第20話 ナイフ
夜になり、ケリェトの街の家々の灯りが一つ、また一つと消えていった頃、森の入り口近くで身を潜めていたロニたちは、街の方から近づいてくる一つの人影に気づいた。
緊張が走る。息を潜め、その人影を注視する。間違いない。あの歩き方、体格。ゴドロックだ。ドアに挟んだロニの手紙に気づき、やってきたのだ。
ゴドロックは森の入り口に立ち止まり、辺りを見回しながら、おずおずと声を上げた。
「…ミロスなのか? いるなら返事をしろ!」
その声を聞いて、ロニは確信した。彼が手紙を読んで森にやってきたということは、父を陥れた件について、何かしら心当たりがあるに違いない。あるいは、手紙の差出人であるロニを口封じに来たのかもしれない。どちらにせよ、彼は真実を知っているのだ。
ロニはパウに目で合図を送った。パウはロニの意図を理解したように頷き、クロウや他のゴブリンたちと共に、木の上や茂みの中に完全に身を潜めた。
そして、ロニは隠れていた茂みから一人、姿を現した。
月明かりの下に現れたロニの姿を見て、ゴドロックは目を見開いた。
「お、お前は…ミロスの…ミロスの娘か!?」
驚きに満ちた表情だったが、それはロニの無事を喜ぶものではなかった。その表情はすぐに、不敵で何かを企むような笑みに変わった。
「なるほどな。生きとったか、お前」
ゴドロックはロニに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
「てっきり、あの人買いどもが処理したと思っていたんだがな。あの集落の住人は、親戚なんかじゃねえ。人身売買を生業にしてるってのは、お前には言ってなかったか? まあ、知らない方が都合が良かったからな、フフ」
ゴドロックの言葉に、ロニは凍り付いた。「人身売買…?」コディとペイト夫婦は、ただの貧しい親戚ではなかった。彼らは、ロニを他の場所に売り飛ばすつもりだったのか。
ゴドロックはロニの驚愕した様子に満足して、さらに言葉を続けた。
「まあ、お前は使えそうにないガキだったが、ゴブリンなんて珍しいのを連れてたからな。そいつも始末しようと思って、引き取らせてやったんだよ」
やはり。父が陥れられたのは、ゴドロックの仕業だった。そして、ロニが人身売買組織のような場所に引き取られたのも、ゴドロックが仕組んだことだった。
「なぜ…なぜ父さんを…!」
ロニは怒りと悲しみで声を震わせた。
「あん? ああ、ミロスか。あいつは邪魔だったんだよ。まじめにやってるふりして、客を全部持って行きやがって。だから、ちょっと痛い目に遭わせてやろうと思っただけさ。まさか、あんなに簡単に潰れるとは思わなかったがな! ハハハ!」
ゴドロックは楽しそうに笑った。その笑い声は、ロニには悪魔の嘲笑のように聞こえた。
話しながら、ゴドロックはロニとの距離を詰めてきた。ロニは後ずさりした。そして、ゴドロックの手に、何かが光っているのが見えた。
ナイフだ。
ゴドロックは、自分が仕組んだことがバレたと悟ったのだろう。真相をべらべらと話したのは、ロニを殺せば何も問題ないと考え、口封じをするためだったのだろう。
ゴドロックの顔から笑みが消え、代わりに殺意に満ちた表情になった。彼は手に握ったナイフを振りかざし、ロニに向かって襲いかかってきた!
「死ね、ガキ!」
その瞬間。
「ギャア!」
パウが矢のように飛び出した。ゴドロックの腕に、パウの鋭い牙が食い込んだ。ゴドロックは悲鳴を上げ、持っていたナイフを地面に落とした。
パウの合図を受けて、隠れていた他のゴブリンたちも一斉に飛び出した。木の上から、茂みの中から、闇の中から。彼らは、パウに噛み付かれて怯んだゴドロックに飛び付き、その小さな体でゴドロックの巨体を組み敷いた。
「ぐっ!何だ!?」
ゴドロックは抵抗しようとしたが、複数のゴブリンに押さえつけられ、身動きが取れなくなった。
クロウが素早く頑丈な蔦を持って駆け寄り、ゴドロックの手足に巻き付け始めた。グイグイと締め上げられ、ゴドロックは悲鳴を上げた。
あっという間に、ゴドロックは手足を蔦で拘束され、地面に組み敷かれたまま動けなくなった。ロニは、目の前で繰り広げられたゴブリンたちの素早い連携プレイに息を呑んだ。彼らは、ロニのために完璧に動いてくれたのだ。
ロニは、地面に倒れ拘束されたゴドロックの元に近づいた。憎しみに満ちた顔で、ロニを睨みつけている。
「ゴドロック…」
ロニは彼の目の前に立ち、見下ろした。これから、全てを問い詰める。父を陥れた理由、そして父の行方。
夜の森の中、ロニとゴブリンたち、そして拘束されたゴドロック。真実が、今、明らかにされようとしていた。
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