第19話 餌

 ケリェトへの旅立ちの日。ロニは、パウ、クロウ、そして信頼できる数匹の力強いゴブリンたちを選び、共に旅立つことにした。

ベロは、万が一に備えて村に残すことにした。総勢は、ロニを含めて十名。これ以上増えると目立ちすぎるからだ。


夜の闇に紛れて、ロニたちは村を出発した。ゴブリンたちは夜目が効くため、暗闇の中の移動も苦にならない。ロニも彼らに導かれるように、注意深く足元を確認しながら進んだ。


昼間は人気のない深い森や大きな岩場、鬱蒼とした林などで身を潜め、休息を取った。焚火も起こさず、持ってきた食料を静かに摂る。

道中は常に危険と隣り合わせだ。街道に出れば人間に見つかる可能性があり、また他のモンスターに襲われる危険もあった。ロニたちは最大限の注意を払いつつ、ひたすらケリェトを目指した。


五日間の旅を経て、ロニたちはついにケリェト近くの森へと辿り着いた。

二度と見ることは叶わないと思っていた故郷の街並みが、木々の間からロニの目に飛び込んできた。懐かしさと、この街で父を失った悲しみが同時に押し寄せた。


ここからが問題だ。どうやってゴドロックを問い詰めるか。彼の店に直接行っても、ロニは「行方不明」の子供だ。パウがいればさらに怪しまれるだろう。

店に入った途端に衛兵を呼ばれ、すべてが終わってしまう可能性が高い。

夜、店に忍び込むことも考えたが、ゴドロックは警戒心が強いはずだ。鍵が掛かっていたり、番犬がいる可能性もある。


こちらから危険を冒して出向くよりも、ゴドロックをこちらにおびき出す方が安全だと、ロニは考えた。


どうやって? ゴドロックが食いつきそうな餌は何か?


父の失墜。そして、父を陥れたという噂。ゴドロックにとって、それは決して触れられたくない秘密のはずだ。


ロニは、ある作戦を思いついた。

まずは、ケリェトの街に入り、必要な物を手に入れる必要があった。それは、手紙を書くための紙とペンだ。


パウはケリェトでペットとして飼われていた期間がある。顔を知っている人間がいるかもしれない。警戒を解くわけにはいかない。ロニ単独で向かうしかなかった。


ロニはゴブリンたちに森で待機しているように指示し、パウに見送られながら、一人でケリェトの街に足を踏み入れた。帽子を深く被り、人目を避けるように路地裏を選んで歩く。


雑貨屋を見つけ、緊張しながらも中に入った。店主に怪しまれないよう、震える声を押し殺しながら便箋とペンを買った。


買い物を終えると、ロニは街の裏路地にある人通りの少ない場所へ来た。ここで、ゴドロックへの手紙を書くことにした。


何と書けば、彼は森まで出てくるだろう? 父の名前を使おうと考えた。父が帰ってきたと匂わせれば、真実を知るために、彼はきっと現れるはずだ。


ロニは、震える手でペンを握り、便箋に文字を綴った。


「はなしがしたい」

「もりでまつ」

そして、最後に。

「ミロス」


父の名前。この名前を見れば、ゴドロックは驚き、そして真偽を確かめたくなるはずだ。


手紙を書き終えると、ロニはゴドロックの店へと向かった。正面の入り口は客が出入りする時間帯だが、裏口なら人目につきにくいだろう。


店裏の、古びた汚れたドアまで辿り着いた。周囲に誰もいないことを確認すると、ロニは書き終えた手紙をドアの隙間に挟み込んだ。


これで、手紙はゴドロックに届くだろう。ロニは、最後に一度だけ、ゴドロックの店を見上げた。あの中に、父を陥れた男がいる。必ず、真実を暴いてやる。


ロニは、振り返らずにその場を離れ、森へと急いだ。パウやゴブリンたちが待つ、自分たちの隠れ家へ。


森で待機していたゴブリンたちと合流すると、ロニは手紙を届けたことを伝えた。彼らは無言で頷いた。


あとは、待つだけだ。ゴドロックが手紙に気づき、森にやってくるのを。そして、ロニが仕掛けた罠にかかるのを。

緊張と期待、そして復讐の炎が、ロニの心の中で燃え上がっていた。

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