第8話 見つけて

 店の裏は、昼も夜も人気がなかった。

 フェンスの向こうは、資材置き場のはずだったが、誰も近寄らない。通路には「立入禁止」の札がぶら下がり、地面は一部だけ妙に新しい砂利で覆われていた。


 ——店の裏を掘って。


 例の電話の声が、まだ耳にこびりついていた。

 繰り返し、同じ調子で。まるで“記録されたメッセージ”のように。


 あれから私は、何度も裏口の鍵を開けては閉じ、開けては閉じてきた。けれど、ついにそれを越える夜が来た。


 夜勤明け。朝の始業前。誰もいない時間。

 私は防犯カメラの死角になる場所から、フェンスの横の古い資材棚をよじ登り、向こう側に降り立った。


 足元の土は、水気を含んで柔らかかった。

 雨は降っていないのに、じっとりと濡れている。


 私は倉庫からこっそり持ち出してきた、小さなスコップを握りしめた。園芸用の簡易なものだが、なぜか一度も使われた形跡がなく、新品のはずなのに刃先が錆びていた。


 掘りはじめると、すぐに“異常”があった。

 土の下から——紙が出てきたのだ。びしょびしょに濡れた、白地に赤い線の引かれた何か。

 引っ張り上げると、それは破れたレシートだった。


 「もくもく電気 新波店」

 日付は2017年4月12日。

 けれど、その型番の商品は、2014年に廃番になっているはずだった。


 さらに掘ると、今度は写真が出てきた。

 濡れて変色していたが、制服姿の女性が写っていた。背景には、今の売り場とそっくりの棚が並んでいる。

 写真の裏には、油性ペンでこう書かれていた。


 「見つけて」


 私はぞっとして、思わず後ずさった。


 けれど、スコップが土に刺さった感触が変わった。硬い。

 何かに当たった。コツ、という“中から叩くような”音がした。


 私は震える手で、土をかき分けた。


 そこにあったのは——人の腕だった。


 いや、腕のようなもの。

 肌色のようで、でも蝋細工のように冷たく、関節が不自然に曲がっていた。指先が、私の方を指していた。まるで呼んでいるように。


 頭が真っ白になった。声も出なかった。

 なのに、胸の奥で誰かが囁いた。


 ——よくやった。

 ——もうすぐ見える。


 私の影が、地面に二つ映っていた。


 私は跳ねるように立ち上がり、スコップを放り出し、裏のフェンスをよじ登って戻った。

 そのとき、地面の奥から、かすかに“カチカチカチ……”と時計のような音が聞こえていた。


 何かが、目を覚ました音だった。


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