この世界には先客が居る!
ランプ関数
第1話 六本木ヒルズと魔族ちゃん
六本木ヒルズダンジョン、世界で五番目に発生したダンジョンであり、世界に数多くある未踏破巨大ダンジョンの一つである。
縦向きに歪に拡張された形のフロアで構成され、潜るにつれて六本木ヒルズのフロアとしての構造は崩壊し、徐々に洞窟のような構造へと変貌していくのが特徴だ。当然、出現モンスターの危険度もそれに比例して増大する。
しかし、自分たちが今いるのはB12。決して深層ではないし、レンジャーの管理も行き届いている、初心者向けのフロア……の、はずなのだ。
「何なんだっ、何なんだお前はっ!」
カーボン-ミスリル製の長刀を斜めに構え、目の前の少女をキツく睨む。が、少女は全く意に介さず、実に気だるげに口を開いた。
「そりゃこっちのセリフよ。あーあ、気楽に嬲れそうなパーティだと思ったのに、何でミスリル刀なんか持ってるのよ」
少女が放った魔術を、辛くも切り伏せる。そう、ミスリル刀。これこそが俺がここまで生き残れた理由だ。逆に言えば、それを持たなかった仲間は、皆死んだ。
少女が倒れた仲間にレイピアを突き立てると、どくり、どくりと刀身が脈打ち、少女の顔が恍惚に染まる。
止めることは出来なかった。自分の身を守るので精一杯で、とても仲間の尊厳など気にする余裕などない。
「んー、っぱこれよねー! 絶望の味、ヒュームの魂といえばこうでなくちゃ」
少女を示すステータスウィンドウに目をやると、脈打つたびにMPとHPが回復している。
アンデットロード、生者の生き血を、魂を啜る化け物。平たく言えばバンパイアだ。
まごうことなき上位モンスターである。
「てめえ……がっ!」
怨嗟を口から漏らすと、突然何かに吹き飛ばされた。何か、少女の尾だ。先ほどまで紐のようだった尾を竜のそれに変え、俺を薙ぎ払ったのだ。
「口に気をつけなさい、劣等種。全く、こっちのは生意気で困るわ。うちの屋敷のヒュームを見習ったらどう?」
そう言ってくすくすと笑い、巨大な尾をうねらせながら少女はこちらに歩み寄る。
その目に映るのは、嗜虐。
『クソっ、救援はまだか?』
端末を操作するも、無慈悲に映るのは圏外の二文字。
「だーめ」
ぱしり、軽く撫でるように少女の尾が俺の手を叩く。それだけで手首は有らぬ方向に折れ曲がり、端末は粉々になって破片を撒き散らしながらどこかへと飛んでいった。
「クソっ、クソっ、クソっ、寄るんじゃねえっ、それ以上近づくなっ!」
俺はなりふり構わず刀を振り回す。しかし、バケモノの蛮行を止めるには、その武器はあまりに頼りない。
少女はたちまちに男の元まで辿り着き、実に容易く、その腕をへし折った。
「があっ、あっ……」
「いいよ……その表情、その感情! こんな状況になっても、まだ私には向かう気なんだ! ヒューム風情が! ふふっ……ははははは」
「てっ、めえ……」
「でも、これで終わり」
少女がレイピアを大上段に構える。片手で、落とすように振り落とす。
ああ、これで終わりか。こんな化け物に殺されて、終わるのか。
ちくしょう、何か、何か何か何か──
「あははははは、無駄だって言って……え」
ガキン、何かがレイピアを弾いた。
いや、違う。
レイピアごと、少女の手を吹き飛ばしたのだ。
カランと何かが落ちる。それは実に簡素な武器だった、いや、武器ですらない。
骨だ、人間の腕を構成する上腕骨が、尋常ならざる速度で飛来し、少女の肉を抉り取ったのだ。
「何が……」
思わず振り返った少女の腹に、腕が突き刺さる。巨大な毛むくじゃらの、狼の前腕だ。
少女は風切り音を立てながらダンジョン内のショーケースを10個は吹っ飛ばして、壁を3枚突き破り、そして凄まじい轟音と共に百メートルは向こうに着弾した。
ソレを成した化け物は、一体全体何なのか。
少女は知らないが、男はよく知っていた。
「ちーっす、救援要請ってここであってますかね?」
場に似つかわしくない間延びした声が響く。現れた男の姿もまた緊張感のかけらもないもので、先ほどまで家で寝っ転がっていたとしか思えないTシャツ姿でけだるげに立っていた
しかし、それでいいのだ。
なぜなら、彼が、ダンジョンキーパーが到着したということは、この場所は日常に回帰したということなのだから。
いかなる異界の存在も、それが異界の存在であるために、彼らには敵わないのだから。
「よっと、一応ー、エリクサー撒いときますけど、起き上がれそうになかったら応援呼びますんで」
「いえ、結構です……ありがとうございます」
