第3話 僕とテルミドールとシャロンと
じっとしていると気が狂うような気がしたので、テルミドールの言葉に甘えて、部屋を見てまわることにした。
王座の右側にはバーカウンターのようなものがある。お酒と思わしきものもあるが、全て空っぽで、蜘蛛の巣やホコリのたまり具合から見るに、なかなか古いものらしいことがわかる。
この部屋は何のためにあるのだろうか。扉がいくつかあることから、寝室などは別の部屋にあることが予測できる。彼のことだから、椿様を迎えるために準備したんですよ。とでも言いそうだ。
次に、王座に近づいてみた。彼は椅子だと言っていたが、椅子にしては豪華すぎる。座っても良い、と言われていても、いざ座ろうと思うとドキドキしてしまう。
そっと王座に腰掛けてみると、思いの外ふかふかしていることに驚いた。間近で見ると、ボロいながらも手入れされていることがよくわかる。
目を開け続けることが出来ない。目の前が暗くなっていく――
――……い、……きろ。……目ぇ覚ませ、恵斗。
聞きなれた声だ。違うところは、いつもの賑やかな声ではなく、こそこそとした声だということ。
前を見ると、先生はいつもと変わらず授業をしている。どうやら居眠りはバレていないようだ。
ポカポカとした太陽の温もり、先生の穏やかな声、シャーペンのカツカツという音、ページをめくる音、僕のかすかな息遣い。
全ていつも通り、日常そのもの。
だけど……、
あぁ、なんだか、眠くなっちゃうなぁ――
「……様、……てください」
「……あぁ、どうか目をお覚ましください。椿様」
まだ眠い目をゆっくりと開ける。聞きなれない声だ。目の前には見知らぬ人、見知らぬ景色が広がっている。
「やはり、疲れていらっしゃるのですよ。自然と目が覚めるまで、寝かせておいても良かったのでは?」
「こんな所で寝ては腰を痛めますよ」
そうだった、この世界を救うんだった。
「ごめん、寝ちゃってた」
2人は、穏やかな笑顔で僕のことを見つめてくれている。大丈夫ですよ、そんなふうにやさしく声をかけてくれそうな目線だ。
でも、僕はこの世界に来て、まだそんな表情を作れていない。作れる気もしない。
「破壊、これからだよね?ありがとう。その、いろいろと」
テルミドールの左目には包帯が巻かれている。さっきまで眼球を摘出する作業が行われていたはずなのに、彼はもうこんなにも穏やかに笑えている。
……少し、羨ましい。
でも、それは傲慢だ。
「体調が優れないようでしたら、もう少しお休みになってからでも構いませんよ」
「大丈夫。善は急げって言うしね」
「あぁ、何たる心意気!私は今まで、こんなにも美しい心を持った人間を見たことがありません。感動で爆散しそうです……」
僕は彼の言葉に何も反応しなかったが、彼はなんとも思っていないようだ。いや、気づいていないのかもしれない。彼は、僕を見ているのだろうか。
「では、先程摘出作業をしていた部屋にて破壊をしていただきます。テルミドール様は部屋に入れませんが、
彼女は、僕の反応に気づいていたようだ。今はただ、この優しさに縋っていようと思った。
「君はそばに居てくれてもいいよ。その方が安心する……かも?」
シャロン・ナイトはこくりと笑顔で頷き、こちらです、と案内をしてくれた。
「あぁ、椿様。またお別れなのですね、悲しいですぅ…!」
だんだんテルミドールの声が遠のいて行き、扉の閉まる音と同時に、何も聞こえなくなった。
「好きな道具を使っていただいて構いません。それらは全てテルミドール様の私物ですので」
僕のすぐ目の前にある、布のかけられた机には眼球が置いてある。マークの付いている、彼の目だ。
そして、後ろを振り返ると色んな種類の武器が並べられている。ナイフ、こん棒、拳銃、槍、弓……、それ以外にも見た事のない武器がある。
今回は、この目を潰せばいいのだろう。僕は、こん棒を手に取った。
これで思いっきり叩き潰せば、負担は小さいだろう。
木製で、それほど大きくないのに、やけに重たく感じた。
改めて、眼球と向き合う。瞳は僕を見つめている。思わず目を逸らしてしまい、目線が部屋のあちこちを彷徨った。そうしていると、扉の右側に佇んでいるシャロン・ナイトを見つけた。
彼女の顔からは、感情も読み取れない。
