day5「三日月」
三日月より、憎悪を込めて
三日月という名の子供がいた。
彼が生まれた夜、病院を出た父親がふと空を見上げると、そこに三日月があったという。
だから、三日月。
それ以外に意味などなかった。彼の父があの夜、憎悪に満ちた眼差しで見上げた、あの三日月。それに人の形を与えたのが三日月であり、それだけが彼の存在理由だった。
「お前さいなければ!」
三日月の夜、父は豹変する。そうすることを自分に許す。息子を折檻することを。優しい父親の仮面をかなぐり捨てることを。
「お前のせいだ! お前のせいで
三日月は難産だった。あの三日月の夜、いや、昼から夜にかけて彼の母親は長い時間、苦痛を味わい、何とか三日月を産み落とすと、命を落とした。彼の父はその様を分娩室でずっと見守っていた。妻と子供の無事を祈りながら。しかし、祈りは不完全な形でしか叶わなかった。助かったのは、子供だけだった。
「満月なら違った! きっとそうだ! お前が……お前が三日月だったから!」
三日月の夜、彼の父親は三日月に猿轡を噛ませ、ホームセンターの木材を組み合わせて作った十字架に磔にする。三日月の服を剥ぎ取り、手首と足首を紐で十字架に巻き付け、鞭をしならせてその体を打擲する。憎き三日月を。あの夜、最愛の妻を奪った三日月を。
三日月の夜、三日月は磔にされたまま一夜を過ごす。固い十字架に体を預けたまま眠りに落ちる。夢の中ではいつも、母と父、それに自分の三人が幸福そうに笑っている。夜空にはいつも真ん丸な満月が浮かんでいる。
何も欠けていない、ありのままの月。目覚めれば消えてしまう、あの満月。自分には決して手が届かない、あの満月。何度、画用紙の上に再現しようとしても、必ず歪んでしまうあの満月。幾度となくびりびりに裂いて捨ててきた、あの満月。
満月の夜、三日月は部屋の窓から身を乗り出すようにして、三八万キロ先の光を眺める。
満月が映り込んだその瞳に、ありったけの憎悪を込めて。
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