二階から目薬が飛ぶ

崇期

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 なぜわたしは、ベランダから放り投げられたのでしょうか?


 あるものは言いました。仕事のため家を出た、目を酷使するような職業についていらっしゃる旦那さんが愛用の目薬を忘れたので、奥さんが渡してやろうとしたが、階段をおりて追いかけるのがめんどうになったので、投げたのではないかと。


 ということは、わたしは忘れ物の目薬であり、旦那さんの愛用の目薬ということなのか。


 あるものは別のことを言いました。一人暮らしの女性の家に忍び込んだ悪いやつが、目薬に盗聴器を仕込んで薬箱に隠した。それに気づいた女性が盗聴器ごと投げ捨てたのだと。


 ということは、わたしは悪いやつが持ち込んだ目薬であり、盗聴器を仕込まれた目薬なのか。


 また別の誰かはこう言いました。空き瓶に手紙を入れて海に流すの。メッセージボトルと言うのよ、と。


 ということは、わたしはメッセージを書き込まれた目薬であり、誰かに拾われることを夢見る目薬なのか。


 こんなことを言うものもいました。「ちくしょう!」と言って、力任せに石を投擲とうてきしなければならないような、青春とはそんな苦々しい一面もあると。


 ということは、わたしは誰かに八つ当たりされた目薬であり、青春の犠牲になった目薬なのか。


 まさかとは思ったのですが……。毎日毎日、工場で生産され、出荷される──そんな運命、嫌んなっちゃうよって言って、自分から飛び出して行ったんじゃないか。『二階から目薬』……なーんつってねー、とか言っちゃってさ、と誰かが教えてくれたのです。


 ということは、わたしは記憶喪失の目薬であり、反逆者の目薬ということですね……。





 

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二階から目薬が飛ぶ 崇期 @suuki-shu

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