6【ハウスキーピング】メイドの掃除は、一種の芸術である

魔王軍四天王の律儀な(?)訪問から数時間後。割れた窓ガラスもようやく修理され、僕たちの部屋はようやく平穏を取り戻した。…と言いたいところだが、修理の際に運び込まれた資材や、飛び散ったガラス片の掃除などで、部屋はひどく散らかっていた。


「よーし、私がやりますぞ、勇者様!」


ブリギッテはそう言って腕まくりをすると、巨大なホウキを掴んで力任せに床を掃き始めた。しかし、その動きはあまりにも雑で、ホコリが盛大に舞い上がるだけ。おまけに、勢い余って椅子をなぎ倒し、壁に飾ってあった絵画を曲げている。善意からくる破壊活動、タチが悪いことこの上ない。


「あー、もういい! ブリギッテさんはそこに座ってて! マキナ、頼む」


僕がそう言うと、控えていたマキナが優雅に一礼した。


「承知いたしました。これより、清掃業務における最適化プロセスを開始します」

その瞬間、部屋の空気が変わった。


マキナはまず、指先から静電気を帯びた無数のナノ繊維を放出し、室内のホコリを一粒残らず吸着させる。次に、スカートの中から取り出したスチームクリーナー(のようなもの)で、床の汚れを分子レベルで分解し、仕上げに高速振動するモップで鏡のように磨き上げた。割れた窓の修理で汚れたガラスも、特殊な液体を吹きかけて一拭きするだけで、まるで存在しないかのように透明になった。


ブリギッテは、その一連の無駄のない、完璧で、もはや芸術的ですらある所作に、目を奪われていた。


「す、すごい…。掃除にすら、完璧な『戦略』と『戦術』があるのか…!」

彼女は心底感動したように呟いた。


その言葉がきっかけになったのか、彼女はポツリ、ポツリと自分のことを語り始めた。


「私は、騎士の家系に生まれました。ですが、父上や兄上たちからは、いつも『女のお前に騎士の何がわかる』『お前は黙って着飾って、有力な貴族に嫁げばいい』と…そう言われ続けてきました」


意外な過去だった。彼女の脳筋っぷりは、てっきり生まれつきのものだと思っていた。


「だから、反発しました。小難しい戦略などより、誰よりも強くなって、圧倒的な力ですべてをねじ伏せれば、きっと認めてもらえると信じて…。掃除や裁縫のような『女の仕事』は、全部避けてきました。そんなことをすれば、女だからと、また見下されるような気がして…」


そうか、彼女のあの奇抜な鎧も、猪突猛進な戦い方も、不器用な彼女なりの反骨心の表れだったのかもしれない。ただのアホな脳筋女騎士だと思っていたが、少しだけ見直した。僕が「大変だったんだな…」としんみりとした気持ちで声をかけようとした、その時だった。


ブリギッテは、マキナが磨き上げたピカピカの床に、自分のハイレグ姿が映っているのを見つけると、急に屈んでポーズを取り始めた。


「おおっ! 軍師殿! 見てください! この角度からだと、私の大腿四頭筋がよりたくましく、そして美しく見えませんか!? この隆起! この張り! まさに芸術ですな!」


そう言って、彼女は自分の太ももをパシンと叩き、満面の笑みを僕に向けてきた。

……感動して、損した。


僕は心の中で、盛大にツッコミを入れた。やっぱりこの人は、悲しい過去を背負ったエロくて美人な騎士ではあるが、根本的に、致命的に、頭が空っぽなんだな…。

僕が遠い目をしていると、マキナが冷静に水を差した。


「筋肉の表面反射率は78%。床の光沢反射率は99.2%。客観的データに基づき、床の方が美しいと結論します」


その言葉に、ブリギッテは「む、床ごときに負けるとは…! まだまだ鍛え方が足りないようですな!」と、なぜかさらに燃えていた。もう、そっとしておこう。

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