Day23 探偵

「なるほどなるほど、獄門犬神通りですね」

 アシカが言い、電話がコンと鳴った。

 私は一旦電話を切り、アシカに礼を言って、お礼にクラゲのシーグラスを進呈することにした。アシカは自分の体色によく似た茶色いシーグラスを取って喜んだ。

「獄門犬神通りかぁ……」

 地図アプリによれば、目指していた法螺吹町の中にある大きな通りのことらしい。

「ここに明日いっぱいまで滞在する予定らしいです」アシカは親切に教えてくれた。私だけではここまでわからなかっただろう。

「しかし獄門犬神通りか……ここは危険なところですよ」

 アシカが顔をしかめる。「昔から有名な私立探偵事務所が軒を並べており、そのせいで頻繁に殺人事件が起こるのです」

「なるほど、恐ろしいところだ……」

 しかし、そこに山車がいるというからには、行かねばなるまい。

「いやーっ、お待たせしました! 浮き輪が売れに売れまして」

 浮き輪売りがホクホクで戻って来た。彼もまた通りの名前を耳にすると「そこかぁ……」と顔をしかめた。

「仕事仲間が見立て殺人に巻き込まれてねぇ……まぁ探偵が解決したのですが、おそろしくも悲しい事件でした……」

 とはいえ、一緒に行ってくれるというので助かった。道に迷わなければさほど遠くもないらしい。

 そういうわけで、私たちは獄門犬神通りを目指すことにした。海に帰っていくアシカを見送り、買っておいた焼きそばとお茶で腹ごしらえをすると、私と浮き輪売りは出発した。


 道中は何ということもなかった。私たちは適宜水分補給などをし、ようやく思い出してリヤカーの友人に連絡を入れ(一晩中捜してくれていたらしい)、談笑しながら目的地に向かった。

 日が傾き、やや涼しくなり始めた頃、私は獄門犬神通りに到着した。なるほど、通りの向こうから祭囃子が聞こえてくる。

「それじゃ、僕はこの辺で失礼します。そろそろ仕入れに行かねばならないもので……」

「本当にありがとう。おかげで迷わずに済みました」

 浮き輪売りにもシーグラスを分け、抱き合って別れを惜しんだ。

 さて、また一人になった。殺人事件に巻き込まれないように歩みを進めねばなるまい。私は「下記期間 歩行者専用道路」と書かれた看板を越え、獄門犬神通りへと足を踏み入れた。その時、

「キャーッ!!」

 突然、絹を裂くような悲鳴が祭囃子をかき消した。

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