《 6 》遂に断罪の予感


『知識の欲に飲まれるな――儂と同じ愚者ぐしゃの道を踏む事となるぞ』


 師が日々繰り返す小言――。

いや、自らの過去を呪うようにつむぐ【いましめ】が、目を閉じるたび苛ませる。

……あの石化魔法をかけられてからだ。


 臨時宿舎。他の石造建築とは違う、古びた木造の建物。

かつては農家か倉庫だったのだろう。

粗末な造りながらも、柱に走るひびや歪んだはりが、静かに時間の重みを語っていた。


 外観は簡素で、ツタの這う屋根はどこか心許ない。

それでも一歩足を踏み入れれば、空気は一変する。


 窓の隙間から差す光は柔らかい。

床板のきしみと暖炉から漂う燻煙くんえんの残り香が、奇妙な安堵を呼んでいた。

不安のただなかにある身には、それすらも救いに思える。


 だが、今はそれどころではない。


「……事件に巻き込まれたようだな。サイマトスの令嬢が言質げんちを取ってくれた。君は――大丈夫だ」


 重みのある声が、安寧なはずの部屋に落ちた。

俺の肩に触れて話すのはテレイア。


 いつも通り背筋を正し、毅然とした佇まいを崩さぬ姿。

しかし、その眼差しには普段より強い、情けの色が浮かんでいた。


「そうですか……それは、ありがたいです」


 胸騒ぎする箇所を抑え、一絞りの言葉を返す。

身体の芯にまだ残る、冷たい感覚。


 脳裏には人生の終わりを予感させる、あの恐怖が色濃く残っていた。

思っていた以上に……事件の根は深い。


「まさか、サイマトス家の長男が……禁忌とされる石化魔法の使用に及ぶとは」


 テレイア師範の表情に、苦悩の影が走る。

専門知識はなくとも、あの体験で分かる。

――間違いなく、【禁忌きんき】だ。


 太古より戦時中には多くの呪縛魔法が使われたが、石化魔法の記録は聞かない。

ならば、誰が彼に教えたのか――心当たりは、ひとり。


 考えたくもない想像が、脳裏をよぎり、冷や汗が垂れる。

そのときだった。


「“ハイレッKhaire! ソーレッSole! ダムゥッヌァーテッdamnate!”」

 (こんにちは! 太陽よ、呪われろ!)


 ――轟音が、木造の静寂を破った。


ドォンッ!!!


 外からの風に軋んでいた木扉が、ついに爆ぜるように開かれた。

舞い上がったホコリが演出の煙のように漂う。

だが、それは呪縛魔法で幻覚を見せられた錯覚に近い。


「呪われし太陽と共にごきげんよう! 我が生徒となる者よ!」


 白衣をひるがえし、爆発物のように現れたその男――ナグル。

タール染みた衣、その上を見やると、満面でわざとらしい笑みを浮かべていた。

よりによって「太陽よ、呪われろ」とか、森エルフにケンカを売る気満々か。


「な、何の用ですか。まだ授業なんて始まってないだろ……」


 問いかける余裕もないまま、困惑が口につく。

タイミングも言動も、いつだって予測の斜め上をいく奴だ。

――唯一、呪縛魔法を“合法的に”教えうる疑惑の人物でもある。


エイEiスュsyゾーンzonテクノンteknon?」

  (お前は生きている者か、我が子よ?)


