狂戦士とチンピラ
「はぁ、これからどうしよう」
そんな訳で王都に出てきた私だが、特に行く当てもなく、かといって人通りの多いところにいると邪魔になりそうなので裏路地で途方に暮れていると。
不意に数人の足音が左右から近づいてくるのが聞こえる。
「お、随分身なりのいい女がいるじゃねえか」
「こりゃ今夜は久しぶりにいい酒が飲めそうだぜ」
「へへ、ついでに”いいこと”も出来そうだ」
やってきたのは粗末な衣服に身を包んだいかにも悪そうな顔をした男たちだった。彼らは手に手にナイフを持ち、下卑た笑みを浮かべながら私を遠巻きに包囲するように立つ。
「なるほど、これが俗にチンピラとかならず者と呼ばれる人たちか」
「あ?」
私の言葉にチンピラの一人が不快そうに眉を吊り上げる。
「いや、たまに物語に出てくるのは読んだことがあったけど今まで遭遇したことがなかったので、実物のチンピラとはこういう感じなのかと」
今までの私は外出する時常にローレンティア家の者が誰かしら付き従っていた。そんな私に手を出そうとする者はおらず、正直物語の中だけの存在かと思っていた。物語の中だと結構定番な存在なのに実際に会うのは初めてなので何だかとても新鮮な気持ちになったというだけで他意はない。
が、そんな私の言葉に彼らは途端に激怒する。
「あぁんっ!? 何だぁてめぇ!?」
「身ぐるみ剥ぐだけで勘弁してやろうかと思ってたが痛い目に遭わせてやろうか!?」
彼らは次々と口汚くまくしたてる。
すごい、台詞まで物語の中のチンピラと同じだ!
が、怒りに燃える男たちの中で一人下卑た笑みを浮かべる男がいた。
「見たところ世間知らずのお嬢様のようだが……なかなか上玉じゃねえか。へへ、そのか弱い身体に気持ちいいことを教えてやるぜ」
「え、私ちゃんとか弱いお嬢様に見える!?」
下卑たチンピラの言葉だったが、嬉しくなった私は思わず聞き返してしまう。
屋敷では最終的にほとんどの人から化け物でも見るような目で見られるようになってしまった私だが、何も知らない人から見ればまだ貴族令嬢に見えるのだろうか。
「はぁ? 高級そうな服を着てこんなところでしょぼくれてるなんて、どっからどう見ても家出中の世間知らずで貧弱なガキじゃねえか」
「そうだよね? やっぱり私って可憐で儚くてか弱いよね!?」
チンピラの言葉に嬉しくなった私は思わず前のめりになって確認してしまう。一応普段着ているドレスみたいなひらひらした服ではなく、動きやすい服を着て出てきたけどやっぱり分かってしまうものなのだろうか?
「うるせぇ、誰もそんなこと言ってないだろうが!」
が、私の切実な確認はあっさりと一蹴してしまう。
「何だこいつ、やっぱりいいとこの生まれだと頭お花畑なのか?」
「もういい、面倒くさいしさっさとやっちまうぞ!」
「そうだ、さっさと黙らせるぞ!」
そう言ってチンピラたちは一斉に私に向かってナイフを突き出してくる。
そうだ、物語に出てくるチンピラというのは相手が弱者と見るや容赦なく暴力を振るってくる卑劣な集団。自分が可憐で儚くてか弱いお嬢様だと思われていたのが嬉しくてつい忘れてしまっていた。
「や、やっぱりお金なら出すので見逃してくださいっ」
「うるせぇ、散々俺たちを馬鹿にしやがって!」
別に馬鹿にしたつもりはなかったんだけど、チンピラは怒りとともに私の胸の辺りに容赦なくナイフを突き刺そうとしてくる。嫌だ、と思った次の瞬間。
ガシッ
「ぐぎゃあああああっ!? て、手首がぁぁぁっ!?」
私は咄嗟にチンピラの手首を掴んでいて、彼はまるで手首が折れたような苦しそうな悲鳴をあげる。私からすると文字通り赤子の手をひねるような手ごたえだったけど、そうか、これが”
「おい、どうした!?」
「くそ、このアマよくもやりやがったな!?」
やばい、今度は左右から同時に攻撃される。いくら力が強くなったとはいえ私には戦闘の経験なんてない。今はたまたま手首を掴めたが、複数の攻撃に同時に対処するのは難しい。
こうなったら……
「ご、ごめんなさいっ!」
私は手首を掴んだチンピラの身体をハンマーのように思いっきり振り回す。
「うぎゃぁぁっ、手首が千切れるぅっっっ!!」
「うわっ!?」「ぎゃあ!?」
チンピラの身体が凄まじい速度で振り回され、私に近づこうとしてきた残りのチンピラたちが弾き飛ばされていく。
地べたに尻もちをついた彼らは怯えるような目で、そう、屋敷で皆が私に向けていたような目で私を見てくる。
「な、何だこの化け物は!」
「少女の身体をしたモンスターめ!」
「何でこんなところをうろついてやがるんだ!」
悲鳴をあげながら次々と罵倒するチンピラたち。
くそ、こういう反応が嫌でわざわざ屋敷を出てきたっていうのに。
彼らの心無い言葉に身体の奥から怒りがこみあげてくるのを感じる。
「はぁ? お前たちの方から襲ってきた上に他人を化け物呼ばわり……失礼だろうが!」
「ひっ!?」「すみません、すみません!」
私の剣幕にたまらず頭を下げるチンピラたち。
が、私に手首を掴まれたチンピラだけは怯えた目でこちらを見ると、カチカチと顎を震わせながら小声でつぶやく。
「いや、だって成人男性を棒きれみたいに振り回すなんて本当に化け物じゃ……」
「うるさああああいっ!!」
バキッ!!
思わず近くにあった壁を殴りつけると、そこには大穴が空いていた。
それを見てチンピラたちの表情は凍り付く。
そして次の瞬間、
「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!!」
大声で叫びながら彼らは逃げていく。
元はと言えばあいつらの方から絡んできた癖に、一体どうすれば良かったのだろうか?
一人裏路地に残された私は途方にくれるのだった。
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