9【ヒアリング調査】被害者の声に、耳を傾けるということ
翌日、僕はマキナとブリギッテを連れて、例の緩衝地帯に設置された魔王軍の野営地へと向かった。もちろん、これは公式な「第三者委員会による実態調査」であり、ヴェノムを通じて正式にアポイントメントを取ってある。
野営地に到着すると、ゴブリンやオークたちが、僕の姿を見て蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。まあ、そうだろう。彼らにとって僕は、倒されるべき敵である「勇者」なのだから。
「これでは調査にならんな…」
僕が頭をかいていると、ヴェノムが被害者たち(主にゴブリン)を数匹、テントの中に連れてきてくれた。彼らはガタガタと震え、僕と目を合わせようともしない。
「えー、株式会社勇者サービス、コンプライアンス担当の天野川です。本日は、皆さんが受けたとされるハラスメントについて、お話をお伺いしたく参りました。なお、このヒアリング内容は固く秘匿され、皆さんが不利益を被ることは一切ないことをお約束します」
僕は、前職で何度もやったように、事務的な口調で切り出した。隣では、マキナが記録用の水晶(録音機能付き)を起動させ、ブリギッテは「よく分からんが、すごいことだ…」という顔で腕を組んで座っている。
最初は怯えていたゴブリンたちも、僕のあまりにビジネスライクな態度と、マキナの無機質な存在感に、次第に恐怖心が薄れてきたらしい。一匹が、おそるおそる口を開いた。
「あ、あの…ルナミリア様は、オラたちに『この術式のエントロピーを計算しろ』って…」
「それで?」
「『えんとろぴー』が何か分からなくて黙ってたら、『あなたまさか、九九もできないのではないでしょうね?』って言われただ…」
ゴブリンは、思い出しただけでも辛いのか、しくしくと泣き始めた。
別のオークも続く。
「俺は、『その筋肉の付き方は、魔力伝導率において非効率極まりない。脳の代わりに筋肉が詰まっているのか?』と…」
「殴られたり、蹴られたりはしたのか?」
ブリギッテが、たまらず口を挟んだ。彼女には、物理的なダメージのないハラスメントが、いまいちピンとこないらしい。
「殴られた方が、まだマシだ…」
オークは、遠い目をして呟いた。
「ルナミリア様の言葉は、魂に直接、氷の杭を打ち込まれるようなんだ…」
調査は、想像以上に過酷なものだった。
「あなたの存在そのものが、この世界の論理性を乱している」
「ため息しか出ませんわ」
「一から説明させる気ですか?私の貴重な時間を何だと思っているのかしら」
出てくる、出てくる。心を的確に抉る、殺傷能力の高い言葉の数々。
マキナは、それらの証言を淡々と記録し、リアルタイムでグラフ化していく。被害者たちの「精神的ダメージレベル」「自己肯定感の低下率」「業務効率の相関関係」…。テントの壁に投影されたグラフは、どれも見るも無残な右肩下がりを描いていた。
ヒアリングを終え、僕たちは重い空気の中、城への帰路についた。
「ひどいな…。これはもう、裁判レベルだぞ」
「理解できん…。言葉だけで、あの屈強なオークたちがここまで追い詰められるとは…」
ブリギッテは、まだ納得がいかない様子だ。
「合理的です」
マキナが、調査結果をまとめたレポートを僕に差し出しながら言った。
「物理的暴力は、対象の肉体を破壊するに留まります。しかし、アカデミック・ハラスメントは、対象の存在意義そのものを内側から破壊する。コストパフォーマンスにおいて、極めて効率的な攻撃手段と言えます」
効率的とか、そういう問題じゃない。
僕は、マキナが作成した、被害者たちの悲痛な声が詰まった分厚い報告書を手に、深くため息をついた。
相手は、500歳の天才ロリエルフ。プライドはエベレストより高く、こちらの常識は一切通用しないだろう。
力で脅すのは論外。泣きついても無駄。
「どうやって、あの女を攻略する…?」
これは、魔王を倒すより、はるかに厄介なプロジェクトになるかもしれない。僕は、ズキズキと痛み始めたこめかみを押さえるのだった。
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