お淑やかな公爵令嬢ライフはギフト”狂戦士”で完全終了しました
白澤光政
勝ち組公爵令嬢の日常とギフト
「失礼いたしますわ」
「おお、シルフィア! 少し見ないうちに一段と美しくなったな!」
「まあ、お父様ったら」
部屋に入った瞬間、身なりのいい服を着た恰幅のいい男性が立ち上がって私を出迎える。威厳のある髭をしわくちゃにして親馬鹿な笑みを浮かべるこの男性は私のお父様だ。
「さすがわしとエレノアの娘だ。ああ、わしがもう少し優男であればシルフィアはさらに美しかったかもしれないのに」
娘である私は美しく輝く長い金髪に、お父様譲りの透き通るような碧い瞳、イグニカ王国の宝石とも称されるほどの美貌だ。更なる美しさを望めば罰が当たってしまうだろう。
「もう、そんなこと言わないでください。お父様の娘に生まれたおかげで、今日も手習いの先生に褒められましたわ」
「そうかそうか。ちなみに今日は何の手習いだったのかな?」
「イグニカ王国史です」
「おお、わしも子供のころは歴史が得意だったんだ! さすがわしの娘だ!」
「ふふっ、お父様ったら」
そう言って私は上品な笑みを浮かべる。
見る人が見ればむずがゆくなってしまいそうなやりとりだが、彼はただの親馬鹿というだけではない。私のお父様であるルドルフ、いやローレンティア公爵といった方が世間では分かりやすいだろうか、は国内有数の大貴族である。必然的に公務や貴族同士の付き合いが多く、多忙を極めている。娘である私もパーティーやら手習いやらで忙しく、父娘といえども互いに顔を合わせる機会は限られている。そのためお父様の親馬鹿も加速する一方だった。
「さあ座ってくれ。今日はシルフィアのためにピレネー産の紅茶を取り寄せたからな」
「まあ、私の好物を覚えておいてくださったのですね」
そう言って私はソファに腰掛ける。ローレンティア公爵家の応接室だけあってソファの座り心地は雲に浮かぶようだ。もちろんソファだけではない。周囲を見渡せば、家具や絨毯から調度品にいたるまで国内の最高級品が使われ、ローレンティア家の威勢を感じさせる。
やがて執事の方がいい香りとともにやってきて、うやうやしく紅茶を注いでくれる。
「はぁ、幸せですわ……」
「ははっ、わざわざ取り寄せた甲斐があったというものだ」
もしかしたら私とお父様のやりとりを見てしゃらくさい、と思った方もいるかもしれない。とはいえ考えてみて欲しい。一歩街を出れば魔物が跋扈するこの世界で、ある者は日々魔物と戦い、ある者は魔物や天候不順に怯えながら農地を耕す。そんな世界でこうして優雅な暮らしを楽しめるのは一番の幸せものだ。
しかも多少の勉強と多少の社交努力をすれば、婚約者であるイケメン公爵跡継ぎ(顔も見たことはないがお母様がそう言っていたのできっとそうなのだろう)と政略結婚して死ぬまで安泰コースが保証されている。公爵令嬢最高! 誰が何と言おうと私は勝ち組なのだ。
「それでお父様、今日は一体何の用でしょうか?」
「ああ、シルフィアがかわいくてつい忘れていた」
「もう、お父様ったら」
まあ私とて若干背中がむずがゆくならないかと言われたら否定は出来ないけど。
それはそれとして、多忙なお父様がわざわざ屋敷に戻ってきて私を呼び出したのはさすがにただの親馬鹿というだけではないだろう。
「実はこの間大司祭様とお話したのだがな、なんとシルフィアにギフトを授けたいとおっしゃってくださったのだ」
「まあ、ギフトを!?」
ここイグニカ王国はルミエル神の加護で成り立ち、ルミエル神を信仰する祭政一致の国である。ルミエル神の加護は大きく分けて二つあり、一つは大地の豊穣(神が豊穣をもたらすなら何故不作が起こるのか、という屁理屈を言うやつがいるがそういう風に信心が足りないやつがいるせいだ)で、もう一つが「ギフト」である。
「ギフト」とは神が選んだ人に与えられる特別な能力であり、ギフトを授かるとその道の研鑽を積んできたプロでさえもあっという間に抜かしてしまうほどの効果があると言われる。
例を挙げれば”聖女””癒やし手””騎士””鍛冶””大魔術師”など様々で、その人の特性に合ったものを授かると言われている。もちろん誰にでももらえるものではなく、ルミエル神が特別に選んだ人にのみ授けてくれるらしい。だからどんなギフトであれ、授かるというだけで大変な実利と恩恵の二つが得られる。
ただでさえ公爵令嬢という勝ち組に生まれたのにギフトまで授かるなんて、さすが私、ルミエル神に愛された女! 国で一番の勝ち組人生っ!
