第17話「魔法の正体」
全校集会の朝。
体育館のステージ袖で、私は何度も深呼吸を繰り返していた。手のひらは汗でびっしょり。でも、頬にはしっかりとチークを塗ってきた。
「ひよりちゃん、そろそろよ」
生徒会長のレイが声をかけてきた。彼女の表情は、いつもより少し柔らかい。
「あの、レイさん」
「なに?」
「どうして私に話させてくれるの? 生徒会としては、魔法反対だったはずなのに」
レイは少し考えてから、小さく微笑んだ。
「あなたの話を聞いて、少し考えが変わったの。『かわいくなりたい』って気持ちを否定することが、本当に正しいのかって」
意外な言葉だった。
「それに——」
レイは眼鏡を直しながら続けた。
「実は私も、かわいくなりたいって思ってた。ただ、それを認めるのが怖かっただけ」
全校生徒が集まる体育館に、アナウンスが流れる。
『それでは、ビューティ・ソーサリー部代表、蒼月ひよりさん』
足が震えた。でも、一歩前に出た。
ステージの上は、思ったよりも明るかった。ライトが眩しくて、最初は生徒たちの顔が見えない。でも、だんだん目が慣れてくると、みんなの表情が見えてきた。
興味深そうな顔、退屈そうな顔、心配そうな顔。
その中に、ビューティ・ソーサリー部のみんなの顔を見つけた。アリサ、ミオ、ユウナ。そして——ルカ。
みんな、真剣な顔で私を見ていた。
マイクを握る。思ったより重い。
「えっと……」
声が震えた。でも、続けた。
「私、蒼月ひよりは、つい最近まで自分のことが大嫌いでした」
体育館がしんと静まり返った。
「小学4年生の時、『あんたなんか、"かわいい"って言っちゃいけない顔してる』って言われて。それから、ずっと鏡を見るのが怖かった」
誰かが小さく息を呑む音が聞こえた。
「でも、ビューティ・ソーサリー部に入って、魔法を教えてもらいました。髪を巻く魔法、肌をきれいにする魔法、アイメイクの魔法……」
一呼吸置いて、続ける。
「最初は、魔法があれば変われるって思ってた。呪文を唱えれば、別人になれるって」
ここで、私は顔を上げて、みんなの顔を見渡した。
「でも、違いました」
ざわざわと音がした。
「魔法は——魔法は、ただの『きっかけ』でした」
マイクを握り直す。
「本当の魔法は、『変わりたい』って願う気持ちそのものだったんです」
話しながら、だんだん分かってきた。ルカが——未来の私が教えたかったこと。
「スウィルカールって呪文を唱えて髪が巻かれた時、確かに見た目は変わりました。でも、本当に変わったのは、『一歩踏み出せた』っていう自信でした」
「ポアヒールで肌がきれいになった時、嬉しかったのは肌じゃなくて、『自分を大切にできた』って思えたことでした」
みんなが真剣に聞いてくれている。
「魔法の正体は——」
声が詰まった。でも、言わなきゃ。
「本気で変わりたいって、心が叫んでた。その声を形にしたものが、魔法だったんです」
体育館の後ろの方で、誰かが立ち上がった。ノーフェイスのリーダー、影山ツバサだった。
「それなら、魔法なんていらないじゃないか!」
彼の声が響く。
「そうです」
私ははっきりと答えた。
「魔法は、いらないかもしれません」
ざわめきが大きくなる。ビューティ・ソーサリー部のメンバーも驚いている。
「でも——」
私は続けた。
「でも、『かわいくなりたい』って願うことは、恥ずかしいことじゃない。否定されることじゃない。その気持ちを持つことは、誰にも止められない」
ツバサが何か言おうとしたけど、私は先に続けた。
「私たちは、魔法を使わなくても変われます。でも、魔法があったから、その一歩を踏み出せた人もいる。私みたいに、臆病で、自分が嫌いで、でも変わりたくて——そんな人の背中を押してくれたのが、魔法でした」
涙が出てきた。でも、拭かなかった。
「昨日、私は気づきました。魔法を使わなくても、自分でチークを塗れるって。泣きながらでも、前に進めるって」
マイクを持つ手が震える。でも、最後まで言わなきゃ。
「だから、提案します」
深呼吸。
「ビューティ・ソーサリー部は、これからも活動を続けます。でも、魔法は『練習』として使います。本当の目標は、魔法なしで『自分を好きになる』こと」
「魔法は手段。目的は、自分を大切にすること」
「外見を変えることが悪いんじゃない。ただ、それは『自分を好きになる』ための方法の一つでしかない」
体育館が静まり返った。
そして——
パチ、パチ、パチ。
最初に拍手をしたのは、レイだった。続いて、ユウナ、アリサ、ミオ。そして、クラスメイトたち。
拍手の輪が広がっていく。
ツバサも、複雑な表情をしながら、小さく頷いていた。
「最後に、言わせてください」
拍手が収まるのを待って、私は言った。
「『かわいくなりたい』は、『自分を大切にしたい』ってこと。それは、とても素敵な願いです」
ステージを降りる時、足はまだ震えていた。でも、心は不思議と軽かった。
控え室に戻ると、ルカが待っていた。
「よく言えたね」
「ルカ——あなたも、きっと同じことに気づいたんだよね」
ルカは優しく微笑んだ。
「14歳の私には、まだ早かったかもしれない。でも、今のひよりちゃんなら、もう分かる」
「魔法の正体」
「そう。それは——」
二人で同時に言った。
「自分を信じる力」
窓の外では、生徒たちがざわざわと話し合っている。きっと、賛成の人も反対の人もいるだろう。でも、それでいい。
大切なのは、誰もが「自分を大切にする権利」を持っているってこと。
「ねえ、ルカ」
「なに?」
「未来の私は、幸せ?」
ルカは少し考えてから答えた。
「幸せな日も、そうじゃない日もある。でも——」
「でも?」
「毎日、ちゃんと自分にチークを塗ってる。それって、きっと幸せなことだと思う」
部室のドアが勢いよく開いて、アリサたちが飛び込んできた。
「ひよりちゃん、すごかった!」
「泣いちゃった」
「かっこよかった!」
みんなに囲まれて、私はまた泣きそうになった。
でも、今度は嬉し涙だった。
放課後、部室で今後の活動について話し合った。
「魔法は練習として使う」
「でも、最終目標は魔法なしで自分を好きになること」
「メイクの技術も教える」
「心のケアも大事」
いろんなアイデアが出た。
その時、ミオがぽつりと言った。
「魔法って、自転車の補助輪みたいなものかもね」
「補助輪?」
「最初は必要だけど、いつかは外す時が来る。でも、補助輪があったから、自転車に乗れるようになる」
なるほど、と思った。
「じゃあ、私たちは——」
アリサが言いかけた言葉を、ユウナが継いだ。
「みんなが自転車に乗れるようになるまで、支える場所」
そう。それが、新しいビューティ・ソーサリー部。
窓の外では、夕日が校舎を赤く染めていた。
魔法の正体を知った今でも、私はまだ完全に自分が好きじゃない。でも、嫌いでもない。
その間で、ゆらゆらと揺れながら、少しずつ前に進んでいる。
「明日も、がんばろう」
小さく呟いた言葉に、みんなが頷いた。
魔法はもう、必要ないかもしれない。
でも、この仲間は——この場所は、ずっと必要だ。
チークのコンパクトを見つめながら、私はそう思った。
(第17話 完)
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