第4話 拒絶の先
「椿様〜!こっちに美味しそうな店がありますよ!サムンのトーリッヒ和え……、トーリッヒをこんなに安く食べられるなんて!」
「トーリッヒって何?」
「先代救世主様は、リンゴとキノコを混ぜた味だと仰っておりました」
意味がわからなさ過ぎる。けど、正直興味が湧いているのが恐ろしいところだ。
そして、表情が次々に変わっていくテルミドールを見ていると、旅に誘って良かったと心から思えた。
――1日前
「椿様、あなたの立場故、苦難も多いことと思います。ですが、どうかお元気で。行ってらっしゃいませ……」
テルミドールは、今にも涙腺が決壊しそうな顔で語る。そんな彼を見て、僕はあることを考えた。
「……ねぇ、テルミドールも一緒に行かない?」
「一緒に、ですか?……あぁ、何たる幸せ!ですが、本当によろしいのですか?私のようなものがついて行っても……」
「うん。君がいいんだ。えっと、勝手に決めちゃってるけど、大丈夫?シャロン」
「
「ありがとう」
なんか、ちょっと毒を吐いてた気がするけど……。
――現在
トーリッヒ、本当にリンゴとキノコを混ぜた味だった……。
「おいしかったですね、椿様」
「うん、なぜだかおいしかったよ」
テルミドールは、ほっとした顔で微笑んでいる。自分の進めたものが、僕の口に合って喜んでいるのだろう。
「ところで、シャロ。どこに向かって歩いてるんです?」
「歴代救世主の像が立つ地、クラージェ岬です」
「あぁ、そっか。いつもこの街を出る前に、救世主に見せてるって言ってましたね」
歴代救世主の像……。僕が使命を果たしきったら、僕の像もそこに立つのだろうか。
それは、楽しみだ。
――数十分後
「椿様、到着です。ここが、クラージェ岬です」
まず、目に飛び込んで来たのは色とりどりの花だ。チューリップに似た鮮やかな花、見たことのない紫の針のような花弁……。甘い香りは、蜂蜜と柑橘を混ぜたようで、風に乗って僕の鼻腔をくすぐった。思わずため息をついてしまったぐらいだ。
次に、海が見えた。視界の奥は海で埋め尽くされている。この世界の言葉で、海をなんと言うかはわからない。だが、海の広大さは僕の世界と変わらないことに感銘を受けた。
そして、岬の両側には像が立っている。これが、歴代救世主の像なのだろう。
「こちらが、1代目の像です。どうぞ、順番にゆっくりご覧ください」
シャロンは、右側の岬の先に一番近いところへ案内をしてくれた。
像の台座にはこの世界の言語での説明の上に、日本語で説明がされている。1番上から、救世主の名前、テーマ、功績という順で書かれている。
『希望と野望の1代目』
『寛容と信仰の2代目』
『愛情と秩序の3代目』
『忍耐と聡明の4代目』
『苦難と革新の5代目』
『孤独と奮闘の6代目』
『気品と謙虚の7代目』
『平和と無常の8代目』
『情熱と羨望の9代目』
『感性と牽引の10代目』
『熟慮と新風の11代目』
『混乱と駄作の12代目』
気になることは、いろいろ書かれているが、最後の救世主が特に気になった。
混乱と駄作……?