本当にやらなくてはいけないのか、そう問いたい気持ちはずっと心にある。だが、彼女の真っ直ぐな瞳が、僕しかできないというプレッシャーが、その言葉を発することを拒んでいる。
目を合わせても、これまでと違って彼女は何も言わない、言えないのだろう。彼女も僕と同じだ。言葉は難しい。だからこそ、言葉にできない分の思いは、態度で示さなければいけない。
覚悟はこれから決めればいい、今は、その場しのぎの勇気で何とかしなくてはいけない。
口の中を強く噛む。こん棒を振り上げる。息を止める。振り下ろす。目を閉じる――
グチャッ
心臓の鼓動が酷くうるさい。目を開けられない。こん棒から手が離せない。口の中を強く噛みすぎたせいで、血の味が広がる。ぜーはーと、かろうじて呼吸をしているが、酸素が体内を循環している気がしない。
シャロン・ナイトは、そんな僕からこん棒を手放させ、手を軽く腰にまいて、外へと案内をしてくれた。彼女は、まだ何も言わない。
「あぁ、椿様、お帰りになられたのですね……!」
テルミドールが何かを言っている。さっきまでと違い、全く言葉が耳に入ってこない。
「本当は私も、椿様が破壊する御姿を拝見したかったのです。さぞ勇敢に破壊されたのでしょう……!」
「なに…?」
「ふふっ、あぁ、早く潰された眼球を見てみたいですねぇ」
「勇敢?そんな立派な態度で出来るわけないだろう?僕のこの姿を見てみなよ。救世主だなんて到底思えないこの姿を」
何も考えれない。これは自分の言葉か?
でも、酷く胸が熱い。視界がぼやけている。喉の奥の方も締め付けられるように痛い。
「君は、僕に目を破壊させることを望んでいたようだけど、僕は違う。破壊なんて望んでいないんだ……!」
拳を強く握りしめる。痛みは気にならない。
「僕のことなんか見ていないくせに。見ているのは、キラキラ輝いた想像の中の救世主だろ?僕は君の作り出した妄想じゃないんだ。勝手に妄想広げて僕を神のように崇めるのはやめてくれ……!」
珍しく、テルミドールが黙っている。顔は、見れない。シャロン・ナイトの顔も。
言いたくなかったのに、我慢していたのに、どんどん言葉が溢れてきてしまう。
「うざいんだ……」
最後の声は裏返り、かすれてしまった。目から生暖かい感触が頬へと伝わり、ポツリと落ちる。僕は今、きっと、酷い声、酷い顔をしている。
みっともない。
「……すみません。私の言動で、尊敬する人を傷つけてしまうとは……。私、みっともないですね。あなたを見ていなかったのは事実かもしれません。ですが、私が尊敬しているのは、妄想の救世主ではなく、あなたなのです。私は今日、あなたと出会い、あなたの輝きに感銘を受けたのです。他でもない、あなたの輝きです。それは、紛れもない事実。私を許せなくとも、それだけはどうか、わかって欲しい……」
ゆっくりと前を向く。彼の目は真剣だ。今度はちゃんと、僕のことを見てくれていることがわかる。
心が落ち着いてきて、暴言を吐いてしまったことに対する後悔と、彼を許そうと思える余裕が出てきた。
いつの間にか、シャロン・ナイトは僕から手を離していた。僕が無意識に手を離させたのかもしれない。
「ほんの少しだけ、君の気持ち、わかったよ。酷いことを言ったね、ごめん。えっと、シャロン・ナイトさんも、こんな僕に付き合わせてごめん」
ぎこちない言葉だが、心は込めて喋っているつもりだ。ふと、テルミドールもこんな気持ちだったのかもしれない、と思った。
「大丈夫ですよ。それと私のことは、シャロン、と呼び捨てにしてくださって構いません」
「私も呼び捨てが良いです!あ、また出しゃばりすぎましたね。すみません」
「あははっ、大丈夫だよ。それに、ありがとう。テルミドール、シャロン。」
自然な笑みがこぼれた。何も気負う必要はなかった。不安は吐き出せば良かったのだ。優しさに甘えるようだけど、それは悪いことじゃなかった。まだまだ不安だらけだけど、少しだけ、この世界でも生きていけるような気がした。
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第3話を読んでくださりありがとうございます。
以降は毎週日曜日20時に投稿する予定です。
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