第7話 履歴
あれから私は、妙な商品を見つけるたびに、意識的に“裏”を見るようになった。
値札の裏、ラベルの隙間、返品伝票の記載内容。何か、何でもいい、つながるものを見つけたかった。見つけてしまったものに、意味があると信じたかった。
そのきっかけになったのは、例のブラウン管テレビだった。
倉庫から姿を消したかと思えば、翌日には家電回収コーナーに並んでいた。しかも、ラベルは新品同様に張り替えられ、商品コードまで登録されている。
だが、おかしい。
あのテレビの型番「MB-782C」は、登録データ上では“廃番”になっているはず。確認のため、私はバックヤードの端末で在庫システムにログインし、ひっそりと検索をかけた。
——結果は「該当なし」。
正式な登録は存在しない。
でも、商品棚に実物はある。どこから来たのか、誰が戻したのか。それすら誰も答えられない。
不安と好奇心がせめぎ合いながらも、私はさらに踏み込んだ。
次に検索したのは、返品履歴だった。
手元にある返品伝票の控え。電子レンジ、コンポ、空気清浄機——どれもいちどは倉庫に保管された“異常品”たち。その返却ルートを遡ろうとした。
しかし、いくつかの伝票番号を入れると、結果はこうだった。
> 「このデータは削除されています(管理コード:103-void)」
削除? 誤操作か、メンテナンスか?
でも、それは一点や二点ではなかった。“異常な家電”に限って、履歴が消えている。
偶然では済まされない数だ。
私は、もうひとつ試してみた。
以前白石さんが言っていた、「この店は人が消える」と。ならば、過去にこの店舗に在籍していた社員を調べれば、何かわかるかもしれない。
社員名簿を閲覧する権限はなかったが、倉庫奥に置かれた古い出勤表のコピーが保管されているのを思い出した。何年も前の紙資料。埃をかぶった段ボールの中。
私はその中から、数年前のものを見つけた。
「2018年7月 出勤記録」
そこには、見慣れない名前が並んでいた。
「飯田春子」
「伊勢谷直樹」
「滝本礼子」
そして、そのすべての名前の横に、朱色のスタンプで「退職」と押されていた。だが奇妙なことに、同じ三人の名が、別の月にもまた載っていた。
退職の印が押された後の月にも、“出勤記録”が続いている。
それが何ヶ月も、ずっと。
退職後も、タイムカードが“打刻され続けている”。
私はページをめくる手を止めた。
——どこかで見た名前がある。
「……飯田春子……?」
ふと、返品ラベルの裏に、うっすら鉛筆で書かれていた名前を思い出す。あれも、確か「春子」だった。
私は倉庫の照明の下で、手元の紙を見つめた。
汗が額から流れる。埃の匂いと古紙の匂いの中に、何か鉄のようなものが混じっている。
そのとき、パソコンの方から、**「ピッ」**という電子音が鳴った。
画面には何もしていないはずなのに、勝手に表示が変わっていた。
そこに浮かんでいた文字は——
> 「見つけて」
ブラウン管と同じ筆跡。液晶画面なのに、滲んだインクのように揺れている。
私は目をそらした。けれど視界の端に、またそれが見えた。
棚のすき間。
埃の向こう。
誰もいない倉庫の奥——
“白い顔”が、またこちらを覗いていた。
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