第2話

「伊原雅人くん……君はホントに良く働いてくれたわね。こんなことになるなんて……力になれずごめんなさいね。」


「所長……そう言っていただけるだけで嬉しいのですが自分の不注意が招いたことです。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」


雅人は深々と頭を下げて施設を後にする。

大学で教育を学び、児童館へと就職した。子どもたちの笑顔に囲まれ成長を見守る、本当に天職だと思っていた。それが雅人の不注意で水の泡と消えてしまった。個人情報を持ち出して落としてしまったのだ。なぜこんなことをしてしまったのだろうか……いつもなら絶対にそんなことはしないのにと考えるが明確な答えは出ない。

幸いなことに見つかりはしたがそんなことは関係なかった。

こんな事件を起こしてしまっては同じ職に付くのは無理だろう。それどころか別の職でさえ困難なはずだ。

 2週間前から良くないことが続いてる。財布を落とし、指名手配犯に間違えられ、そして職を失った。お金を落としたのは痛いがまた稼げばいい。間違われたのも誤解は解けたから気にはしていない。

だが今回はかなり凹んでいる。

帰る途中で疲れ果ててしまいベンチへと座り込む。頭を抱え込みこれからどうしたらいいのか考えようとするが上手く頭が働かない。そのまま動けなくなってしまう。どれくらいそうしていただろうか…時間の感覚がまるでない。ふと気が付くと隣に気配がある。首を回して見てみると年長〜低学年くらいのオカッパの女の子がちょこんと座ってこちらを見上げていた。辺りを見渡しても親らしき姿はない。


「あー……こんにちは、どうしたのかな?」


何も言わずに雅人のシャツを掴む女の子。


「迷子かな?一緒に来た人とはぐれちゃった?お名前は?」


女の子が無言で首を振り雅人に携帯電話を差し出してくる。


「ケータイ?……ここに電話すればいいの?」


雅人は表示された番号を見て女の子に尋ねると小さく頷く。やはり迷子で保護者の番号なのだろうと思いながら電話をかけると男の声が応えた。

「おー……福子か?どうした?」


雅人はこの子の名前は福子と言うのだろうか…古風だなと考えながら応対する。


「申し訳ありません。私、伊原雅人と申します。今駅前で女の子を保護…しまして……ここに電話するよう示して来たもので……」


「えっ……あぁ〜……オカッパで無口で表情が薄いです?」


「そう……ですね、そういう印象の子です。」


「福子、そんなところにいたんですね。私は北野紺輔です。今行きますから待っててください。」


電話を切り女の子……もとい福子に向きなおる。


「福子ちゃんて言うんだね。紺輔さんが来てくれるって。そう言えば自己紹介してなかったね。伊原雅人です、よろしくね。」


コクンッと小さく頷くと福子の視線が一点で止まる。追いかけて見てみると職場から引き上げてきた荷物から絵本が見えていた。


「これ読んでみる?」


絵本を渡すがひらこうとはせず雅人に渡してくる。読んでほしいんだなと察した雅人は笑顔で本を受け取る。


「トムの大冒険…始まり、始まり〜。」


雅人は絵本を読み聞かせながら福子を観察する。少しずつ表情が読み取れるようになり喜んでくれているのが分かる。


「トムはまた冒険に出かけましたとさ……おしまい。」


読み終わるとパチパチと拍手を送ってくれた。福子の拍手以外に別の拍手の音も聞こえ、雅人は顔をあげる。そこにはスーツも、帽子も、髪の毛も……何もかもが真っ黄色のド派手な男が立っていた。雅人は何かの間違えかと目をこするが男は消えてくれなかった。


「いやー……上手いものですね。福子がここまで懐いて喜ぶなんて凄いですよ」


「えっ?あっ…はぁ…」


あまりのド派手さに圧倒されあたふたしてしまう。


「すみません。あまりに楽しそうだったのでつい声をかけそびれてしまって……北野紺輔です。はじめまして」


優雅な仕草で名刺を差し出しながら男が名乗る。北野と聞き合点がいったが雅人は警戒心を強める。福子と紺輔はあまりにも似ておらず親子には見えなかったのだ。どうしようかと逡巡していると福子がトトトッと駆け寄り紺輔の脚に軽く抱きついた。


「えっ?あぁ……んと……お父……???」


「あぁ…びっくりしますよね。私は父親と言うわけではなく……まぁ…保護者の一人と考えて下さい」


雅人がまだ訝しげな視線を向けいると今まで喋ることが無かった福子が口を開く。


「大……丈夫……紺ちゃん……派手で……胡散臭い……けど……悪い人……違う……」


「えー……福子〜胡散臭いとか酷いな〜……まぁ派手は好きだからいいけどさぁ〜」


ワシワシと優しく頭を撫でる北野と恥ずかしそうにしながらも黙って撫でられている福子を見て二人がきちんとした信頼関係で結ばれているのが見て取れた。


「それでは、私はこれで」


安心した雅人は荷物を持ち立ち去ろうとすると福子が上着の裾を掴んでくる。


「だ…め……紺ちゃん……雅人…さん…」


「あぁ……分かってるよ、福子。雅人さん、私の事務所この近くなんです。お礼もせずに返すのは忍びない……是非寄ってってくださいよ」


「えっ……いや……でも……」


雅人がどう断ろうかと思案していると福子が上着の裾を強く引っ張る


「雅人さん…助けて……くれた…お礼しないと……ダメ…事務所におせんべいある……食べて?」


「ここのままお帰りいただいたら私が福子に恨まれてしまいますから……さっさっ、こちらですよ。1名様ご案内〜」


紺輔と福子に引っ張られ雅人は慌ててついていく。

駅前からしばらく歩くと古びたビルへと入る。

チラリと見えた看板には北野探偵事務所と書いてあるのが見えた。


「さぁ着きました……ここが私の城、北野探偵事務所でございますよ!!」

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とある児童館の不思議な日常 @wolfguy

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