、スポーツ刈りがよく似合っている。また、顎髭がちょっと生えており、いわゆる、男らしい顔というやつだ。

「あ、すみません。眠れなくて。えっと、どなたですか?」

「俺は、トークライ。この家の家主ってやつだ。本来なら、俺の方が“お前は誰だ?”って聞く立場だがな」

 トークライは、冗談だと言って、さも愉快そうに笑っている。

 僕は、彼の低くて威圧感のある声に完全に気圧されてしまった。

 でも、彼はさっきこの家の家主だと言った。彼の緑髪、よく笑う姿……。もしかして、トーナのお父さんなのか?

「さて、お前は誰だ?」

 相変わらず、ニヤニヤと笑っている。だが、不思議と悪い人ではない気がした。

「僕は、椿 恵斗です」

「聞いたことがあるなぁ。ちょっと待ってくれ。思い出す」

 トークライは、その辺をウロウロしながら、ブツブツと独り言を言って考えを巡らせている。

 思えば、作業が行き詰まったトーナもこのような行動をしていたかもしれない。

「あぁ、思い出した!新しい救世主様だな!」

 そう言って彼は、少し申し訳なさそうに僕に近づいてきた。

「救世主様だなんて思っていなかったものですから……。すみません」

 こんな、横暴そうな人でも救世主ぼくの前では頭を下げるんだな。

「トーナの左腕の破壊にいらしたのですよね。俺は、そいつの父です。そして、今出張……と言っても、すぐそこの街からですが、帰ってきたところなんです」

 そう考えると、対等に接してくれるトーナは、貴重な人間なのかもしれない。

「あいつのことですから、救世主様にも、完璧な義手ができるまで破壊させない、と言っているでしょう」

 そこで、トークライは僕の目を見据え直した。

「ですが、トーナも技術者のはしくれ。そして、一度決意させたことは最後まで、責任を持たせて遂行させるのが師匠の務め」

 彼の言葉はとても力強い。救世主ぼくには頭を下げる、と言ったことを撤回したいほどだ。

「どうか、完成まで見守ってあげてくれはしませんか?」

 毎日見る僕のような、なよなよした顔ではなく、力強い顔がそこにはあった。

「もちろんです。でも、テルミドールとシャロンと話し合って、後1ヶ月しか待てないって。他のマーク保持者のこともあるからって……」

 トークライは、僕の言葉を聞くと、キリッとさせた目元を少し緩めた。

「えぇ、十分です。“納入期限”というのがありますからね。トーナには、少しゆっくりさせ過ぎた……。もう、そのことは、伝えたんですか?」

「さっき、決まったことだから、まだ……」

「そうですか。では、救世主様も、もう寝なさい。子どもは寝て育つもんですよ」

 トークライに促されるまま、家に入る。

 僕らが雑魚寝しているのを見て、救世主様方に無礼を、とは言っていたけれど、他に寝る場所もないと判断したのだろう。そう言って、申し訳なさそうに謝罪しながら2階へ上がっていった。

