狂戦士とゴブリン
「ところで、せっかくですから仲間が決まるまで簡単な依頼を受けていきませんか?」
ギルドの受付に戻ると、ミレーヌが提案する。
「でも経験なしの私が依頼なんて受けて大丈夫かな?」
「そうですね、本来はシルフィア様の実力ですとかなり高報酬の依頼を受けていただくことになり、その場合は単独だとなかなか厳しいでしょう。ですが初心者用の依頼でしたらむしろシルフィア様の実力だと簡単にこなせるはずです」
「ふむ……」
「あ、もちろん報酬は安くなってしまうので無理にとは言いませんが」
なるほど、仲間を集めるとはいえ完全未経験よりは簡単な依頼をこなしたことがあった方がいいだろう。それに今の私はこれまでやっていた学問や手習いやパーティーへの参加が全部なくなり、しかも実家を出て宿に滞在しているため時間を持て余している。せっかくだから依頼を受けてみてもいいかもしれない。
「分かった、じゃあ初心者向けのをお願い」
「でしたらこちらの、ベルド山のゴブリン退治をお願いします」
ゴブリン、いかにも初心者向きの依頼といった感じだ。
物語の中ではしばしば最初の敵として現れるし、魔物の教科書では大体最初のページに載っている。個々の戦闘力は大したことはないが驚異の繁殖能力を持ち、さらに数が増えてくると上位の個体も自然発生するようになる。そのためゴブリン退治の依頼は尽きることがないらしい。
「ゴブリンはベルド山の山麓に巣を作っているようですが、もしかしたら道中の森にも出没するかもしれないので道中も油断無きよう。それから、討伐対象を倒した場合はお手数ですが証拠をお持ちください」
「証拠?」
「はい、依頼を達成したという証です。一般的には敵の身体の部位や武器などが多いですね」
確かにいちいちギルド職員が現地まで確認しにいく訳にはいかないか。
なるほどと思いつつ魔物の身体の一部を持ち帰るなんて野蛮だなと思ってしまう。
「あ、地図もお渡ししておきますね」
「あ、どうも」
さっきは色々言ってしまったがミレーヌは基本的には有能な受付嬢らしく、きちんと初心者に必要なことを教えてくれる。
渡された地図を見ると、王都を出て西にまっすぐ進み、二股に分かれているところを北に進んで森に入り、大樹の前で二股に分かれた道を西へ進んだところがベルド山らしい。
「分かりました。では行ってきます」
「ではお気をつけて。ちなみにうちではお弁当も取り扱っているのでよろしければどうぞ」
最後には抜かりなく宣伝もされ、私は初めての依頼に送り出されるのだった。
「わぁ、すごい!」
王都を出た私は辺りに広がる平野を見て感動の声を漏らす。これまで馬車で何度か通ったことはあるが、自分の足で歩きながら周囲の景色を見るのは初めてだった。
あの事件以来優雅な公爵令嬢ライフを破壊されたことに怒りを覚えてきたが、周囲に広がる畑とその先に続く原っぱを間近で見ると少しだけ気持ちが癒される。それに今までは気にも留めなかったが、街道には旅人や商人など色んな人が歩いている。
そんな風景を眺めつつ歩いていくとやがて道が二つに分かれる。街道自体はそのまま西へ続いているが、北にある森に向かって枝分かれしている形だ。私は地図通り北へと向かっていく。
森の中は鬱蒼と植物が生い茂り、虫やトカゲがちょこまかと動き回っている。深窓の令嬢たる私にとってはなかなか不愉快……かと思いきや、意外にもすぐに慣れてしまった。
少し進んでいくと、やがて道は森の中の少し開けた空間へと出る。そこには褐色で人間の半分ほどの体躯の二足歩行の目つきが悪い魔物、ゴブリンが何体かたむろしていた。教科書に描かれていた絵と比べて実物は数段気持ち悪い。
「出たなっ!」
私は素早く棍棒を構える。
同時にゴブリンたちも私に気づき、奇声を上げながら足元にあった棒切れを拾って私に向かって構えた。とはいえゴブリンたちはそもそも体躯が小さい上に棒切れもちょっと太い木の枝でしかなく、私の棍棒に比べて迫力不足は否めない。まあゴブリンに迫力で勝っても嬉しくも何ともないけど。
とにかく、これが私の冒険者としての初陣。幸いこの森の中なら誰かに見られてる訳でもないし、遠慮なくこれを使うことが出来る。
「ゴブリンめ、覚悟っ!!」
そう言って私が思い切り棍棒を振り上げた時だった。
突然、私が狙いをつけていたゴブリンは棍棒を捨てるとその場に崩れ落ちる。
「……え?」
その様子は人間で言う土下座に見えなくもない。奇妙な様子に私は思わず攻撃の手を止める。相手に許しを請う時の動作は人間も魔族も共通なのだろうか? だがそれだけではなかった。
「ヒェェェッ、イノチダケハ、イノチダケハァ!!」
不意にゴブリンは頭を下げてつたない言葉で私に話しかけてくる。と言ってもこれは私たち人間が使う言葉ではない。
「すごい、魔族語って初めて聞いた!」
公爵令嬢としての教養には歴史や地理、文学だけでなく言語も含まれる。そのため私は古文から隣国の言葉まで様々な言語を学んだが、その中には魔族語も含まれていた。もちろん実際に使うために学んだ訳ではなくあくまで教養として基礎を軽く勉強しただけだったが、幸いゴブリンもそこまで難しい文法を知らなかったため、聞き取ることが出来た……って、何も幸いじゃない!