「や、当然っすよ。これで飯食ってるんで」
気づけばすでに傷はふさがり、ほかの仲間もすでに立ち上がっていた。このまま容易に地上まで帰還できるだろう。
と、その時。
「よくもやってくれたわね……”
青白い炎が空間を焼き、音を置き去りに男へ突き刺さる。
少女は怒りを表情ににじませながら、ふらりふらりと、しかし確実にこちらに近づいてきていた。
「あー、……”簡易術器:ARIADNE”。ちょっと、上まで退避してください」
彼がそうつぶやき、一枚のプラカードを取り出す。それが魔術作用による白い炎で燃え尽きるのと同時に、私と仲間の体も白く発光しだした。
「大丈夫なのか」
俺は思わず問い返す。彼はにっと笑って「当然」と言った。
──────────────
「で、だ」
転送が成功したのを見届けたのち、俺はメスガキゴスロリっ子に向き直る。
彼女はこちらをキッと睨みつけてきたが、まあ、じきそんな態度も取れなくなるだろう。
「ようクソガキ、屋敷の連中はよそ様に迷惑かけたらいけませんよって教えてくれなかったのか?」
「はっ、あなたたちに”様”? 連中が恐怖を引っ込めちゃったもんだから何が来たかと思えば、ただの低級アンデットじゃない」
「ま、そいつに間抜けにぶっ飛ばされたのがあんたなんだがな」
彼女が無言で火炎を飛ばしてきた。おおこわ、アンデットのくせに火炎属性かよこいつ。自滅かな?
ま、俺には効かないが。
無数の蝙蝠が火炎を包み込みかき消すさまを見て、少女は苛立たしそうに眉をひそめた。
「小手先の技術だけは上等なようね」
「そりゃどうも、実際これネタにマジシャンになれないか考えてたんだ。どう思う?」
まあ、ただ吸血鬼だという程度で勤まる職業じゃない気もするけど(自己解決)
「はあ……あなたと話してると頭が悪くなるわ。
30秒上げるわ、そこから立ち去りなさい」
「え、どうして?」
俺はおどけたようにそう言った。
「どうして、俺が逃げるの? お前から?」
「……私に一発入れられたものだから、勘違いしているのかしら?
いい? 私はアンデット、死なないからアンデットなの。あの程度、皮膚を少々ひっかいたようなものなのよ」
不快感といら立ちが混ざった表情で少女はそう続けた。
「消されたくなければ、消えろ」
「おー、こわ。でも俺もアンデット、だからイーブンってことで」
そう俺が言うと、彼女は吹き出しながら馬鹿にするようにこんなことを言い出した。
「私が、あなたと? ふふっ、はははははは! レッサーアンデットには格の違いというものが分からないのかしら!」
「うーん、あんまり。ちな、俺のステータスってどんな感じ?」
そういうと、彼女は見せびらかすように青色のウィンドウを開いて高く掲げた。
そこに書かれているのは、彼女と、俺のステータスだ。
ダンジョンというシステムが与える、個々の魂を表す標識。それによれば、どうやら、俺はLv12のレッサーアンデットらしい。
「これで、自分の立場が分かった?」
「うーん、どう思われてるのかは」
俺はしばし逡巡したのち、いろいろ考えるのがめんどくさくなって、こう言った。
「あー、もう説明すんの面倒だから、なんか大きめの撃ってよ」
「は?」
少女は本当に唖然とした様子でそう漏らして、それから困惑と侮蔑の混じった眼でこちらを見てきた。
「呆れた……自分の身の程すらわからないのね」
「いや、御託はいいからさっさと。ほら、多分もう30秒過ぎてるぞ? ごー、よん、さん、にー」
「こっ、の……いいわ、後悔しなさい」
そういって彼女はマグヌスだのブレスだの長々と詠唱を始めた。うーん、待つのだる。
もう
数十秒の詠唱の末、彼女は手を前に突き出した。
「”
それは、多分、本来はその名にたがわず射線上のすべてを薙ぎ払う最強の一撃だったのだろう。
大気を燃やしダンジョン構造物をどろどろに溶かしながら飛来するその奔流は
しかし、あっけなくはじけ飛ばされた。
「へ?」
役割を果たした蝙蝠が俺の体に収まっていき、そうして、何事もなかったように俺はここに立っている。
「え、終わり?」
少々意地が悪いとは自分でも思うが、そう聞き返す。
そうして、彼女が困惑してたじろいでいる間に距離を詰め、一発。
「がっ、はっ!」
今度は吹き飛ばない、体をつかんだ状態で殴ったからな。
さらに二発、三発。
げぼっ、と、彼女が血の塊を吐き出す。腹には大穴が開いており、そこから内容物が漏れ出している。
さすがに見た目がやばすぎるので、いったん離してやる。と、彼女はべちゃりと倒れこんだまま動かなくなった。視線だけがこちらを睨みつけている、が、その眼には恐怖が浮かんでいた。