それに、彼だけ名前も功績も書かれていない。ただ見せしめるだけに像が立てられているかのようだ。
「この、12代目の人のこれってどういうこと?」
僕がそう尋ねると、少し戸惑いながらもシャロンが答えてくれた。
「それは、12代目救世主様が“無”をつくってしまった方だからです。この像は、この街の住人の有志によって立てられているのです。ですので、住人の考えが色濃く反映されたものとなっています。その結果がこれ……、という訳ですね」
彼女は、少し悲しそうな顔で像を眺めている。まるで、過去の思い出をなぞっているかのようだ。
「椿様、どうか勘違いなさらないであげてください。彼は悪い人じゃなかったのです。むしろ、歴代の中で最も慈悲深い人だったとも言えるのですから……」
2人とも、12代目と何か縁でもあるのだろうか。僕は12代目がどんな人か知らない。でも、2人の様子を見る限り、彼が悪人でないことはよくわかる。
だが、彼が“無”をつくってしまった人……。
1度破壊を経験した僕なら理解できる。きっと、彼も僕と同じで苦しかったのだ。
今は、店に入れば店員が、救世主様だと言って崇めてもらえている。だが、僕も“無”をつくってしまう可能性は十分にある。そうなればみんなの態度はどうなるのか。
――答えは簡単だ。
期待に沿わなかったら敵意を向けられる。そんな身勝手な人間たちを、少しだけ憎んでしまうのは罪なのか。僕は救世主の器ではないのだろうか。
「実は、“無”をつくってしまったマーク保持者も生きておられるのです。ですので、彼らの良くない噂を聞いたとしても、悪人であると思わないで欲しいのです」
「もちろん。悪人だなんて思わないよ」
2人は、僕の答えを聞いて安堵の表情を浮かべた。多分、この話を聞いていなかったとしても、僕は“無”をつくる原因となった彼らを悪人とは思わなかっただろう。
「それでは、そろそろ次の目的地に向かいますか?」
テルミドールが、空気を切り替えるように言葉を発した。
「そうですね。次は、この街の郊外にある、小さな工場で働いていらっしゃるマーク保持者、トーナ様の所へ向かいましょう」
あぁ、また、あの苦しみを味わわなくてはいけないのだろうか……。
――数時間後
「すみませーん、トーナさんはいらっしゃいますか?」
テルミドールが、ガレージの奥に声をかけても返事は無い。
シャロンは、小さな工場と言っていたが、想像していたよりもずっと小さなものだった。むしろ、“機械いじりが好きな子がいる家”という感じだ。それでも、道具はここから見ただけでも十分なほど揃っているように思える。それらの道具は整理されており、所有者の性格も見て取れる。
「誰も居ないようですけど、どうします?」
そうテルミドールが問いかけた時、ガレージの奥から慌ただしい音が聞こえた。
ガシャ、ガチャガチャ、ゴン!
「はいはーい!アタシがいらっしゃいま〜す!」
そう言いながら僕たちの前に姿を表したのは、女の子だった。僕と同い年か、少し上の年齢に見える。
少しだけ青みがかった緑の髪に、髪よりも青が強めな目。髪は、三つ編みを2つ作って、肩に垂れさせている。これをおさげ髪というのだろう。左頬の絆創膏と八重歯が、元気な印象を与えている。
服装は、オーバーオールの作業着に、手には作業用手袋をつけている。また、汗で張り付いた髪、汚れがこびりついた衣服から、彼女が働き者であることが伺える。
「こんにちは!この工場で働いているトーナッス。えーと、なんの御用でしょうか?」
彼女はずっとニコニコしている。テルミドールの時と同じで、彼女がマーク保持者だとは思えない。
「初めまして、トーナ様。私はシャロン・ナイトです。そして、こちらがテルミドール様と救世主の椿 恵斗様です」
「あっ、もうそんな時期ッスか」
トーナは、笑顔を崩さないまま少し下を向き、考え込んでいるようだ。
「トーナ様は、左腕にマークがあると伺っております。確認のため、見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい!もちろんッス」
そう元気に答えて、彼女は手袋を取り、左袖を捲りあげた。
思わず、あっ、と声が出そうになった。
彼女の手の甲から肘まで、まとわりつくようにマークがあったのだ。
紐が重なり合っているようで、その重なりにより、ハート、ダイヤ、丸、四角、三角など、様々な模様が作られている。そして、その中心あたりには、“5”とかかれている。テルミドールより数字は大きいが、それでも、たったの5年だ。短いことに変わりは無い。
僕は、こんなにも大きなマークがあることに驚いた。
当の彼女は、洒落たデザインで面白いッスよね〜、と語っている。
「ありがとうございます。それでは、確認できましたので、破壊をしてもよろしいでしょうか?」
「嫌ッス」
トーナがあまりにも自然に、素っ気なく答えたため、一瞬言葉が理解できなかった。
「すぐに破壊という訳ではなく、決心ができた時にで――」
「嫌ッス」
今度は、抑揚のある声で明るく答えた。
当たり前だが、みんながみんなテルミドールのように破壊を望んでいる訳では無いのだ。僕には彼女の詳しい事情はわからない。だが、おそらく彼女は技術者だ。技術者にとって、手は大事な存在だろうということは想像できる。
僕は、僕の使命のために彼女の未来を壊す。それが正しいものだとしても、僕にできるだろうか?
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第4話を読んでくださり、ありがとうございました。
来週も、日曜日の20時に投稿予定です。
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