4【クロージング】ご契約、誠にありがとうございます

僕の宣言に、その場にいた全員がポカンとしていた。無理もない。これから始まるのは、剣技でも魔法でもない。ただの、ビジネスプレゼンなのだから。しかし、僕のキャリアの全てが、この一瞬に懸かっている。


「ではまず、アジェンダ1『本プロジェクトのゴール共有』から始めさせていただきます!」


僕はレーザーポインター(マキナが指先から出している)で、スクリーンに映し出された図を指した。


「我々のゴールは、いたずらに魔王を倒すことではありません! 魔王軍による市場の寡占状態を打破し『平和』という名の持続可能な新たな市場を創造することにあります!」


ざわめきが大きくなる。何を言っているんだこいつ、という顔、顔、顔。だが、構うものか。


「続きまして、アジェンダ2『聖剣様を取り巻く環境のSWOT分析』です!」

僕は、スクリーンに表示されたマトリクス図を指し示す。


「まず、S(強み)! 聖剣様、あなたの強みは、その圧倒的なブランド力と、伝説に謳われるほどの高い性能(スペック)です! まさに業界のトップランナー!」


聖剣が誇らしげに光った気がした。いける。


「しかし! W(弱み)もございます! それは現在、『岩に刺さっている』という機会損失状態にあり、ROI(投資対効果)が著しく低い点です! はっきり申し上げまして、これではただの立派な不動産です!」


周囲が「な、なんてことを!」と息をのむ。聖剣の輝きが少し揺らいだ。少し言い過ぎたか?


「ですがご安心を! そこにO(機会)が生まれます! 私という優秀なCEO兼プロジェクトマネージャーを得て、再び市場(いくさば)でその価値を発揮できるのです! そしてT(脅威)は、このままでは誰にも抜けず、ただの錆びついた鉄くずとして歴史から忘れ去られるリスクです!」


僕は畳み掛ける。


「そこで、アジェンダ3『私をパートナーとして選ぶことのベネフィット』をご提案します! 私をパートナーに選ぶことで、聖剣様は最適な運用と定期メンテナンス、そして『勇者の剣』としての輝かしいセカンドキャリアを保証されます! 私のマネジメント能力が、あなたのポテンシャルを120%引き出してみせます!」


「さすが軍師殿…! 私には何を言っているか半分も分からんが、とにかくすごいことだけは分かるぞ!」


ブリギッテが感極まったように拳を握りしめている。わからなくていい、雰囲気が大事なんだ。


プレゼンが進むにつれ、聖剣の輝きはどんどん増していく。まるで僕の言葉に呼応しているかのようだ。


「そしてこれが、今後のロードマップです!  Q1(第一四半期)で魔王四天王の一人をKPI未達に追い込み、Q2で魔王城への進軍ルートを確保!  Q3で最終決戦、通期でのプロジェクトコンプリートを目指します!」


僕はプレゼンの締めくくりとして、聖剣に向かって一歩踏み出した。


「さあ、聖剣様!  私と、このエキサイティングなプロジェクトを共に走り抜けWin-Winな未来を築こうではありませんか! この契約にサインを!」


僕がそう言って、聖剣に向かって手を差し伸べた、その瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴゴ…!


これまで幾多の猛者が挑んでもびくともしなかった聖剣が、地響きを立ててひとりでに岩から浮き上がったのだ。そして、ゆっくりと空中を移動し、まるで長年の友に会うかのように、僕の差し出した手の中に、すっぽりと収まった。


シーンと静まり返る場内。僕も、手の中にある、信じられないほど軽く感じる剣を見つめて呆然としていた。


「契約、成立…ってことか?」


僕がそう呟いたのを合図にしたかのように、広場は割れんばかりの大歓声に包まれた。


「おおおおおっ! 剣が抜けたぞ!」


「勇者様だ! 新たな勇者様の誕生だ!」


「いや、僕はただプレゼンしただけで…」


僕が戸惑っていると、いつの間にか隣に来ていたマキナが、淡々と告げた。


「ご主人様、おめでとうございます。本件クロージング成功により、労働債務は完済。以後は、プロジェクト成功報酬(インセンティブ)のフェーズに移行します」


「やったな、軍師殿! いや、勇者様!」


目を潤ませたブリギッテが、僕の肩をバンバン叩く。


手の中には、やけにキラキラと輝く聖剣。耳には、止むことのない「勇者」コール。


そして、これから始まるであろう、僕のKPIとは正反対の、面倒くさくて壮大な未来。


話が違う…! 僕の安穏とした隠居生活はどこへ行ったんだー!


僕の心の叫びは、異世界の青い空に響き渡る大歓声によって、誰に届くこともなくかき消されていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る