「いやおかしくない? 魔族って基本的に人間に敵対的で融和は望めないって教科書に書いてあったけど!」
仮に私とこいつらの間に圧倒的実力差があったとしても、「じゃあ敵対するのをやめておくか」と判断するような理性はほとんどの魔物にはないとされている。だからこそ繁栄を極めるイグニカ王国でも小規模な魔物の被害はなくならない、と聞いたのに。
「オマエ、カッテニコウサンスルナ」
「ソウダ、アイツ、ニンゲン。ニンゲン、マルカジリ、ウマイ」
他のゴブリンも困惑した様子を見せる。不本意ながらこいつらの言っていることの方がゴブリンとしてはまともだろう。
が、土下座したゴブリンは言った。
「アイツ、ニンゲンジャナイ。マゾクノ、ヤバンナニオイスル」
「あぁっ!? 誰が魔族の野蛮な匂いだこらぁ!?」
ゴブリンの失礼すぎる発言に思わず全身から殺気が溢れてくる。とはいえ咄嗟に口から出てきたのは人間の言葉であり、ゴブリンには通じないはずだったが……
「ヒェッ!? タシカニサッキスサマジイ!!」
「コレハニンゲンジャナイ!」
「ニンゲンニギタイシタマゾク!」
そう言って奴らは次々と武器を捨ててその場に膝をつく。
そうか、確かにゴブリンは人間との融和は望めないけど私が魔族だと思われてるのなら辻褄が合う。それでいきなり魔族語で話しかけてきたのか……じゃないっ!
「おい、誰が人間に擬態した魔族だ、誰がっ!?」
「アットウテキ、ツヨサ」
「オレタチ、リーダーホシイ」
「リーダーニナッテクレ」
基本的に魔族は人間のような社会を作らない傾向にあるがゴブリンたちは例外で群れの中の強い個体、もしくは強力な魔族が現れるとそれをリーダーに群れを作ることもあると言う。要するにこいつらから見ると私は強力な魔族ということらしい。
「こんな可憐な貴族令嬢のどこが魔族に見えるんだ、どこがっ!」
「ヒィィィィィッ!?」
くそ、ゴブリンにまで馬鹿にされるなんて。
絶対に許さない!
「誰がお前らのリーダーなんかになるか!」
私は怒りに任せて棍棒を振り上げるとゴブリンたちめがけて勢いよく振り下ろす。重鉄で出来た棍棒はかなりの重量だったが、振り下ろす時はそれが全て力に変わる。
ドゴォッッッ!!
ぶつかった瞬間、凄まじい音と衝撃が響く。
棍棒はゴブリンの身体を叩き潰しただけでは飽き足らず、そのまま地面にめりこんだ。
「ヒェェェェェッ!?」
「ヒィィィィィッ!?」
それを見てゴブリンたちは散り散りになって逃げだす。
とはいえここまでこけにされた以上逃がす訳にはいかない。
「喰らえええええっ!!」
「ギャァァァァッ!?」
今度は横薙ぎに振るわれた棍棒がゴブリンを木の幹に叩きつけると、勢い余ってメキメキと幹にひびが入ってしまう。この武器、どう考えてもゴブリン相手にはオーバースペックだしこんな森の中で使うものじゃないんだけど……。
とはいえ奴らを逃がす訳にはいかない。私は次々とゴブリンを地面や木の幹に叩きつけていく。そして最後に残った一体は必死に木を登って枝の上へと逃れようとしていた。私はギフトによって腕力と体力は強くなったがそれ以外の運動神経はからっきし。木登りは難しいし、仮に出来たとしてもゴブリンに追いつくことは難しいだろう。
となれば……
「逃がすかっっっっっ!!」
私は思いっきり棍棒を振るうとゴブリンではなく木の幹へと叩きつける。
ズシィィィィィン!!
重たい感触とともに棍棒が幹にめりこむ。次の瞬間木はゆっくりと折れ、上半分が倒れ始めた。それを見て枝に捕まっていたゴブリンの顔はみるみる青ざめていく。しかしどうすることも出来ず、木の上半分とともにゆっくりとこちらへ落ちてくる。
「これで終わりだあああああっ!!」
「ギャァァァァッ!?」
こうして最後のゴブリンも無事森の肥やしとなった。
「はぁ、はぁ……」
ようやく私を馬鹿にしたゴブリン退治が終わり、私は額の汗をぬぐう。
そして今更ながらはっとした。
「今の私の行動ってお淑やかな貴族令嬢からは程遠かったのでは? いや、でもゴブリンは繁殖能力が高いから見つけたら根絶させた方がいいって教科書にも書いてあったし、それに今のは誰にも見られてないからセーフなはず!」
私は誰にともなく言い訳する。そう、今のは怒りに我を忘れたのではなく冒険者として魔族を根絶しようとしただけ!
私は一息ついてから本来の依頼場所であるベルド山へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます