狂戦士と棍棒
「実は私、ある貴族の生まれで故あって冒険者をすることになりまして。でも実家の人にも評判が耳に入るかもしれないので、見栄えのいい武器を使いたいのです」
必殺、貴族であることをアピールする戦法。あまり使いたくはなかったが聖剣のためなら仕方ない。そんな私の熱意に打たれたのか、気難しい顔をしていた店主の表情がほっと弛む。
「そうか、おぬしも苦労しているんだな」
「はい、ですから……」
「でも大丈夫だ。例え生まれが何であろうと冒険者になれば関係はない。冒険者はこの国でもかなり珍しい、完全実力主義の世界だ。だから遠慮なく自分に合った武器を使えばいい」
まずい、完全に押されている。
そもそも”
ちなみに持っていないギフトを持っていると言うことはこの国の法律では重罪となっているので出来ない。
「遠慮することはない。わしがお嬢さんに最適な棍棒を選んであげよう」
「ちがああああああうっ!! だから遠慮とかじゃないんだってばっ!!」
あまりに的外れな店主の言葉に思わず貴族らしからぬ言葉遣いが出てしまう。とはいえ私は先ほどからの店主とのやりとりですでに我慢の限界を迎えていた。
「え、えぇ……?」
「さっきから何も遠慮なんてしてないの! 私が聖剣がいいって言ってるの!」
「だが聖剣はおぬしに合った武器では……」
「でも聖剣がいいって言ってるの!!」
もはや論理も全てかなぐり捨て、ひたすらだだをこねる私。
こんなクレーマーみたいな人にはなりたくなかったけど、こっちだって今後の人生がかかっているのだから仕方がない。
そしてそんな私にゴルドは一歩も退かずに反論する。
「そうはいかない! お嬢さんは戦いの経験なんてないだろうが、戦闘ではちょっとの動きの遅れが命とりになる! わしは自分の客にそういう思いをさせたくないから、一番合ってる武器を売ると決めているのだ!」
くっ、何と見上げた職人気質!
人としてはとても尊敬出来るけど、でも……。
私はちらっと店に置いてある棍棒を見る。
やっぱりあんなの私には似合わない!
「それはあくまでギフトの話でしょ!? ギフト以外にも生まれとか性格とか好みとか色々あるって言ってるの!」
「ふむ……」
そう言って店主は少し考え込む。
よし、ようやく考え直してくれて……
「大丈夫だ。おぬしは性格も棍棒がよく似合ってる」
「どういう意味だ!? まずはお前を棍棒の錆にしてやろうか……はっ!? 違うんです、今のは……」
しまった、あまりに失礼なことを言われて思わず口が滑ってしまった。
こういう風に怒鳴っちゃうせいで余計に”
が、怒鳴られたゴルドはなぜか気分を害するどころかにこにこと笑っていた。
「おお、その意気だ! お嬢さんのような天性の”
「だから棍棒はいらないって言ってるでしょ!?」
「いや、最初はちょっと”
「そういう問題じゃないしそこはお代をとれよ! 一流の店主がどうとか言ってたけど店主としてただであげちゃだめでしょ!」
が、そんな私の突っ込みにゴルドは軽く首を横に振るとしみじみとつぶやいた。
「お嬢さんと話していて実感した。わしは店主である前に鍛冶屋なのだ、と」
「勝手にいい話風にするな!」
「鍛冶屋にとっては自分の傑作をふさわしい人に使ってもらうことこそが一番の幸せなのだ」
くそ、何かいいこと言ってるのが逆に腹が立ってくる……。
「ちょうどこの間自信作の棍棒が出来てな。とってくるからちょっと待っててくれ」
はぁ、何でこうなってしまうんだろう。
いっそ今の隙に違う店に行ってやろうかとも思ったが全力で突っ込みすぎたせいで息が上がってしまっている。こうなったらせめて出来るだけ優雅で清楚な棍棒だといいんだけど……。
「お待たせした。これがわしの最高傑作”滅殺殴潰丸”だっ!」
「げっ……」
ゴルドが持ってきた棍棒の名前にドン引きした私だが、実物を見てさらに絶句する。
彼が持ってきたのは一メートルほどの金属製の棒なのだが、表面にはごつごつとした鋲のようなものがびっしりとついている。しかも材質はただの金属ではない。鋼の中でも特に丈夫で重みがある、重鋼だろうか? これで殴られたらとにかくめちゃくちゃ痛いだろう。
最悪だ。こんな武器を使ったらもう一生清楚な貴族令嬢に戻ることは出来ないだろう。
「見てくれ、鉱山の知り合いから取り寄せた純度の高い重鋼にわしが丹精こめてとりつけていった鋲を! これで殴られればどんな頑丈な身体を持つ魔物でも、重鉄の重みによる衝撃と鋲からくる刺激で立っていられないだろう! これぞわしの最高傑作”滅殺殴潰丸”だ!」
「……」
最悪だ。ゴルドの解説を聞いて私は突っ込みを入れる気力すら失ってその場に崩れ落ちる。
が、そこで私は起死回生の一手を閃いた。私は観念した振りをして棍棒(名前は呼びたくもない)へと手を伸ばす。
「わぁ、そんな素晴らしい武器をありがとうございます。きゃ、でもこれ重くて持てません~!」
ゴルドの手から棍棒を受け取ろうとして、私は持ちあがらない振りをする。
それを見てさすがのゴルドも困惑したようだった。
どうだ、いくら何でも客が持てない武器を売ることは出来ないだろう。さらにそんな私に武器を売りつけようとしていたということで見る目のなさを露呈させ、諦めて聖剣を売らせてみせる。これぞ私の完璧な戦略、起死回生の一手!
が、その時だった。
「きゃっ、こんなところにゴキブリが!」
突然店内にいた客が恐ろしいことをつぶやく。
「ぎゃあああああああっ!?」
使用人がたくさんいるきれいなお屋敷育ちのご令嬢である私が一度しか見たことがないその存在。しかしそいつはその一度だけで、こうして名前を聞くだけで絶叫してしまうほどの恐怖を私の脳裏に刻んでいった。
「あ、ただの床の染みだった」
「どれだけ人騒がせな見間違いよっ……あっ」
人騒がせな、と思いつつほっとした私。
が、そこで私はふと重要なことに気づいてしまう。大きな悲鳴をあげた私の手でしっかりと棍棒が構えられていることに。
「あの、その、これは違くてですね……」
「おお、わしの”滅殺殴潰丸”を軽々と持ち上げるとは! さすがわしの見込んだお嬢さんだ、是非それでたくさんの魔物を倒してくれ!」
「……」
こうして私はなぜか上機嫌のゴルドに見送られ、死んだ目で武器屋を後にするのだった。
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