第2話 機雷除去
露製機雷、エリミネーター。
とにかく、面倒臭くなっている。
兵器とは総じてそんなもんだろう。
敵が嫌なことを、どんどん極めていく。
だが、そんな機雷など、
彼らにとっては日常の延長であり、磨かれた技術と経験こそが最大の武器だった。
むしろ、神経を擦り減らすこの仕事こそが、己を試す戦場だと心得ている者ばかりであった。
「無線切るぞ。そろそろ近くなってきた。」
艦橋に響く田金の声に、無線の向こう――《干潟》の艦長が、気の抜けた調子で応じる。
『あーい。ご武運を。』
「……てめーに言われたら爆発しそうだわ。」
『ひっでえの』
ぷつっ。
短く、通信が切れた。
艦内には、再び静かな緊張が戻る。
無線のノイズさえ、海の底へ沈んでいくようだった。
田金は息を吐き、椅子から立ち上がると、艦内放送用の端末へ歩み寄った。
鋼鉄の壁に指が触れた瞬間、彼の目の色が変わる。
「――よーし、始めるぞ。」
艦全体が、静かに戦闘態勢へと移行していく。
艦尾の多目的デッキがゆっくりと展開される。
鋼鉄のアームが軋む音が、静かな海に染み込んでいく。
第六作業班――通称「カニ組」が、既に装備を整えて待機していた。
潜航作業員3名、回収クレーンオペレーター1名、支援要員2名。
いずれも、触れたら終わりの相手を何度も相手にしてきた、若鷲の手練れたちだった。
「目標まで距離、480メートル。水深は43。ソナーでのシルエット一致。エリミネーターで確定。」
飛騨の声が、艦内通信に流れる。
「自動起爆圏内に入ったら、船体静止。そこからは作業班だけで対処だ。いいな?」
田金の声に、作業員たちは黙ってうなずく。言葉はいらない。
---
午前10時42分。
潜航作業員・鈴江三曹が、機体番号「WAK-06」のスーツを着用し、静かに海中へと沈んでいく。
視界の奥、灰色の海中にぼんやりと浮かぶ球体。
〈露製機雷・エリミネーター〉。
直径1.4メートル、黒錆びた鉄球の表面に、明滅する小さなインジケータランプ。
電子式マグネティック・トリガーに加え、周囲の音波、振動、圧力の変化をすべて感知する“海の地雷王”。
――だが。
「いた。上部の自爆パネル、二段解除方式。旧式だ。」
鈴江の声が落ち着いている。
ゆっくりと、電磁パルス干渉ユニットを展開。
波長調整、手順は頭に入っている。
触れてはいけない。が、触れずに解体もできない。
「……ロック解除完了。中性化スタンバイ。」
上空では、クレーン班が海面に静かに回収バスケットを沈下させる。
「取り込み開始」
バスケットがゆっくりと昇ってくる。
海面が、わずかに揺れた。
鈴江が浮上する頃には、回収済みの機雷が大人しく鎮座していた。
---
「……回収完了。爆発、なし。」
飛騨が艦橋で大きく息を吐いた。
その横で、田金は淡々と頷く。
「手慣れたもんだよな、露製なんて。」
「まあ、毎度パターン変えてくるから油断はできねぇっすけどね」
飛騨がそう付け加えるころには、回収班が笑顔で帰還し始めていた。
ただし、誰一人として、気を抜いた笑顔ではなかった。
この海では、笑顔一つも命がけだ。
回収から、30分後。
海は静かだった。
あまりにも静かすぎて、不安になるほどだった。
若鷲の艦橋では、緊張の解けかけた空気がゆっくりと広がり始めていた。
そのとき――
かちゃ。
無線が小さく鳴る。
乾いた音が、艦橋に浮かんで消えた。
「おー、どうしたよ」
田金が何気なく受信機に向かって言う。
表示された識別コードは、《ひぐらし》。2番艦からの通信だった。
返ってきたのは、疲れきったような、どこか乾いた声。
『いやそれがさ……到着前に誰か、触雷しちゃったみたいでさ。
……ここら一帯、油と、誰のか分からん船の一部ばっかりだわ。』
田金は眉をひそめる。
「おー……めんどくさ。」
しばらく無言のまま頭をかいたあと、面倒くさそうに呟いた。
「取り敢えず政府のおえらいさんに伝えたほうが良いな。位置情報つけて送っとけ。」
『はいよ。……ナンマイダナンマイダ……』
どこか半分冗談、半分本気の供養の言葉が、無線越しにぼそぼそと続く。
田金は煙草を一本取り出しながら、天井を仰いだ。
静かな海は、いつだって何かを隠している。
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