かの街暮らし ~文披31題~

尾八原ジュージ

Day1 まっさら

 七月一日午後五時四十一分のことである。

 仕事から帰ってきたら、家がなくなっていた。

 更地になっていた。

 あのこぢんまりとした借家はどこにもない。気に入っていたステンドグラスの窓も、少しずつ買い集めた同じメーカーの家具たちも、最近喋り始めた家電の数々も、一緒に暮らしていた掌サイズの犬も、かれが暮らしていた小さな犬小屋も、勝手に住み着いていたハエトリグモも、皆どこかへ行ってしまった。

 呆然である。


 何はともあれ夜を明かさねばならないので、お隣にスコップを借りに行った。更地の真ん中にタコツボを掘って、そこで眠るつもりだった。

 お隣のおばあさんは、「お気の毒に」と言いながら、スコップと一緒に干し柿をいくつかくれた。

「おたく、屋根に風見鶏がついてたでしょう。それを、夏祭りの山車が引っかけていっちゃったのよねぇ」

 おばあさんは、庭のバラの手入れをしながら、その現場を目撃したらしい。この街では、よくあるとは言わないまでも、そこそこあり得る事態らしい。

 そういえば今日、日付が変わったあたりから、お囃子が聞こえ始めていた。街のどこへ行っても聞こえるので、きっととても大きな山車だろう。よくもまぁ家の前の通りを無事に通ったものだと思う。

 こうなれば、家を取り戻さずにはおくまい。

 借家だけれど。

 家主もこの街の住人だから、自分の不動産が山車に持っていかれたくらいでは、特に気にしないようだけれど。

 ならばなおさら、私が動かねばなるまい。家の中にある私の持ち物たち、そして何より、掌犬とハエトリグモが心配だ。

 私はまず職場に電話をかけて、一か月の長期休暇をとった。

 それから穴は掘らず、しかしスコップは借りたままで、お囃子を追って歩き始めた。

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