3【事業提案】聖剣様、本日のアジェンダはこちらです

さて、僕のパーティーは、僕(交渉係兼お荷物)、マキナ(債権者兼チートメイド)、そしてブリギッテ(用心棒兼露出過多)という、なんともアンバランスな三人組となった。僕たちは当初の目的通り、最寄りの街にあるという冒険者ギルドを目指していた。


その道中、立ち寄った小さな村で、旅人たちが興奮気味に語らう噂を耳にした。


「王家の谷に突き立つ、伝説の聖剣! 引き抜きし者は、真の勇者として認められ、莫大な報奨金と名誉が与えられる!」


「軍師殿! これは力試しの絶好の機会です! 行きましょう!」


ブリギッテは目を輝かせているが、僕は全力で却下したかった。伝説? 勇者? 関わったが最後、面倒なことになるに決まっている。まずはギルドで堅実に稼いで、マキナへの借金を返済するのが最優先だ。僕の人生のKPIは「いかに働かずして安穏と暮らすか」なのだから。


しかし、僕の優秀すぎるメイドが、そのビッグプロジェクトを見逃すはずがなかった。


「ご主人様。当案件のROI(投資対効果)を試算しました。聖剣を引き抜けば、王家からの報奨金により、ご主人様の労働債務は即時完済。かつ、生涯にわたる不労所得が期待できます。ギルドで地道な依頼をこなすより、はるかに期待値の高い選択です」


マキナの完璧な損益分岐点分析と、ブリギッテの「軍師殿ならできる!」という純粋すぎる期待の眼差し。僕は2対1の状況に押し切られ、目的地をギルドから聖剣の祭壇へと変更する羽目になった。


現場は、すでに大勢の挑戦者たちでごった返していた。誰もが「我こそは」と息巻いて剣に挑むが、聖剣は微動だにしない。


「では、私が参ります!」


ブリギッテは自信満々に進み出ると、聖剣の柄を両手でがっしりと掴んだ。


「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁ!!」


顔を真っ赤にし、汗を光らせながら、彼女は渾身の力を込める。そして、さらに力を入れようと、ぐっと大股に足を開いて踏ん張った。


いや、待て。その格好でその体勢は、色々とまずいだろう!


僕は慌てて視線を逸らしたが、どうしても気になってしまう。目のやり場に困るなんてもんじゃない。public(公衆の面前)でprivate(私的)な部分が見えそうになっているぞ! しかし、彼女自身はまったく気にする素振りもなく、ただひたすらに聖剣と格闘していた。結局、その努力もむなしく、聖剣はピクリともしなかったが。

「……まあ、一応な?」


僕は、心の片隅にある「もしかして、俺が主人公…?」という、全異世界転生者が一度は抱くであろう淡い期待を胸に、そっと聖剣の柄に手をかけた。ひんやりとした金属の感触。これが伝説…!


「フンッ!」 まずはお試しで軽く力を込めてみる。…動かない。 「ぬぅぅぅ…!」 今度は全体重をかけて、腕がプルプルと震えるのも構わずに力を込める。顔が熱くなり、みっともない声が喉から漏れた。


しかし、聖剣はまるで深く根を張った大木のように、1ミリたりとも動かない。それどころか「お前ごときが?」と嘲笑われているような気さえしてきた。僕の主人公補正はどこに行ったんだ!


最終的に僕の腕は限界を迎え、へなへなとその場に座り込んでしまった。 「……ですよねー。知ってた。」


僕が肩を落として戻ると、マキナが僕の背中をポンと押した。


「ご主人様。物理的アプローチの無益さは、これでご理解いただけたかと。解析が完了しました。この聖剣には、高度な自己意識…すなわち、原始的なAIに類似するものが搭載されています。物理的な力ではなく、論理的な説得によるアプローチが有効と判断します」


マキナはそう言うと、僕の目を見て、いつもの無表情で告げた。


「ご主人様、出番です。あなたの唯一にして最大の取り柄である『口先』で、この鉄の塊を丸め込んでください」


ひどい言われようだが、反論できないのが悲しい。僕は覚悟を決めた。マキナが魔法で作り出した光のスクリーンを背に、僕は咳払いを一つ。ざわめいていた周囲が、何事かと僕に注目する。ブリギッテが「軍師殿が何か始められるぞ…!」と期待に満ちた瞳でこちらを見ている。


僕は聖剣に向かって、前職で鍛え上げた営業スマイルを浮かべ、深くお辞儀をした。

「えー、聖剣様。本日はお忙しいところ、貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます。私、勇者候補、兼、株式会社アマノガワ・コンサルティング代表取締役の天野川光と申します」


聖剣が心なしか、キラリと光った気がした。手応えありだ。


「それでは早速ですが、聖剣様。本日のアジェンダはこちらです」


僕はビシッと光のスクリーンに投影された議題リストを指し示した。


【対・聖剣様 交渉アジェンダ】

はじめに:本プロジェクトのゴール共有

現状分析:聖剣様を取り巻く環境のSWOT分析

ご提案:私(天野川光)をパートナーとして選ぶことのベネフィット

今後の展望:魔王討伐におけるWin-Winな関係構築とロードマップ

質疑応答


かくして、僕のキャリアの全てを懸けた前代未聞の「対・聖剣プレゼンテーション」の幕が、今、静かに上がったのである。

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