Day3 鏡

 風鈴屋に教えてもらったとおり、しらはえ通りを目指した。確か街の南側を通っていたはずだが、私はなかなかの方向音痴なので、気がつくと住宅街の路地に迷いこんでいた。

 背の高い白壁が、遊園地の迷路のように入り組みながら延々と続いている。

 こんなことになるのなら、掌犬にGPSでも背負わせておけばよかったかもしれない。いやしかし掌犬は小さいので、GPSを背負わせたら潰れてしまうかもしれない――などと考えながら歩いていると、狭い通りの向こうから誰かが歩いてくるのに気づいた。それがどうも私によく似ている。服装など上から下までだだかぶりである。ファストファッションの大型店舗ですべての服を揃える弊害を感じる。おまけに向こうはまるで避ける気がないらしく、私が右に避ければ左に、左に避ければ右にと、申し合わせたように移動する。両手を挙げて威嚇すると相手も同じポーズをとる。よく見れば顔もそっくりで、この辺りでようやく、通り一杯に大きな鏡が置かれているだけだと気づいた。

 誰がこんなところに鏡を置いたかしらないが、これでは向こう側に行くことができない。かといってしばらく戻らねば脇道もなく、おまけに祭囃子はこの鏡の向こうから聞こえるように思われる。できればこのまままっすぐ進みたい。

 中の自分と両手の平を合わせていると、体温でだんだん境目が溶けてくる。ついに互いの掌がぴったりとくっついた――と思った瞬間、鏡の中の私が、こちらの私の手をぎゅっと握った。そのまま否応なしに鏡の中に引っ張り込み、自分は入れ替わりに鏡の外に出て、ツカツカと歩いていってしまった。

 掌をあわせてくれる相手がいなくなったので、もう元いた側に戻ることができない。仕方がないのでそのまままっすぐ歩いていくと、少しして住宅街を抜け、大きな通りに出ることができた。

 そこはしらはえ通りだったが、すべての文字が反転していた。

 看板を読んでいるうちに頭が痛くなってきた。やっぱり鏡の中ではダメだ。横着せずに元来た道を戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る