5【来客応対】アポイントメントの無いご訪問は、ご遠慮ください
聖剣を抜いた僕は、あれよあれよという間に王都に連れてこられ、勇者様として城の一室を与えられた。聞こえはいいが、実態は軟禁だ。王様や大臣たちが毎日やってきては、「で、いつ魔王を倒しに行くのかね、勇者殿?」と、無言のプレッシャーをかけてくる。
「話が違う…! 契約書には『勇者としての活動を強制される場合がある』とは一言も書いていなかったぞ!」
「ご主人様。口頭での合意も、状況によっては契約と見なされます。聖剣様とのパートナーシップ締結により、ご主人様には魔王討伐プロジェクトを完遂する責務が生じています」
僕の横で、マキナが紅茶を淹れながら淡々と告げる。くそっ、このメイド、完全に他人事だ。
「さあ、勇者様! 作戦会議の続きをしましょう! まずは魔王城への進軍ルートですが…」
ブリギッテだけはやる気満々だ。彼女の純粋な瞳が、今の僕にはひどく眩しい。
僕が「今日の会議はここまで!」と、中間管理職スキルを発動して場を解散させようとした、その時だった。
ガシャンッ!!
部屋の大きな窓ガラスが、けたたましい音を立てて砕け散った。僕たちが驚いて振り返ると、そこには漆黒の禍々しい鎧に身を包んだ、見るからに悪役です、という出で立ちの男が立っていた。
「く、曲者!」
ブリギッテが瞬時に聖剣(僕の腰にあった)を抜き放ち、構える。
「何者だ!」
すると、その漆黒の男は、僕たちの反応に少し慌てた様子で、カブトの下からくぐもった声を上げた。
「お、お待ちくだされ! 拙者はなにも、戦いに来たのではござらん!」
男はそう言うと、その場に片膝をつき、深々と頭を下げた。
「魔王軍四天王が一人、『毒蠍』のヴェノムと申す者! この度は、アポイントメントもなしに参上し、まことに申し訳ございません!」
……は?
アポイントメント?
僕はあまりに予想外の言葉に、完全に固まってしまった。
ヴェノムと名乗る四天王は、恐縮しきった様子で話を続ける。
「本来であれば、我が主、魔王様の名において、正式な宣戦布告の使者としてお伺いする手筈でございました! しかし、我が軍の通信担当のインプが、日時を一日間違えて伝達するという、あってはならないミスを犯しまして…!」
え、なに、その内部事情。すごくどうでもいい。
「仁義を通さぬは、魔族の恥! このままでは、勇者殿に対して大変な不義理を働くことになりまする! つきましては、本日はまずご挨拶と、明日の正式な『宣戦布告』の日時のご確認に参上した次第にございます!」
そう言うと、ヴェノムは懐から何かを取り出し、僕に向かって恭しく差し出した。それは、黒曜石か何かでできた、黒光りする板だった。そこには、禍々しい書体でこう刻まれている。
魔王軍 総司令部 四天王
コンプライアンス統括室長
ヴェノム・スコーピオン
名刺だ。敵の幹部が、名刺を差し出してきた。
あまりのことに思考が停止した僕は、前職で染み付いたビジネスマナーに従い、反射的に両手でそれを受け取ってしまった。
「あ、どうも…。勇者をやっております、天野川です…」
「これはご丁寧に恐縮です! では、明日の午後二時、改めて正式に参りますので! 本日はこれにて失礼いたします!」
ヴェノムはそう言うと、再び深々と頭を下げ、自分が割ってきた窓から、嵐のように去っていった。
残されたのは、割れた窓ガラスと、僕の手に握られた黒曜石の名刺、そして、呆然と立ち尽くす僕たち三人だけだった。
「…なあ」
僕がおそるおそる口を開く。
「俺たちは明日、宣戦布告されるために、ここで大人しく待ってればいいわけ?」
「…そのようですな、勇者様」
「合理的です。戦闘を回避し、情報交換を行う。魔王軍の危機管理能力は、この国の王宮騎士団より高いと分析します」
これが、勇者の初仕事か…。
僕の異世界ライフはますます僕の望まない方向へと突き進んでいくのであった。
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