第9話 飯田春子

 私は、もくもく電気に入って、三年目だった。

 毎日が単調だったけれど、それでよかった。接客も、品出しも、清掃も、決まった通りのルールがある。私はそれを守ることが、苦にならなかった。


 あの夜までは。


 最初に異変を感じたのは、夜勤明けの掃除中だった。

 私は習慣で、売り場の棚を丁寧に拭いていた。

 けれど、その日はリモコン売り場の棚の奥に、ありえないものがあった。


 白い——指だった。

 商品でもない。模型でもない。

 本物のように、節があり、薄く血色が残っていて……でも、冷たく乾いていた。


 私は叫ばなかった。ただ、固まって、見つめていた。

 するとそれは、スッと奥へ引っ込んだ。


 それだけで、私は「何かがこの店にいる」と理解した。

 上司に相談しようとしたが、誰も本気にしなかった。「最近寝てないの?」と笑われて終わった。


 でも、それから、奇妙なことが増えた。

 誰かが夜勤中の売上レジスターに、意味不明な文字列を打ち込んでいた。

 その履歴には、必ず「782C」——廃番のテレビの型番が残されていた。


 そして、私は夢を見た。


 それは夢というより、記録のような映像だった。

 真っ暗な店内を、私は歩いている。照明は落ちているのに、どこかだけが白く照らされている。

 そこで私は“穴”を見つける。店の裏、砂利の下。

 私はしゃがみこみ、土に指を入れる。

 すると、誰かの目がそこにある。


 目は私を見ていた。笑っていた。

 ——ありがとう、見つけてくれて。

 そう言っていた。声はないのに、確かに聞こえた。


 翌日、私は倉庫で、ブラウン管テレビを見つけた。

 それは、店ではもう扱っていないはずのもの。埃まみれで、コードも切れている。

 でも、画面には文字があった。


 「見つけて」


 震えながら倉庫を出ようとしたとき、背後から声が聞こえた。


 「春子さん」


 振り向くと、誰もいなかった。

 けれど、そこにあった棚の商品ラベルに、油性ペンでこう書かれていた。


 「一緒においで」


 その日を境に、私は“名前”を呼ばれなくなった。

 打刻機にカードを通しても、エラーになる。

 休憩室の出勤表から、私の欄だけが消えていた。


 誰も、私を見ていなかった。

 私が、まだここにいるのに。


 最後に記録を残すつもりで、私はこの日記を書いている。

 もしこれを見た人がいるなら、お願い。

 私を、見つけて。

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