狂戦士とゴブリン(?)


 しばらく森の中の道を進んでいくと、やがて道が二股に分かれている。


「あれ、地図には大樹って書いてあるけどこれ言うほど大樹かな?」


 道の別れ際に生えている樹は周りの木よりも気持ち大きいが、大樹と言うほどではない気がする。とはいえ道は目の前ではっきり二つに分かれている以上、地図の分かれ道もここなのだろう。私はそこを西っぽい方向へ曲がると、また少し歩いて森が開けてくる。きっとここがベルド山なのだろう、目の前には大きな山が聳え立っていて、足元にはごつごつした岩が転がる斜面が広がっていた。


「さて、問題はゴブリンの巣穴がどこにあるのかだけど……」


 ミレーヌはそこまで見つけるのが難しい場所にあるようなことは言っていなかったし、すぐに見つかるだろう。もしゴブリンが現れたら何か不愉快なことを言われる前に叩き潰してやる、と周囲を警戒しながら私は進んでいく。

 斜面を歩いていると、不意に遠くから物音が聞こえた。ゴブリンだろうか、と私は棍棒を抱えながらそちらへ歩いていく。近づくと人間よりも低くて重々しい声で何か話す声が聞こえてくる。さっきのゴブリンたちのきぃきぃ声とは少し違う気もするが、私はたまに生えている樹や岩陰に隠れながら近づいていく。


 するとそこには私の二倍ぐらいはありそうな、頭に角を生やした大柄の魔族が数体いて、何かの動物の肉を分け合って食べているのが見えた。

 それを見てさすがに私は首をかしげた。あれ、ゴブリンってこんなに大きかったっけ? 少なくともさっき私が戦った奴らは私の半分ぐらいだったけど。それともこれが群れの中に現れる強力な個体というやつだろうか?


 が、私が迷っているうちに敵の方がこちらをぎろりと振り返る。気づかれた以上は相手が何だろうかと考えている暇はない。私は棍棒を構えるとゴブリン(?)たちの方へ走っていく。

 それを見てゴブリン(?)たちも一斉にこちらへ向かって棍棒を構えた。先ほどのゴブリンたちが使っていた棒切れとは違い、私の身長ぐらいありそうな太い木材だ。

 それにしてもさっきから魔族と出会うたびに棍棒を振り回しているんだけど。やっぱり棍棒ってどっちかっていうと人間より魔族の武器だよね? さっきのゴブリンたちに魔族と間違えられたのもそれが原因なんじゃ? 戦いの前だと言うのに私の脳裏には次々と疑念がこみあげてくる。


「グォォォォォォッ!!」


 そこへゴブリン(?)たちは咆哮を上げながら襲い掛かってくる。さっきのゴブリンたちは不愉快な甲高い声だったけど、こいつらはドスのある低い声を発している。怪訝に思ったものの敵が間近に迫っている以上やるしかない。


「やあああああああっ!!」


 敵に負けないぐらいの声をあげながら私も棍棒を振り回す。そしてゴブリン(?)の棍棒と私の棍棒がぶつかった瞬間。

 ゴッ、と鈍い感触がしたかと思うと次の瞬間には敵の棍棒は敵の手から離れて宙を舞っていた。それを見てゴブリン(?)は一瞬何が起きたか分からずに目を白黒させる。どうやら身長が私の二倍あっても所詮ゴブリンはゴブリン。大した強さではないらしい。


「喰らえええええっ!!」


 呆然とするゴブリンに棍棒が命中し、苦も無く叩き潰す。よし、まずはこれで一体。

 それを見て他のゴブリンも私に襲い掛かってくるが、所詮ゴブリンだけあって動きはそこまで速くない。戦闘に不慣れな私でも落ち着いて対処することが出来る。

 ゴブリンのうちの一体が勢いよく私に向かって棍棒を振り下ろすが、私は難なく自分の棍棒で受け止めると、そのまま力任せに押し返す。ゴブリンの貧弱な体躯では私の反撃を支えることは出来ず、あっさりと体勢を崩したところにとどめの一撃を叩き込む。


「グギャァァァァァァッ!?」


 凄まじい断末魔を上げて二体目のゴブリンも地面の染みとなる。

 それを見て今度は残ったゴブリン二体で同時に攻撃してきたが、私は力任せに棍棒を横薙ぎに振るう。敵の棍棒とぶつかった瞬間、二本まとめて敵の手を離れていった。


「っ……!?」


 完全に力負けして呆然とするゴブリンたちに私は次々ととどめを叩き込む。こうしてその場にいたゴブリンたちはどうにか全員討伐することが出来た。


「ふぅ」


 呆気ないと言えば呆気ないが、初めての依頼ならこんなものか。


「あ、そう言えば巣穴までちゃんと掃討しないといけないんだっけ」


 一息ついた私はミレーヌから言われたことを思い出し、一応奴らの巣穴を探す。近くに何者かが暮らしていた痕跡のある洞窟を見つける。幸いあいつらで全部だったのか、中には他のゴブリンの気配はなかった。


