元勝ち組公爵令嬢とギフト

「”狂戦士|バーサーカー”です!」


 大司教様の言葉が響いた瞬間、私は耳を疑った。

 ”狂戦士|バーサーカー”というのは恐らく攻撃力を高める戦闘用のギフトだろう。しかし一般的な公爵令嬢に攻撃力はいらない。そもそも戦闘用のギフトというだけでいらないが、「剣士」であれば剣舞用の剣術を修めることが出来るし、「射手」であれば弓術の大会などで生かすことが出来る。剣舞や弓術は楽器や普通の舞踏ほど主流ではないが、出来れば一応一目置かれるはずだ。

 でも”狂戦士|バーサーカー”は公爵令嬢の身分で生かすのは絶対無理だろ!


「ねぇ聞いた、”狂戦士|バーサーカー”ですって」

「あれ兵士や冒険者以外でも授かることがあるのね」

「きっとよっぽど凶暴な女なんだろうな」

「あはっ、公爵令嬢なんて勝ち組に生まれてギフトまで授かって妬ましかったけどいい気味だわ」


 ぐぬぬっ……!

 貴族令嬢にあるまじきギフトに、野次馬たちの賞賛と嫉妬の声はあっさりと裏返っていく。


「ちょっと待ってください、これは一体どういうことですか!?」


 そこに乗り込んできたのがお父様だった。

 そうだ、親馬鹿のお父様からすれば私が”狂戦士|バーサーカー”なんて堪えられないはず。どうにかごねてもう一回チャンスをくれ! 

 が、大司教様はにべもなく言う。


「どうもこうもありません、ルミエル神が授けてくださったギフトに文句があるのですか?」

「うぐっ……!?」


 そう聞いて唇を嚙みしめるお父様。そう、ルミエル神の信仰が厚いということはルミエル神に盾突く行為は貴族としての名誉の失墜につながりうる。でもそんなのどうでもいい、かわいい娘が”狂戦士|バーサーカー”にされそうなんだから引き下がるな!


「す、すみません……」


 が、私の内心の応援にも関わらずお父様はあっさりと引き下がってしまう。

 ちょっと、いつもの親馬鹿はどこにいったんだよ! この私に”狂戦士|バーサーカー”なんて授ける見る目のない神に負けるの!?

 すると大司教様は今度はぐるりとギャラリーを見渡した。


「それにあなた方も”狂戦士|バーサーカー”を馬鹿にしているようですが、言わせていただきたい! ルミエル神がシルフィア様こそ”狂戦士|バーサーカー”にふさわしいとお認めくださったのに、それを否定するというのですか!? ”狂戦士|バーサーカー”のギフトを否定するということは彼女だけでなくそれを授けてくださったルミエル神を否定するのと同じで……」


 本人は自分が信仰する神様が授けたギフトを馬鹿にされて本気で怒っているつもりなのだろう。

 しかしそんな大司教の説教に、怒られているはずの野次馬たちからはぷっ、と失笑が漏れる。


「うわっ、神様公認”狂戦士|バーサーカー”w」

「神様が”狂戦士|バーサーカー”にふさわしいって認めたってw」

「どんな性格だったらそうなるんだろう」


 いや、そんな訳……


「ち、違いますよね大司教様。ギフトの内容と本人の人間性は必ずしも一致しませんよね?」


 私は一縷の望みをかけて大司教を見つめる。

 が、彼は無情にも首を横に振った。


「いえ、神様は完璧にその人の資質を見極めてギフトを授けてくださります」


 そ、そんな……。


「ほら、やっぱりw」

「今までずっと猫被ってたんだ、こっわ~」

「ああ、あの人と婚約してなくて良かった」


 それを聞いてますます野次馬は騒がしくなる。

 そんな、ギフトを授かるのはいいこと、すばらしいことだと聞いていたのにどうして……

 背後から聞こえてくる心無い声に私は少しずつ目の前が暗くなっていくのを感じる。


「こらっ! だから神聖なギフトである”狂戦士|バーサーカー”を馬鹿にするなと言っているでしょう! これもルミエル神がシルフィア様にふさわしいとお授けに……」


 その瞬間、私の中で何かがはじけ飛んだような感覚がした。


「あああああもうっ、さっきから狂戦士狂戦士うるさいうるさいうるさああああいっ……はっ!?」


 気が付いた時には私をあざ笑っていた野次馬たちも、説教をしていた大司教もしんと静まり返っていた。

 どうやら私は気づかないうちに大声で叫んでしまっていたらしい。

 私は一体何てことをしてしまったのだろう。

 先ほどまで私を嘲笑していた者たちが恐怖の目でこちらを見つめている。それはそうだ、貴族令嬢というのはこそこそと相手を指さして笑うことはあっても人前でいきなり大声で叫ぶようなことはしない(それもそれでどうかと思うけど)。それなのに私は癇癪を起した子供や酔っ払いのように叫んでしまった。


 どうやらそんな私に皆恐怖を抱いたらしいが、それだけではなかった。

 傍らを見ると、少し前まであれほど私のことをかわいいだのなんだの言っていた父親が野次馬たちと同じ恐怖に満ちた視線を私に向けているのだ。


「あの、お父様? これはその、違くてですね、ちょっと大きな声が出てしまっただけで……」


 が、そんな私の釈明にお父様は申し訳なさそうに目を伏せる。


「すまないシルフィア。お前はずっとお淑やかで頭もよく、手のかからないかわいい娘だと思って公務にかまけてつい子育てを怠ってしまった。お前の心の闇に気づいてやれなかったわしは父親失格だ……」

「いや、その反応こそが父親失格だよ! 実の娘を信じてやれよ! そこはギフトの性質と本人の性格は別だって言ってよ!」

「ひっ!? すまなかった、全部わしが悪かったっ!」


 しまった、また貴族令嬢らしからぬ大声を出してしまったっ!

 慌てて私は訂正しようとするが、今度は大司教が口を開く。


「なっ!? それはルミエル神が授けるギフトを間違えたとおっしゃるのですか!? いくらシルフィア様といえど神を愚弄するのは許せませんぞ!」

「うるせぇぇぇっ! だから何かの間違えって言ってるだろうがっ!!!」


 思わず私は大司教の襟首を掴んでしまう。

 本来なら私の細腕で老人とはいえ人の身体を持ち上げるなんて出来る訳ないが、大司教の身体は軽々と床から浮き上がってしまう。

 ……もしかしてこれが”狂戦士|バーサーカー”の力?

 私は咄嗟に手を離すと、今までの人生で何度も浮かべてきた愛想笑いを浮かべて言う。


「あははっ、これはきっと全部何かの間違いですわ。だって私は貴族の中の貴族、公爵令嬢ですもの。”狂戦士|バーサーカー”なんてありえませんわ」


 が、広間は静まり返るだけで何も返事はなかった。

 そしてお父様も大司教も、私を化け物か何かを見るような怯えた目で見つめてくるのだった。

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