第10話 見つけてくれてありがとう

 店の裏を掘ってはいけなかった。

 それは、理性ではとっくにわかっていた。

 でも、私はもう、“選ばれて”しまっていた。


 飯田春子の記録を読んだとき、私の中にあった「これは他人の話」という感覚は、完全に壊れた。

 春子は、私だった。気づかれないまま、消えていく人。

 彼女の声が、日報の隙間から、レシートの裏から、ずっと囁いていた。


 ——見つけて。

 ——次はあなたの番よ。


 閉店後、私は裏のフェンスを越えた。

 スコップではなく、今回は手ぶらだった。

 けれど、土は、まるで私の到着を待っていたかのように、やわらかく、濡れていた。


 跪き、指先を地面に差し込む。


 冷たい。けれど、深い場所で、何かが温かく待っている気がした。

 私は掘った。何かを確かめるように、誰かに会いにいくように。


 やがて指先に硬い感触。

 私は土をかき分け、目を見開いた。


 それは——鏡だった。


 土に埋もれた、四角い家電製品。古びたブラウン管テレビ。

 画面の奥で、私が映っていた。

 いや、“私のふりをした誰か”が、にやりと笑ってこちらを見ていた。


 そいつが口を開いた。

 けれど、音は聞こえなかった。ただ、唇の動きだけがわかる。


 「ありがとう」


 そして次の瞬間、テレビの画面から——腕が伸びてきた。


 白く細い、蝋のような腕。私の手を握ったその手は、やさしかった。


 逃げようとは思わなかった。

 どこかで、わかっていたからだ。私はもう、呼ばれている。

 見つけたのではなく、**“見つけさせられた”**のだと。


 世界が反転する。音が消える。

 私は引きずり込まれた。画面の奥へ。鏡の奥へ。


 視界が砂利と土に埋もれる寸前、私は聞いた。

 確かに聞こえた。


 「この店は、ずっと待ってたの」

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