「せっかくだしここでご飯食べていこっと」


 ちょうど時間もお昼ごろだったので私はギルドで買ったお弁当を食べる。冒険者用に日持ちのする食材で作られているためか、干し肉や乾パンなど硬いものばかり。今まで食べていた貴族令嬢時代の食事と違って正直言うとあまりおいしくはないが、初めての依頼をこなした疲れと達成感も合わさって不思議と気分は悪くない。それに外で食べるご飯もピクニックみたいでおつなものだった。




「ただいま戻りました~」


 夕方ごろ、ギルドに戻った私はミレーヌの元へ向かう。

 彼女は私の顔を見て少しほっとしたように言った。


「お疲れ様でした。初めての依頼でしたが大丈夫でしたか?」

「ええ、もちろん!」


 途中でゴブリンたちに魔族扱いされた件は思い出すだけで不愉快だが、もちろんそんなことは絶対言わない。


「それは良かったです。ただのゴブリン退治とはいえ冒険者には常に不測の事態がつきものですからね」

「いえいえ、不測の事態なんて何もなかったわ」


 最初の印象を挽回すべくお嬢様っぽく答えるとなぜか首をかしげられる。


「ではゴブリン討伐の証拠を見せてください」

「ああ、それならかさばるから表に置いてあるわ」

「かさばる?」


 それを聞いてミレーヌは再び首をかしげた。確かに普通ゴブリンって小さいからそんなかさばることはないか。


「ええ、私が戦ったゴブリンはちょっと大きかったもので」

「大きかった? よく分かりませんが、とりあえず見せてもらいますね」


 多少困惑しつつもミレーヌは私と一緒にギルドの入り口へと戻る。

 そこには私が倒した四体のゴブリンたちが使っていた棍棒が置いてあった。あいつらの角(そう言えば最初に戦ったゴブリンには角なんてなかったな)とかを切り取ってくればコンパクトだったんだろうけど、死体から角をむしりとるなんて野蛮なことは私には出来ない。だからかさばるけど棍棒を四本持ってきたという訳だ。木が茂る森の中を四本の大きな棍棒を持って数時間歩いて帰るのは、ある意味ゴブリンを倒すよりも重労働だったかもしれない。

 が、それを見たミレーヌの表情が急速に困惑に染まっていく。。


「あの、シルフィアさん……?」

「ん、何かしら」

「これどう見てもゴブリンの武器じゃないんですけど」

「でも私が倒したゴブリンはやたら身体が大きくて、私の二倍ぐらいあって……」


 私が説明するにつれ、ミレーヌの表情はどんどん引きつっていく。


「あの、それ本当にベルド山にいたやつですか?」

「そりゃあ地図通り、街道を西に進んで森に入って、その後分かれ道をまた西に……あっ」


 そこまで話したところで私の脳裏で急速に何かが繋がっていく。

 分かれ道にあった、大樹というには微妙な樹。

 私が倒した妙に大きく、声が低く、角が生えたゴブリンたち。

 そう言えば私、森の中でゴブリンたちを掃討する間に随分走り回ったっけ。


「もしかしたら森の中で迷子になっちゃって森から出る道を間違えたかも……」

「やっぱり! だってこの棍棒の大きさ、それに身長が倍ぐらいあるってどう考えてもオーガですよ!」

「あっ……」


 そう言われて私は教科書に載っていたオーガの特徴を思い出す。あの時は冷静に考える間もなく襲われたから気づかなかったけど、大きさだけでなく、牙や爪などの身体的特徴も思い返してみるとオーガそっくりだ。

 うわっ、ゴブリンにブチキレて道を間違えた挙句ゴブリンを倒してオーガを倒してきちゃうなんて……。

 私が自分の迂闊さ加減に落ち込むと、なぜかミレーヌは賞賛の声をあげる。


「わぁ、さすが“狂戦士(バーサーカー)”です! 一人でオーガ四体を倒して帰ってくるなんて! オーガって本来は一体を一パーティーで囲んで倒すような魔物ですよ!? それを一人で四体、しかもオーガとゴブリンの区別がつかなかったんですよね!?」

「いや、それは……」


 確かにそうなんだけど、その言い方だと語弊があるような……。が、彼女の声が大きすぎて、私が訂正する前に周囲にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらへ向く。


「え、オーガなんて弱すぎてゴブリンと見分けがつかなかった!?」

「いくらギフトを持っているとはいえ初めての冒険でそれかよ」

「まじもんの“狂戦士(バーサーカー)”じゃん」

「そんな、私はただ……」


 必死で言い訳しようとするがうまい言葉は出てこないし、皆勝手に盛り上がって誰も私の話に聞く耳を持ってくれない。

 ああ、どんどん私の清楚な冒険者ライフが遠のいていく……。

 もう、オーガならオーガってそう名乗ってくれれば良かったのに!


「パーティー申請出そうかと思ってたけどやっぱ俺じゃ釣り合わねえわ」

「さすが“最狂の破壊神”、格が違うぜ」

「その名前で呼ぶなぁぁぁっ!!」

「あぁっ、破壊神様、ギルド内で暴れないでくださいっ!」


 こうして不本意ながらも私は新人冒険者ながらもギルド内で一躍有名になってしまったのだった。

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