「うっ、お父様、私を生んで、今日まで育ててくださってありがとうございますわ……」
私は感極まり、思わず涙を流してしまう。
「いや、こちらこそシルフィアがわしの子供で良かった……」
そう言ってお父様はぎゅっと私を抱きしめる。
私たちはしばらくそうしたままこの感動を喜び合うのだった。
数日後
「いや~、しかしシルフィアは一体どんなギフトを授かるのだろうな。この美しさだとやはり”聖女”だろうか? しかしこの聡明さを生かすのであれば”賢者”かもしれない」
「もう、お父様ったら期待しすぎですわ。ギフトを授かるというだけでもありがたいのですから、”料理人””家庭菜園”とかでも十分です」
私たちはギフトを授かるために王都の大聖堂へと馬車で向かっていた。私と会う時はいつも浮かれているようなお父様だが、今日はさらに拍車がかかっている。
とはいえそれは私も同じだった。口ではそう言いつつも、内心どんなギフトを授かるかわくわくしてしまう。
「確かにどちらもお嫁にいった先で役に立つ……うっ、こんなにかわいくてギフトも授けられるシルフィアが嫁に!?」
先ほどまで浮かれていたはずが急に愕然としてしまうお父様。
「もうお父様ったら、そもそもこれはお父様が決めた婚約でしょう?」
基本的に貴族の家に生まれると男も女も家の事情で結婚相手が決まる。政略結婚と言えば窮屈に聞こえるが、逆に言えば相手の身分の高さが保証されているということでもある。
「それはそうだが、それとこれとは話が別だ。うっ、シルフィアがお嫁に……」
「あ、着きましたわ」
やがて馬車は荘厳な大聖堂の前で止まる。数百年前の建築様式の粋をこらして建てられた大聖堂はこの国がルミエル神に守護されていることの象徴であり、信仰だけでなく観光の中心でもある。
そこに国で有数の貴族であるローレンティア家の馬車が停まったのだから周囲は軽い騒ぎになる。
「おお、よくぞおいでくださいましたシルフィア様。さあ、どうぞこちらへ」
そんな私たちを出迎えに現れたのが純白のローブに身を包んだひげもじゃの男性・大司教様だ。一見するとただの老人だが代々教会に仕える家系であり、幼いころに”大神官”のギフトを授かっている。信仰の厚いこの国において大司教というのは時に国王陛下よりも偉いことがあると噂されることもあった。
私たちはそんな大司教様に連れられて、礼拝堂の奥にある魔術用の広間に入った。中心には祭壇があって床には魔法陣が描かれており、後ろには噂を聞きつけた貴族や神官たちが数十人ほど詰めかけている。
「はぁ、さすがシルフィア様、お美しいわ」
「公爵家に生まれていれば僕も彼女と結婚出来たのに」
「公爵令嬢でギフトまで授かるなんてずるいですわ」
「くっ、せめてギフトぐらい俺に分けてくれよ……」
後ろからはひそひそと話し声が聞こえてくるがどれも賞賛や嫉妬ばかりであり、自尊心をくすぐられてしまう。
「ではシルフィア様、こちらの魔法陣の上へ」
私が魔法陣の上に立つと、祭壇に登った大司教様が天を仰いで言う。
「我がイグニカ王国を代々お守りくださるルミエル神よ、いつも我らに豊穣とギフトをくださりまことに感謝しております。さあシルフィアよ、神に感謝を述べるのです」
「はい、慈悲深きルミエル神よ、私のような者にギフトをいただき誠にありがとうございます。この恩は生涯忘れず、一生あなた様の教えを守って生きていきます」
私は目をつぶって手を合わせるとそう唱える。
ちなみにルミエル教では何かを食べてはいけないとか何かをしてはいけないとかいう面倒くさいのはほとんどない(もちろん殺人とか詐欺とかそういうのはだめだけど)。だから普通に生きていれば教えを破ることはないのだ。加護をくださるのにこういう寛容なところがあるのもルミエル教が一大勢力となった理由の一つだろう。
「ルミエル神よ、この者にギフトを授けたまえ」
私が誓いを立て終えると大司教様がそう言ってぶつぶつと祝詞を唱え始める。すると、私の身体がぱっと聖なる光に包まれた。
もしかしてこれがルミエル神の加護だろうか?
今まで遠目に見たことはあったけどこくして体験するのは初めてだ。ああ、身体がぽかぽかしてとても心地いい。そしてそんな私の中に何かがすっと入ってくるのを感じる。
「ルミエル神よ、ギフトを授けてくださり誠にありがとうございました」
最後に大司教様がそう宣言して儀式は終わった。
うまくは言えないけど身体の中に力が満ちてきて、すごいことが出来そうな気がする!
とはいえ重要なのはここからだ。
儀式を終えた大司教様が重々しく口を開く。
「皆様、このたびシルフィア様が与えられたギフトは……」
ごくり。一体何だ? 貴族令嬢としては”聖女”や”賢者”が大当たりだけど、”料理人””家庭菜園”みたいな地味なやつでも無難に役に立つ。学問系とか魔術系だったら今後はその方面で活躍するのもいいかもしれない。どうしよう、出来るだけ期待しないようにしようとしても色々な可能性が勝手に浮かんできて胸がどきどきしちゃう!
「”
……え?
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