 ナグルは古代の言語で話しかけた。

しかし、あまりにも顔が近い。

ミントの香りがかすかに漂い、手で上半身を守りながら、思わず一歩、後ずさる。


「生きてますが、後の文言は要りませんって……」


 俺はそらした視線のまま、努めて冷静に返す。

爽やかな香りとは裏腹に、状況はちっとも爽やかじゃない。

なんで、疑惑の人物が被害者の俺に挨拶してくるんだ。


「お〜、ちゃんと分かるねぇ」


 ニタリと笑い、小さく頷くそのナグルの顔が、実に腹立たしい。

子供扱いされるのは嫌いだと、わかってやっているのか。


「どういう意味です?」


 テレイアの冷静な問い。

俺とナグルの間に立つようにして、距離をとる。

護られているようで、心強い。


「いやぁ、無粋な男どものれ言さ。淑女には退屈きわまりない話ですぞ〜」


 ナグルはとぼけた調子で肩をすくめる。

だが、俺は許さない。


「要するに『お前は生きてるか?』って聞いてるだけですよ」


 簡潔に暴露するが、ナグルは笑って首を振る。


「いやいや、違うよ。『お元気かい、坊や』――呪法学科流の安否確認さ」


 奴は軽妙な口ぶりで胸を張る。

けれど、“安否確認”という言葉の奥に、何かしらの“闇”が覗いていた。


「嫌な予感しかしませんが、それだけの用ですか?」


 テレイアは額を抱え、ため息が長く、重い。

諦めにも似た、慣れた反応だ。

いつもこんな調子なのか。


「君は非常に心を痛めると思うが――拙僧しばし、この楽園を後にすることになったのだよ!」


 芝居がかった動作で胸に手を当て、天を仰ぐ。

まるで冤罪に嘆く僧侶のように。

誰が悲しむか、バカ。


「その前に! これを受け取ってくれたまえ!」


 ナグルはプレゼントを渡すような調子で話す。

しかし、渡されて嬉しくなるプレゼント感は完全にない代物。


「……数年規模の法改正だけで分厚すぎませんかね」


 俺の半身はナグルからそらしていた。

しかし、わざわざ俺の前に歩いてまで、向きなおろうとする。


「その分厚さは積み重ねであり――愛をく拙僧の贈り物だ!」


 ナグルに渡されたそれは――法律書。

受け取った瞬間、手首がズドンと沈む。


 完全に鈍器だ……。

“愚者のいましめ”が、ページの隅々にまで綴られている。


 礼を言いたくない、だが皮肉を言うのも子供扱いされそうで嫌だ。

だが、我慢できずに口を開いてしまった。


「これを愛と言うなら、転職をお考えになったらいかがですか?」


 皮肉を込めて言ってしまった。

もう、この分厚い一冊をもらったなら、それで十分だ。


 だが、ナグルはやはり余裕の笑みを絶やさない。

クルクルと回り始めた。

手つきだけ踊っているように見えて、ただ回り続ける、小手先のような踊りを見せた。


「その前に! あの血縁主義の坊ちゃんが、どうやら拙僧を“高尚こうしょうな社交界”に招待してくれたようでね。法廷という舞台で踊ることになったのだよ」


 冗談めいた口ぶりに反して、「法廷」の一語が、場の空気を凍らせた。

ナグルも裁判に呼ばれているらしい。

その信用性のない行動を見れば、明らかだ。


「その“招待”が、俺にとって良いものなら話は別ですけどね。教師の管轄も、難儀なもんですね」


 更に皮肉を込めて話す。

どうせ、信用されていないのは、俺かお前の方だ。


「……あなたは、関係していませんよね? 本ッ当に、そうなんですね?」


 テレイアが厳しい視線をナグルに向ける。

――それは、俺に向けた問いじゃない。

あくまで【呪法学科の変人教師】に対する、最終確認だ。


「問題となった詠唱を告発者に聞いたが、やはり順番が間違ってる。本来、現代で通じる口語とは違う並べ方なのだよ」


 ナグルの口調が、唐突に専門家のものへと変わる。

石化魔法の詠唱を知っていると認めているようなもので危険極まりない。


 だが、さすがに使用しようという意志は無いらしい。

黄色に光る目が静かに物語っていた。


「……それを俺に教えて、大丈夫なんですか?  並び替えれば正解に――」


 疑念を口にした瞬間、ナグルは即座に首を振った。


「大間違い。それが分かるようになるには、その法律書を文章の暗記ではなく、理解すること! そして鵜呑みにするのではなく、自分自身で考えることも忘れずに!」


 肩を叩かれ、無遠慮に揺らされる。

笑いながら、だが瞳だけは鋭い。

「お前はもう間違えているぞ」と言いたげな様子だった。


「はい……」


 浅はかな答えだった。

石化魔法を知る事さえ、過ちだと知らされた。


 沈むような声が漏れる。

再び訪れた沈黙の中、俺の手に残されたのは分厚い“重み”だけだった。


「頑張りたまえよ。君はまだ戒める側――だが、魅惑的な知識は、君を【愚者】に堕とすかもねぇ?」


 奴は手を振りながら、足で扉を開けた。

その態度をテレイア師範が声を挙げて注意する。

ナグルは平謝りして去っていった。


 俺は呪縛魔法の行使なんかより、知りたいことがある。

――なぜ禁忌きんきが、戒められたのか。

その裏にある“愚者の心理”を。


 過ちを認め、真っ当に生きようとする愚者と、認めない愚者の待遇は同じなのか?


 “愚者”が“賢者”に還る道。

ドトリアの兄の結末が、少しは示してくれるか――?

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