第4話 この店は死ぬぞ

 「この店は、死ぬぞ」


 それを聞いたのは、休憩室でカップラーメンの蓋を押さえていたときだった。


 誰かが言った。

 誰かが、ぽつりと、まるで独り言のように。


 休憩室は昼でも薄暗く、換気扇の音が妙に大きく響く。机には古い情報誌、給湯器は故障中、壁には社員紹介の写真が貼られているけれど、何人かは名前の札が外れていた。


 声の主は、壁際の椅子に座っていた男だった。

 灰色のパーカーに無精ひげ。顔はやつれ、視線はテーブルの一点を見つめている。


 「……白石さん?」


 名前だけは聞いていた。配送部門の社員。夜勤も多く、あまり店には出ないという。

 私は何度かすれ違ったことはあったが、話したのは初めてだった。


 「田嶋さんだっけ。新入りの」


 ゆっくりと視線を私に向ける。目は乾いていて、どこか焦点が合っていない。


 「慣れた?」


 「……はい。まだ、ちょっとずつですけど」


 「ふうん。じゃあ、まだ“見てない”かもな」


 その言い方が妙にひっかかった。


 「何を、ですか?」


 白石さんは、空になった紙コップを潰しながら、小さく笑った。


 「この店さ、たまに“壊れた家電”が戻ってくる。捨てたはずなのに、倉庫に戻ってる。おかしいと思うだろ?」


 「……はい。あの、電子レンジも、たしか……」


 「そう。あれ、処分済みだった。でもいつの間にか、在庫に復活してた。……それだけじゃない。夜中、配送ルートの確認で出入り口の監視カメラ見るんだけどな、たまに映るんだよ」


 「……誰かが?」


 「いや、“何か”が。顔、真っ白で、目がない。なのに笑ってる」


 私は思わず、あの日倉庫で見た“顔”を思い出した。


 「それ、もしかして……」


 言いかけて、やめた。うまく言葉にならない。


 白石さんはポケットからタバコを出して、火をつけた。休憩室は禁煙のはずだが、誰もいなかった。


 「この店さ、人が辞める理由、聞いたことある?」


 「いえ……あまり、詳しくは」


 「皆、普通に辞めていくわけじゃないんだよ。“気づいた”ら、消える。なにも言わずに来なくなるか、なにかが壊れて、辞める。理由はいつも、“体調不良”か“家庭の事情”」


 彼は煙を吐いた。その煙が、換気扇に吸い込まれていく。


 「新人が来るのも、決まってこの時期だ。辞めた人間の“空き”に、誰かが埋められる。気づかないうちに、“同じようにされてく”」


 その言葉は冗談のようで、でも声の温度は笑っていなかった。


 「だから俺は言うよ。今のうちに、やめた方がいい。マジで。

 この店は、死ぬぞ」


 タバコの火が消えた。白石さんは立ち上がり、休憩室を出ていった。

 残されたのは、わずかに焦げた煙の匂いと、ぼろぼろの紙コップだけ。


 私は手にしていたカップラーメンを見下ろした。蓋はとっくに開けられて、湯気はもう消えていた。なのに、ラーメンの表面に、ぽたり、と何かが落ちた。


 ……水滴? それとも汗?


 私は手のひらを胸に当てた。心臓が、静かに早く打っていた。


 この店には、見てはいけないものがある。

 そしてそれは、見た者の人生を、どこかへ連れて行ってしまう。


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