「何なのよ、かはっ、何なのよあなた! ただのレッサーアンデットじゃないの!?」
ふらふらと立ち上がってきた彼女がそう叫んだ。
「なわけねーだろ、馬鹿か」
思わずそう吐き捨てる。
「なっ……」
「いや、馬鹿だろお前。普通もう少し警戒するだろ」
唖然と、呆然とする彼女に、さらに言葉を投げかける。
「えー、で、俺が何かって? そこに載ってんだろ」
そういって俺が指さしたのは、ステータスウィンドウ、いや、正確にはステータスウィンドウだったものだ。
慌ててそれに目をやった彼女の表情がだんだんと青くなるのを見て、俺は内心ほくそ笑んだ。
「何よこれ……、こんなのステータスウィンドウじゃないじゃないっ」
「いーや、それが俺の、
混乱したようにウィンドウを開いては閉じる少女。まあ、無理もないだろう。
何せ、その表示は今やこうなっていたのだから。
【名前:
性別:<+;,;,
HP*>+.[@./Mp-a090op:
]DEX@;@[@[
:/@[:;:\
\_];[@;@[;@;@]\/./,.,.../\]/:[@[ST@p-9099!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!????\\:[[@@@|\\\|||||||
夜闇に紛れ、神に仇成し、人の生き血を啜る理外の獣。
原始の時代より息づく人の欲望と願望の表れの、最も新しい姿である。
──
────
────────
「何よ、何よこれっ!」
「悪いけど、解説は後回しだ」
そういうと、俺はふらつく足で後ずさりする彼女の襟首をつかみ、絶対に逃げられないよう蝙蝠で空中につるし上げる。
「さ、どうたものか」
実を言うと、こっから俺がすべきことは一つしかない。が、思ったよりもこいつが美少女だから、このままそれを選ぶのはかわいそうだし何より勿体無い気がしてしまっているのだ。
「ど、どうとでもしたらっ!」
「へー、そうか」
お墨付きを得たので、俺は彼女の首元に手を添えた。そのまま服を少しずらし、首元をあらわにする。
「……乱暴するつもり?」
「ちげえよ、ま、あんたにとっちゃその方がよかったかもな」
何を、と困惑する彼女の首元に口を近づける。
「さーて、これから俺は何をするつもりでしょうか?」
「っ、まさか!」
さっと彼女の顔が青くなる。お、向こうの世界でもそれは同じなのか。
「ああ、そうだよ。────眷属にする」
「やっ、やめてっ、やめなさい!!」
彼女がバタバタと暴れて抵抗するが、その程度でどうともなるはずがない。
「つってもお前、それか封印されるかだぞ?」
「こ、こんな奴に眷属にされるぐらいなら、封印された方がましよっ!」
そっかそっか、と、俺は一本のアンプルを取り出して、彼女の胸元にあてがう。
「これ、R-11事象性麻痺薬つってな、化け物でもなんでも昏睡させられるスグレモノなんだ」
「それが、なによ」
「いや……お前、こっちの封印措置のことあんまわかってないだろ?だから解説してやろうと思ってさ。
まず、お前はこの薬で眠らされる。ぐっすりすやすやしている間にお前は運ばれるわけだが……どこに送られると思う?」
「教会でしょう、どうせ」
「はい、外れ。いやー、その認識じゃ聞いといてよかったね」
きっと今の俺はさぞ邪悪な顔をしていることだろう。
「太陽だよ」
「……たい、よう?」
困惑する彼女に、俺はつづける。
「厳密に言えば太陽周回軌道からざっくり230万kmの地点に収容地点があって、そこにポイっと放り出される。そうやって、宇宙が終わるその瞬間まで、未来永劫灼熱の太陽に焼かれ続けるんだ。当然助けられる奴なんかいない、完全な片道切符さ。……どう?」
「どうっ、って……」
彼女は完全に怯え切った様子で、小さく縮こまっていた。
「そんなの、そんなの」
「いやか?嫌だろうなぁ! でも大丈夫、もう一つ選択肢がある!!」
「や、だ……」
「俺の眷属になるか、あるいは太陽の周りで期間永遠の日焼けプランに加盟するか、二つに一つだ!!!」
「ひっ……」
これは取引ではない、脅迫だ。だから、最大限脅して脅していたぶってみた。
そうしたら、少女は涙目になりながら、本当に泣きながら
最後には震えた声で、「……好きにしなさい、よ」と言った。
この世界には先客が居る! ランプ関数 @Lagrange_union
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