狂戦士と聖剣

 さて、チンピラの件は不幸な事故であったがそこから学ぶことが一つある。

 それは屋敷の外に広がる荒んだ世の中、か弱いお嬢様が一人で歩いているとああいうやつらに絡まれるということだ。仲間の一人でもいればいいのかもしれないが、屋敷の人々の私を見る怯えた目を思い出すと、そんな人と一緒に行動したくはない。

 となるとやはりここは武器を持って冒険者になるしかないだろう。冒険者というのは簡単に言えばギルドに所属して魔物討伐や護衛、危険な場所での採取などを行い、報酬を受け取る仕事だ。

 世間知らずの私がうまくやれるかは分からないが、どの道”狂戦士|バーサーカー”でなれる職業なんて、アングラなものを除けばそれしかない。


 王都の商業通りに向かうと、そこには武器屋に限らずたくさんの店が並んでいる。基本的に貴族は家ごとに懇意にしている御用商人がおり、おおむね彼らが屋敷に物を届けてくれる。そのためこうして店に行って買い物をするという経験はほとんどなく、たくさんの店から目的の店を選ぶというのは初めてだ。

 出来ることなら全部の店を回ってから決めたいが、王都に詳しくない私ではどれだけ時間がかかってしまうか分からない。その間にまた変な奴らに絡まれても面倒くさいので、私はその中から適当に店構えが大きいところに入る。


「すごい……!」


 中に入ると棚や壁には所狭しと様々な武器が陳列されていた。やはり武器と言えば剣と槍が人気らしいが、槍はどちらかというと集団で戦うのに向いており、主に兵士が使う武器だろう。

 そう思った私は剣を眺める。

 剣と言っても大きさや形状は様々で、片手剣と両手剣に始まり、曲剣や双剣など様々だ。また、中には値段が張るが、魔法の力がこめられた「聖剣」もある。


 まばゆいばかりの白銀に輝く剣。

 高度な魔法術式が刻まれた剣。

 鞘や柄に意匠がこらされた剣。


 聖剣はどれも美しい見た目をしていて、それを見ていると私の荒んだ心も癒されていく。

 そうだ、冒険者と言えば荒くれ者のイメージはあったけど、こういう「聖剣」で戦う剣士だったら強さと優雅さを兼ね備えられるかもしれない。幸い家を出る時お金はたっぷり持たせてくれたのでいい武器を買うことが出来る。


「おやお嬢さん、聖剣をお探しかな?」

「はいっ!」


 元気よく頷いて振り返ると、そこには少し日焼けしてガタイのいい、いかにも鍛冶職人いう外見の男が立っていた。彼は武骨な顔で不器用な笑顔を浮かべていて、頑固な職人がどうにか愛想よく振る舞おうとしているようで私は好感を抱く。


「わしはここの店主で鍛冶もしているゴルドだ」

「是非私に合う聖剣を見繕っていただけませんか」


 するとゴルドはしばしの間私の身体を見つめ、少し困ったような表情になる。


「見たところ武術の心得はないようだが……。聖剣は強いが扱いが難しく、初心者向けの武器ではない」


 うっ、いきなり痛いところを突いてくる。


「大丈夫です、そこは気合でどうにかしますから」

「だが初心者ならお金もないだろうし普通の片手剣から……いや、聖剣をぽんと買えるほどの財力、もしやギフト持ちか?」


 まずい、また”狂戦士|バーサーカー”だとバレたら心無い偏見に晒されるかもしれない。

 ぎくっ、とした私はあいまいに笑いながら答える。


「えぇ、まあそんなところです」

「一体どんなギフトを持っているんだ?」

「ま、まあそれはいいじゃないですか」

「何を言う、おぬしに合う聖剣を見繕うにはギフトを知る必要があるに決まってるだろう」


 くっ、ぐうの音も出ない正論だ。

 ”狂戦士|バーサーカー”であることをばらすのは恥ずかしいが、ここは使いやすい聖剣を売ってもらう方が大事か。


「分かりました。でも冒険者にとってギフトの情報は重要ですから他の人には秘密にしておいてくださいね」

「? 普通冒険者は名声のためにギフトの情報をひけらかすものだが……まあいいだろう」


 首をかしげたものの、一応頷いてくれるゴルド。

 とはいえ彼は鍛冶屋だし、”狂戦士|バーサーカー”というギフトにもそこまでの偏見は抱いていないはず。

 私はそう自分に言い聞かせ、緊張しながら告げる。


「私のギフトは……”狂戦士|バーサーカー”です」

「ば、”狂戦士|バーサーカー”!?」

「しっ、ちょっと声がでかいです!」


 店主の口から思ったよりも野太い声が漏れて周囲の客がこちらを見る。

 もう、秘密にしてって言ったのに。


「ああ、すまないすまない。少し驚いてしまってな」


 とはいえ驚きこそするものの、他の貴族や使用人たちのように変な視線で見てくることもない。さすがは武器屋だ。このお店に着て良かっ……


「ふむ、しかし”狂戦士|バーサーカー”なら剣よりも棍棒がおすすめなんだが」

「こ、棍棒!?」


 それを聞いて私の期待は一瞬で消し飛んだ。

 どこの世界に棍棒を振り回して戦う貴族令嬢がいるだろうか?

 棍棒を振り回すなんてどう考えてもチンピラ、さらに悪ければ魔族のイメージしかない。

 ただでさえギフトで野蛮だの何だの言われるのにそんな武器を使う訳にはいかない!


「いえ、私に合う聖剣を見繕ってください」


 私が断固とした意志で言うと、ゴルドは困ったように頭をかく。


「だが、”狂戦士|バーサーカー”は技巧よりも腕力に秀でたギフト。それにお嬢さんは武術の経験もないようだし、技巧が問われる剣よりもシンプルに力で振り回すだけの棍棒の方が向いてるような……」


 くっ、さすが鍛冶屋だけあって戦闘用ギフトや武器について詳しい。とはいえ私にも譲れないものがある。


「いえ、私に合う聖剣を見繕ってください」


 が、私の頑なな態度にゴルドもむっとした顔をする。


「そういう訳にはいかん。わしにはお客様に一番合った武器を提供するというプライドがある」

「そんな、店主なら客が求める物を売ってくださいよ」

「違う! 客が求める物を売るのは二流だ! 一流の店主はお客様に一番合った武器を提供してこそだ! 最近は客の実力を無視してとにかく高い武器を売りつける武器屋も多いらしいがわしはそんなの認めんぞ!」


 くっ、面倒な職人気質を発揮しやがって。

 いや、本来は素晴らしい心得だとは思うんだけど……。

 まずい、このままだと本当に棍棒を売りつけられてしまう。私は必死で反論を試みる。


「確かにギフトに合うのは棍棒かもしれませんが、武器というのはただ敵を倒すだけの物ではありません。その人の生きざまにも関わってくると思います。例えば集団で戦う兵士であれば多少剣の腕が立っても槍や弓が求められるように」

「なるほど、確かにそれは一理ある。それでお嬢さんは何をするつもりなのかな?」

「冒険者です」

「うむ、それなら棍棒で何の問題もないな」


 くっ、せっかく私が考えた言い訳が一秒で論破された……。

 そうだけど、実際冒険者が一番見栄えよりも強さが問われる世界な気はしてたけれども!

 こうなったら多少見苦しいが、こうするしかない。


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