第5話 闇なる輝き
「アタシは技術者ッス。だから、左腕が無くなる問題もあたし自身で解決したい。その方法がこれ、義手ッス」
そう言って、トーナは僕たちに自分で作った義手を見せてくれた。
メカっぽいところはあるが、素人の僕から見ても無駄がなく、限界まで軽量化されているように思えた。
シャロンとテルミドールも、声には出さないが驚いているようだ。2人とも、目を輝かせて義手を見ている。
「すごいね」
「お褒めに預かり光栄ッス!けど、こんなの、この世界に出回っている義手をいじったら、誰でもこれくらいのものは作れるッス」
日常生活に支障がない程度では駄目なのだろう。ものづくりが今と同じようにできるレベルのものでないと、彼女は満足できない。そのレベルに達するまで待ってくれ、そういう意味の“嫌”だったのだ。
「ねぇ、シャロン。トーナさんの義手が完成するまで待つのは駄目かな?」
「駄目だとは言えません。ですが、どれだけ時間がかかるか……」
言いたいことはわかる。他にも破壊しなくてはいけない人がいるのに、ここでずっと立ち止まれはしない。モタモタしてたら世界が崩壊してしまうのだ。
でも、僕だって破壊はしたくないから、できるだけ問題を先延ばしにしてしまいたい。
「椿様もそう言っておられるのですから、待てば良いのではないでしょうか?それに、シャロは非常に頭が良く、椿様は椿様の世界の技術を伝えれる。私はそんな椿様を褒め称えられる。どうです?WinWinでは?」
役に立たない役回りがあった気がするけど、僕はテルミドールに賛成だ。
「だったら、ありがたいッス。後、ちょっとなんス。そしたら、もう、腕はあげますから……」
彼女と会ってから、笑顔を崩していない彼女を見ていない。この笑顔はどういう笑顔なのだろう?今更ながら、気になってしまった。
――次の日
義手について話し合った後、息抜きをしようと言われ、僕とトーナの2人だけで橋に来た。小さな川にかかっている木製の橋だ。川には小魚が泳いでいるのが見える。自然に囲まれているこの地域は、僕の故郷に似ている気がする。
「トーナさんは、どこで日本語を勉強したの?」
「学校ッスよ。大体の人は学校で習うんス」
「じゃあ、この世界の人はみんな少しは日本語がはなせるの?」
「ちょっと、じゃなくて完璧に近いッスね。ウケがいいんでしょ。筆記はこっちの言語使ってる奴が多いッスけど」
トーナは、力なさげに橋に寄りかかっている。
「学校、もう卒業したの?」
「したッスよ。自分で勝手にね」
思わず、えっ、と声が出てしまった。こういう話に首を突っ込んでいいものか迷っていると、面白そうにニヤニヤした彼女から話してくれた。
「途中で気づいたんスよ。あ、アタシこんなことしてる場合じゃないなーって。そっから毎日理想の義手作りに没頭してたって感じっス」
彼女は、生まれた瞬間から左腕の大部分が無くなる運命に縛られて生きてきたはずだ。でも、彼女からはそんな風に思わせる雰囲気などひとつもない。
彼女は僕よりも“自由”なのだ。
そう、思ってしまった。でも、僕には何が“自由”なのか、わからない。それを彼女から学べたら、この先の旅も幾分かマシになる気がすると思った。
「トーナさんはどうして笑っていられるの?」
トーナは、僕をチラッと見て、へへっ、と笑って言った。
「じゃ、君はどうしてそんな不安気な顔をしてるんスか?」
僕は、ドキッとしてしまった。確かに、僕の顔はこの世界に来てからずっと、自信なさげだったかもしれない。
そういえば、この世界に来る前の僕はどんな表情をしていただろう。
笑っていた……よね?
