第26話 行くべき場所へ
ロニは救出した父ミロスを伴って、ゴブリンたちの村に戻った。村のゴブリンたちは、ロニが無事に父を連れ帰ったことを喜び、皆でミロスを迎え入れた。ミロスはゴブリンたちに囲まれ、少し戸惑いながらも、ロニが作った村を見て驚いていた。
村に戻って数週間、ロニは父の世話に尽力した。栄養のあるものを食べさせ、ゆっくりと休ませ、薬草で体の手当てを続けた。父の体は徐々に回復し、やつれていた頬にも少しずつ生気が戻ってきた。
ゴドロックは、盗賊の洞窟の檻に幽閉されたままだった。生かさず殺さず、最低限の食料だけを与えられていた。その監視は、ベロたちゴブリンに任された。
父の体力が十分に回復したある日、ロニはこれまでの出来事をすべて父に話した。親戚だと騙ったペイトのこと、ゴブリンたちとの出会い、そしてゴドロックが白状したこと。父はロニの話を静かに聞き、時折目に涙を溜めた。
「…そうだったのか…。私が不甲斐ないばかりに…ロニに、パウに、こんな思いをさせてしまった…本当に、すまない…」
父は涙を流しながらロニに謝った。自分が陥れられ、ロニが苦難を経験したことを知り、自分を責めているのだ。
ロニは父の手を握り、「お父さんのせいじゃない。悪いのはゴドロックだよ」と慰めた。
ミロスは元々モンスターペットショップを営んでいたこともあり、村のゴブリンたちにもすぐに馴染んだ。彼らの純粋さや陽気さに触れ、ミロスの心も少しずつ癒やされていくようだった。ゴブリンたちも、ロニが大切にするミロスを、リーダーであるパウの父として敬意を持って接した。
父の体力が十分に回復した頃、ロニは父に提案した。ケリェトの街に戻り、ゴドロックを衛兵隊に突き出し、全ての罪を白状させよう、と。父もロニの提案に同意した。ミロス自身も、ゴドロックに真実を語らせたいと思っていたからだ。
ケリェトに戻る前日の夜、村では盛大な宴が開かれた。それは、父の回復とケリェトへの旅立ちを祝う宴だった。ゴブリンたちは歌い、踊り、笑い、大いに楽しんだ。ロニも父も、この温かい雰囲気に包まれ、久しぶりに心の底から笑うことができた。
翌朝、ロニはケリェトへの旅立ちのため、必要最低限のゴブリンを選抜した。ゴドロックを連行する必要があるため、力のある者、特にクロウは欠かせない。ベロは村の留守を頼むことにした。
父、ロニ、パウ。そしてゴドロックの護送と、自分たちの警護のため選抜されたゴブリンたち。合わせて十数名の小さな隊列が村を出発した。
数日後、ロニたちはケリェトの街近くの森に辿り着いた。街の喧騒がかすかに聞こえてくる。いよいよ、ゴドロックに罪を償わせる時だ。
街へ向かおうと、ロニが歩き出した、その時だった。
パウがその場から動こうとしない。
ロニが振り返ると、パウは街の方角ではなく、森の奥、村のある方角を見つめていた。その瞳には強い意志が宿っている。
「パウ…? どうしたの? 街に行かないの?」
ロニが優しく声をかけると、パウは首を横に振る。そして小さな手で、森の奥を指し示した。
パウは、ゴブリンたちの村に戻るつもりなのだ。
ロニはパウの意図を理解し、胸が締め付けられた。パウはもうロニのペットではなかった。彼はゴブリンたちのリーダーなのだ。この森で、彼の仲間たちが待っている。彼の居場所は、もう人間の街ではないのだ。
「パウ…でも…」ロニは説得しようとするが、パウの決意は固いようだった。彼はロニの目をじっと見つめ、何かを伝えようとしている。
それは、「私の場所は、ここです」「あなたは、あなたの行くべき場所へ」と語りかけているように思えた。
ロニがどうすれば良いのか分からず立ち尽くしていると、父のミロスがロニの肩にそっと手を置く。
「ロニ…パウの決意は固いようだ。彼は仲間たちの元へ帰りたいんだろう。そしてロニには、ロニのやるべきことがある。」
父はパウのことも、ロニのことも、全て理解しているようだった。父はロニの背中を優しく押し、街の方角へと促す。
ロニはパウの元へ引き返した。パウは別れを惜しむようにロニを見上げている。
「パウ…ありがとう。今までずっと傍にいてくれて。私を守ってくれて。あなたのおかげで、ここまで来られたんだよ」
ロニは涙を堪えきれず、しゃがみ込んでパウを強く抱きしめる。パウもロニの首に小さな腕を回し、応えてくれた。
ケリェトでの穏やかな日々、森での苦しい日々、共に乗り越えてきた困難。パウとの思い出が、ロニの脳裏に駆け巡る。
この小さなゴブリンは、ロニにとって、父と同じくらい大切な家族だった。
抱擁を解き、ロニは立ち上がる。パウの瞳を見つめる。もう言葉はいらない。お互いの気持ちは十分すぎるほど伝わっている。
ロニはパウに背を向け、父と共に街の方角へと歩き出す。後ろからパウの小さな足音が聞こえないことを確認する。振り返りたい衝動に駆られるが、ロニは前を向く。
ロニとパウはこれから別々の道を歩んでいく。
ロニは人間として父と共に人間の世界で、自分たちの物語を完結させるために。
パウはゴブリンとして森で、彼の仲間たちと共に生きていくために。
しかし、彼らの心の繋がりが切れることは決してないだろう。
森の入り口に立ち、ロニはもう一度だけ心の中でパウに語りかける。
「元気でね、パウ。ありがとう。またいつか…」
ロニは涙を拭い、父と共にケリェトの街へと向かう。ゴドロックはゴブリンたちに護送されながら、彼らの後を追ってくる。
長い旅の終わりと、新たな始まり。
ロニの瞳にはパウとの別れの寂しさ、そして父と共に真実を明らかにするための強い決意が宿っていた。
ゴブリンと一緒 しくれ @Yg4v5zRd
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます