元勝ち組公爵令嬢の憂鬱

「はぁ、これからどうしよう……」


 王都の一角、人気の少ない路地で私はひっそりとため息をつく。

 服装はいつもの清楚で可憐なドレスではなく、丈夫さと動きやすさを重視した旅装。旅人にしては高級な装備に身を包んだ私が死んだ目で路地に突っ立ってるのを他の人はどう見るだろうか。


「一体どうしてこうなっちゃったんだろう」


 そう言って私は大聖堂を出た後のことを振り返った。




「ひっ、あれが”狂戦士|バーサーカー”令嬢よ!」

「何でも片手で大司教様の首をねじり上げたらしい」

「ひっ、目が合ったら殺される!」


 大聖堂を出た時にはすでに噂が漏れていたのか、道ゆく人から不愉快な視線が向けられる。ブチ切れそうになったが先ほどそれをしたせいで状況が悪化したのだ、と必死に自分を抑え、死んだような顔をする父親の身体を引きずりながら私は馬車に戻った。


「っ……」


 そんな私の顔を見て、御者の男も無言で身体を震わせる。

 ちっ、お前もさっきの噂を聞いてたのか。


「屋敷までお願いしますわ」


 私が頑張って公爵令嬢スマイルを浮かべてそう頼むと、なぜか御者はさらに恐怖で表情を歪ませた。


「ひっ、かっ、かしこまりましたっ!」


 くそっ、どいつもこいつもいちいち不愉快な。だけど屋敷にさえ戻ればまた元の暮らしに戻れるはず。私は懸命にそう言い聞かせて我慢する。

 とはいえそれは私にとって始まりに過ぎなかった。

 真の苦痛は屋敷に戻った後だった。


「お嬢様、一体どんなギフトを授かったのですか!?」

「シルフィア様ならきっと”聖女”や”賢者”のような素晴らしいギフトに決まっているわ」


 帰った瞬間、事情を知らない執事やメイドたちが私の元に押し寄せる。仕える一族の者がギフトを授かったとなればその家は安泰、さらに気分が良ければボーナスだってもらえるかもしれない。使用人たちが興奮するのも当然のことだろう。


「ま、まあみんなが期待するほどではありませんわ」

「そんなこと言って、シルフィアお嬢様の授かるギフトが期待外れなはずありません」

「そうです、きっと普通の貴族令嬢が授かるものとは違うけど素晴らしいギフトを授かったのでしょう」

「ほら、恥ずかしがらずに教えてくださいませ」


 いや、恥ずかしがるとかじゃないから。

 きっと彼ら彼女らには悪意なんてないし、純粋な興味と好奇心で聞いているのだろう。

 頭では分かっていたが、私には抑えられなかった。それに、抑えたところであんなセンセーショナルな話題、どうせ明日には屋敷にも知れ渡っていただろう。


「……のか」

「へ?」

「ギフトギフトってそんなにギフトが大事かっ!!」

「ひぃぃぃっ!?」


 それまで私が一度も見せなかったような形相と叫び声に、集まっていた使用人たちの間に悲鳴が上がる。またやっちゃった、と思うが何度も何度もしつこくしつこく聞いてくるのだから仕方ない。

 が、一人の執事が私をなだめるように前に出る。


「ど、どうなされたのですかお嬢様。例え”聖女”や”賢者”ではなく地味なギフトだったとしても我々のお嬢様への忠誠は……」

「へぇ、仮にどんなギフトだったとしても?」

「も、もちろんです! 我らお嬢様が幼いころからお仕えしてきましたから」

「は、はい!」


 執事の言葉に他の使用人たちも頷く。

 これ以上は言わないと収まりがつかなさそうなので、仕方なく私はギフト名を口に出してやることにする。


「”狂戦士|バーサーカー”でも?」

「え、嘘……?」

「な、何かの間違いでは?」


 ある意味当然の反応が返ってくるが、すでにその可能性をクソ司教に何度も潰された私からするとそれすらカチンときてしまう。


「間違いじゃなかったからこうなったんでしょうがっ!!」

「ひっ、すっ、すいませんでしたっ!!」

「どんなギフトでも忠誠は変わらないんだよね!?」

「も、もちろんでございます!」


 執事はそう叫ぶものの明らかに顔に動揺が出てしまっている。

 他の使用人に至っては完全に目を逸らしていた。

 それを見て私も悟ってしまう。


「もういい、私は寝るから」


 私は自室に入って鍵をかけるとベッドに倒れこむのだった。




「ふぁ……」


 翌朝、目を覚ました私は昨日の出来事が全て夢だったことにならないかと考える。あんなことになるぐらいならもうギフトの話もいらない。平凡な公爵令嬢ライフを享受出来ればそれでいい。