「困るでしょ。そんなこと聞かれても」
僕の気持ちを知ってか知らずか、揶揄うように彼女は笑う。
「結局、この
僕は、彼女が時々見せる遠い目に、なぜか安心してしまう。多分、自分も彼女と同じ目をしていると、心のどこかで自覚しているからだ。
笑っているが、笑えていないことが明白な表情。僕は、彼女のことを美しいと思う。
「こんなことに迷いがあるのも、若さ特有なのかも知れないッスね。アタシは、ギリ大人じゃないんでよくわかんないッス」
どんな会話も、最後は表情筋が緩んでしまうものに繋げる才能。それは、コミュニケーションの極地だと思う。
こんな、つぎはぎだらけの会話だが、それでも、誰かと対等に話せるのが嬉しくて、心地良い。
「んじゃ、そろそろ戻るッスよ。君のお供に嫉妬されちゃ困るんでね」
彼女は上機嫌に鼻歌を歌いながら歩く。
この世界は本当にのどかだ。僕の世界よりも技術は劣っているようだが、そんなことは気にならない。
シャロンが言うには、技術が進歩するにつれて“不思議の力”も失われているらしい。その力が何かわからない。だが、そんな楽しそうな力があるなら、技術というものは、それほど進歩する必要はない気がした。
でも、それをトーナの隣で思うのは余りにも不謹慎だ。なぜなら彼女は、技術で自分を救おうとしているのだ。
あの橋からガレージまで、大した距離は無いので、そんなことを考えているとすぐにガレージに着いた。
入口にはテルミドールが立っており、僕を見ると、駆け寄って来てくれた。
「椿様、おかえりなさいませ。気分転換にはなりましたか?危ないことはなかったですか?」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」
テルミドールもテルミドールで、トーナと同じように、心の内がわからない。
彼の左目には未だに包帯が巻かれている。そんな彼を、僕はまだちゃんと見ることができない。
いつか、そんなみんなのことを、ちゃんと見ないといけない日は来るだろう。だけど、今は何も考えたくない。目の前のことだけを集中して考えて、辛いことには目を背けていたい。
――そんなことが、許されるはずもないのに。
それから、僕らは協力して義手をつくった。基ができているとは言え、新しいアイデアを出すのは難しい。そうしているうちに、1週間が過ぎた。
「そう簡単にできるとは思っていませんでしたが、やはり難しいですね……。正直、解決の糸口も見つかっていないように思えるのですが。シャロ、期限を設けてみてはいかがですか?」
テルミドールとシャロンは、ダイニングテーブルに向かい合うようにして話している。僕は、少し離れたところにある、ソファに腰かけて、謎の甘い飲み物を飲んでいるところだ。この飲み物は、トーナが、ミークワーズだと言って渡してくれたもので、味としてはレモンティーに近い気がする。
トーナは、日付が変わろうとしている今もまだ作業をしている。
「えぇ。今回は、残り時間の短いマーク保持者が多いので、早めに破壊を終わらせたいのですが……」
そこで、シャロンは僕の方を向き、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「椿様、1度目の破壊から時間がそう経っていませんが、心の方は大丈夫でしょうか」
大丈夫とは言えないが、ここでそう言わなかったら、2人に余計な悩みを加えてしまう。
「大丈夫だよ」
「椿様、もし辛くなったら、あの時のように私に思いを伝えてくださっても良いのですよ。椿様がいないと、この世界は成り立ちませんので」
僕は、こくりと頷いた。人の優しさをここまで実感し、胸にジーンとしたものが染み込むような体験は初めてかもしれない。
「では、後1ヶ月というのはどうでしょうか」「短すぎない?」
トーナは、僕が想像できないような凄いものをつくろうとしている。それなのに、1ヶ月では時間が足りなすぎるのではないだろうか。
「実は、1名厄介なマーク保持者がいらっしゃるのです。その方の破壊にどれだけ時間がかかるか……」
「厄介?」
みんな一度は破壊を拒むだろうから、そういう面でいえば、全員厄介ではある。だけど、それ以上に厄介とはどういうことだろう。
「はい、ケルブ様にマークがあらわれているのです」
「私も流石に知ってますよ。大騒ぎでしたからね」
“ケルブ”という言葉には聞き覚えがある。一体どこで聞いたのだろう。
「どんな人なの?」
「ケルブ教の教祖なんです。テルミドール様と同じように
「私と違うのは、ケルブ君自体にも信者がいることですね」
テルミドールと同じような人……。考えたくもないな、と思った。
でも、今の僕には、ケルブという人のことを考えることしか、気を紛らわす手段がない。
何か考えてないと、おかしくなってくる。
今日の夜は、捕食者だ。
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次回は、7月27日 20時に投稿予定です!
【小ネタ】
年齢は若い順に
椿<トーナ<テルミドール
となっています。シャロンはどこに入ると思いますか?
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