 トークライの足音が消えたのを見計らってか、テルミドールとシャロンが起き上がった。

「わっ、びっくりした……。やっぱり起きてたんだね」

「もちろんでございます。椿様に何かあってはいけませんから……」

 大丈夫だよ、と笑いながら言っても、テルミドールは心配そうにしている。

「トーナ様の保護者がいらっしゃらないとは思っていましたが、出張でしたとは」

 シャロンの方も、しっかりと話は聞いていたらしい。玄関とリビングは、大して距離は無いし、トークライの声がそこそこ大きかったから聞こえたのだろう。

「もう寝ない?僕も、そろそろ寝られそうだから」

 もちろん、反対する者などいない。僕を真ん中にして、僕らは寝直すのだった。


――次の日


「はぁ?!父ちゃんいつの間に帰ってきてたんスか?」

 朝、リビングで新聞を広げているトークライを見て、トーナは驚いた声を上げた。

「別にいつ帰っても良いだろ?嬉しくないのか?」

 トークライはニヤニヤと面白いものでも見るかのように笑っている。僕とテルミドール、シャロンも起きているが、まるで蚊帳の外だ。

「いや、そういうんじゃなくて。ご飯とか作るのにって意味ッスよ。どうせクタクタなんスから、寝てればいいのに」

「俺にとって仕事が休養みたいなもんさ。何もしてないと、逆に落ち着かない」

 トーナは、心底呆れた顔をしている。そういうことじゃないんスよ、とボソッと呟いていたが、トークライには聞こえていないようだ。

 改めて、2人のことを見るとよく似ている。目の色もほぼ同じだし、表情の変化の具合も同じ、八重歯まで同じだ。

 そう、トーナの母親の面影を感じさせないほどに……。

 聞けるような話ではないが、お父さんのことも言っていなかったのだ。お母さんも出張に行っている可能性も大いにある。

 それに、出会ってそう長くない相手に、家族関係を打ち明けるのはハードルが高いだろう。

「おはようございます。トーナ様。義手づくりなのですが、後1ヶ月で締め切らせて頂いてもよろしいでしょうか?」 

 シャロンは是非を問うてはいるが、実質的には強制だ。

 これもシャロンに聞いた話だが、救世主の言葉に従わなければ、場合によっては帝国反逆罪に当たるらしい。

 なので、僕が期限を1ヶ月だということを承認した時点で、実質僕の命令に変わる。そして、それに従わなければ……。

 そういうわけで、僕の一語一句には他の人よりも重い責任が伴う。

「はい、それで大丈夫っス。逆に、そんな時間もらっちゃって申し訳ないぐらいっス」

「ご協力ありがとうございます」

 深く頭を下げたシャロンにつられ、僕も軽く頭を下げた。

「さてっ、朝ごはんを食べ終わったら早速作業開始っスよ!」

 彼女は、机に用意されていたトーストのような何かを一瞬で平らげた。トーストのようなものは紫色をしていて、食欲をそそるものではなかった。だが、この世界では普通なのだろうか。僕は、もう一欠片分残ったそれを口に入れた。味は、ただのバタートーストである。

 すると、ある疑問が僕の頭に浮かんだ。

「トークライさんは義手づくりを手伝ってるんですか?」

「俺は全く手伝ってない。助言も、特にしていない」

 てっきり、当然だ、とでも言われると思っていたので驚いた。僕が言うのもなんだが、義手作りは彼女の人生を左右するものだ。手伝わない、ましてや助言もしないなんてこと、あるだろうか。

「驚いているな。だが、理由は簡単だぞ」

 いつの間にかトーナはいなくなっている。いつリビングを出ていったのだろう。

「なぜなら、トーナが自分で技術者の道を選んだからだ。俺は、父親であると同時に師匠でもある」

 トークライの目はどこまでも真っ直ぐだ。そして、捉えるものが確実で、揺るぎがない。いつも遠くを見ていて、何を見ているのかわからないトーナとは正反対だ。

「“見て盗め”それが、うちの家訓だ。古いと言うか?だが、トーナは全て理解した上で技術者になった。まだ、ひよっこだがな」

 彼は、ハッハッハと大きな声で笑う。

 トークライやトーナが、この町にとってどれだけの存在なのかは、計り知れない。

 だけど、こんなことを堂々と言ってのける人はなかなか居ないだろうと思った。だから、トークライは優れた技術者なのだろう。少なくとも、こんな言葉がスラスラと出てくるくらいには、経験を積んだ、良き技術者だ。

 でも、僕は少し気になることがある。

 本当に、娘の腕が無くなっても良いのだろうか。いや、良いことは無い。でも、そんな簡単に受け入れられるだろうか。

 確かに、彼女にマークがあらわれてからは十数年経っている。そうだとはいえ、心の準備ができるだろうか。僕には無理だ。

 僕は、もう少し、トークライとトーナと話す必要がある。


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お読み下さりありがとうございます!

次回は8月3日20時に投稿予定です。

【小ネタ】

この世界の仕組みは、上手くいった神聖ローマ帝国みたいな感じです。

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