 私は試しに部屋にある机に手をかけてみる。


 ガタッ


 机があまりにたやすく持ち上がり、自分で掴んでおきながら自分で驚く。一応言っておくと、昨日の朝までの私はティーカップより重い物は持てないお嬢様だったのに。

 私は昨日の出来事が夢ではなかったと知ってしまう。


「はぁ、やっぱりなかったことに……そうだ!」


 最悪ギフトなんてなくていい、と諦めがついたならいい方法がある。

 私はいつもの屋敷内用のドレスに着替えると、出来るだけいつも通りの表情で廊下に出る。早速すれ違った執事やメイドから怯えたような目で見られるが、我慢我慢。


「おはよう。今日もいい朝ですわね」

「お、おはようございますお嬢様……」


 私がいつも通り挨拶すると、彼らは少し驚いたように挨拶を返してくる。まるで、「え、”狂戦士|バーサーカー”なのに意外といつものお嬢様みたい」という驚きを感じて不快になるが我慢我慢。


「今朝の朝食は何かしら」


 私は昨日のことなどまるでなかったかのように食堂に向かった。


「おはよう……ひっ!?」


 そんな私の姿を見て顔を引きつらせたのは父親だった。

 おい、お前が娘を恐れてどうする、と言いたくなったのを必死に堪えて私は笑う。


「おはようございます、お父様。今日もいい朝ですわね」

「ひっ、し、シルフィアっ!?」

「朝からそんな魔物でも見たような顔をして、どうしましたの?」

「そ、それはっ、だってお前、昨日”狂戦士|バーサーカー”になったんじゃ……」


 それが娘に言う言葉かよ、と思いつつ私は考えた言い訳を口にする。


「それはそうです。しかしギフトは私の身体から消えてしまったのです」

「えぇっ!? でもシルフィア、それはっ……」


 驚く父親。まあギフトが消えたなんて話は聞いたことないのでその反応も無理はない。

 そう、これこそが私の用意した言い訳だ。”狂戦士|バーサーカー”になってしまったという事実は消せなくても、ギフト自体を消せばいい。

 もちろんルミエル神から授かったギフトが消えたなんて言えばあの大司教のように「神を愚弄するな」と思われてしまうだろう。

 それに対する言い訳も私は用意してある。


「きっと大司教様が儀式の手順を間違ってしまっていたのでしょう」


 そう、神を否定すると怒られるが、大司教なら否定しても問題ないはず。むしろあんなやつクビになってしまえ。


「そうか、大司教様が!」


 父親は閃いた、というように言うと少し考えてからうんうんと頷く。


「確かに、わしも変だと思っていたのだ」


 さっきまであんな態度だったのに手の平返し早すぎない!?

 唖然としてしまいそうになるのを堪え、私は懸命に愛想笑いを浮かべた。


「そうですわお父様。大司教様も人間ですから間違いはあるでしょう。そうでなければローレンティア家の娘である私が”狂戦士|バーサーカー”なんてありえませんわ」

「言われてみれば確かにそうだ」

「ギフトがもらえなかったのは悲しいですが、そんなものがなくても私はローレンティア家に生まれて幸せですわ」

「うっ、さすがわしの自慢の娘……」


 そう言って父親は目を潤ませる。

 昨日一回私のこと見捨てた癖に、と思ったが今はそれでもいい。例え偽りとはいえ私のお淑やかな貴族令嬢ライフを取り戻すのだ。


「いえ、大好きですお父様」


 そう言って私たちはどちらからともなく抱擁をかわす。

 そう、これでいい。このまま私があの件のことを聞いても怒ったり大声をあげたりせず、「そんなものなくなりましたわ」という態度を貫けば皆「やっぱりあれは大司教のミスだったのか」と納得し、元の生活が戻ってくるはず。今までだって貴族令嬢としての私には多少の演技も入っていた。今後もみんなが思う理想の令嬢演技を続けるだけ。そう思って私はお父様を抱きしめる。


 が、その時だった。不意にガチャリと音がして食堂のドアが開く。


「ただいま、シルフィア! あなた”狂戦士|バーサーカー”になったんですって!? お母さん色々調べてみたんだけどあまり気にしてはだめよ! 確かに今まで”狂戦士|バーサーカー”を授かった人は“蛮族百人斬り”のゴーデル将軍とか“怪力無双”の冒険者ダルシムとかそういう人ばっかりだし、調べてみた限りギフトっていうのは一生残り続けるものらしいけど気を落としちゃだめ! きっと”狂戦士|バーサーカー”には”狂戦士|バーサーカー”なりの幸せがあるわ」


 そう私に声をかけてくれたのは美しい金髪で実年齢より圧倒的に若く見える女性、エレノア……つまり私の母親だ。

 あの野次馬たちや父親と違って安易に決めつけることなく、ちゃんと物事を調べてから慰めの言葉をかけてくれる。なんて理想的な母親なのだろう、タイミング以外は。もう、せっかく考えた私の作戦が……


「え、ギフトは消えたって……ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」


 突如私の腕の中で父親が悲鳴をあげる。

 どうやら母親の最悪すぎるタイミングの言葉に思わず手に力が入ってしまったらしい。


「ちょっとシルフィア!? いくら”狂戦士|バーサーカー”になったからってお父様を握りつぶしたらだめじゃない!」

「もうっ、お母様の馬鹿っ!」




 その後、「やはりギフトは消えない」ということが分かってからの展開は針の筵のようだった。常に周囲からは陰口を叩かれながら腫れ物に触るような扱いを受け、たまに母親のデリカシーのない慰めを受ける。

 そんな日々に嫌気が差したところで、私と父親のどちらからともなく家を出た方がいいという話になり、こうなったのだった。

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