第18話「この教室が、私のランウェイ」
全校集会から一週間。
学校の雰囲気は、少しずつ変わっていた。
「ひよりちゃん、おはよう!」
廊下で声をかけてくるクラスメイトが増えた。今朝も、隣のクラスの女子が話しかけてきた。
「あの、ビューティ・ソーサリー部って、本当に誰でも入れるの?」
「もちろん」
私は微笑んだ。最近、こんな質問をよく受ける。
「でも、私、全然かわいくないし……」
「私もそう思ってた」
正直に答える。
「でも、『かわいくなりたい』って思う気持ちがあれば、それでいいんだよ」
彼女の顔がぱっと明るくなった。
教室に入ると、黒板に大きく書かれていた。
『文化祭実行委員会 本日放課後』
そうだ。今日は、秋の文化祭の準備が始まる日だった。
「ひより、今年は何かやるの?」
ユウナが聞いてきた。彼女の髪には、小さなヘアピンが光っている。魔法じゃない。自分で選んで、自分でつけたものだ。
「実は、考えてることがあって」
「なになに?」
私は少し声を落とした。
「ビューティ・ソーサリー部で、ファッションショーをやりたい」
「ファッションショー!?」
ユウナの声が大きくて、周りの視線が集まった。
「しっ——」
「ごめん、でも、すごい!」
放課後の実行委員会で、私は震える声で提案した。
「ビューティ・ソーサリー部として、『私らしさを見つけるファッションショー』を開催したいです」
実行委員長は、なんと生徒会長のレイだった。
「詳しく聞かせて」
レイの声は、前より柔らかくなっていた。
「プロのモデルさんみたいなショーじゃありません。参加したい生徒が、自分の『なりたい姿』を表現する場所です」
「なりたい姿?」
「はい。派手じゃなくてもいい。地味でもいい。大切なのは、『これが私』って思える格好をすること」
会議室がざわついた。
「でも、それってただの仮装大会じゃ——」
誰かが言いかけたのを、レイが手で制した。
「続けて」
「歩くのは、体育館のステージじゃなくて、この教室です」
「教室?」
「はい。いつも過ごしている場所で、いつもと違う自分を見せる。それが一番勇気がいることだと思うから」
レイは眼鏡を外して、レンズを拭いた。そして——
「面白いわね。承認します」
「え?」
「ただし、条件があります」
やっぱり、と思った。
「私も参加させて」
「ええ!?」
今度は私が驚く番だった。
会議が終わった後、レイと二人で話した。
「実は、ずっと憧れてたの。かわいい服を着ることに」
屋上で、レイは遠くを見ながら言った。
「でも、生徒会長だから、しっかりしなきゃって。かわいいなんて言ってる場合じゃないって」
「レイさん……」
「あなたの演説を聞いて、気づいたの。『かわいい』と『しっかり』は、両立できるって」
夕日がレイの横顔を照らしていた。眼鏡の奥の瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。
その夜、部室は準備で大忙しだった。
「参加者リスト、もう20人超えたよ!」
アリサが興奮気味に報告する。
「衣装はどうする?」
「各自で用意してもらう。でも、アレンジは手伝う」
「メイクは?」
「希望者には、レッスンをする」
みんなでアイデアを出し合う。
その時、ルカが言った。
「ひよりちゃんは、何を着るの?」
「え?」
考えていなかった。企画することに夢中で、自分が参加することを忘れていた。
「まだ決めてない……」
「じゃあ、一緒に考えよう」
ミオが優しく言った。
「ひよりちゃんの『なりたい姿』って?」
なりたい姿。
少し前なら、「誰か別の人」って答えていたと思う。でも、今は——
「自分のままで、ちょっとだけ勇気がある私」
「それ、素敵」
ユウナが目を輝かせた。
「じゃあ、ひよりちゃんらしい服で、でも今までとは違う何かを足そう」
文化祭まで、あと二週間。
準備は順調に進んでいった。参加者は最終的に30人を超えた。男子生徒も3人参加することになった。
「すごいことになってきたね」
アリサが嬉しそうに言う。
「でも、不安」
私は正直に言った。
「もし、誰も見に来なかったら」
「来るよ」
ルカが断言した。
「だって、みんな気になってる。『自分らしさ』って何かを」
リハーサルの日。
教室に机を寄せて、真ん中に通路を作った。これが、私たちのランウェイ。
「じゃあ、ひよりちゃんから」
アリサに促されて、私は教室の後ろに立った。
着ているのは、いつもの制服。でも、襟元には小さなブローチ。髪は少しだけ巻いて、チークはいつもより濃いめ。
一歩、前に出る。
足が震える。
でも、歩く。
窓から差し込む光が、床に模様を作っている。その上を、一歩ずつ。
教室の前まで来た時、みんなが拍手をした。
「かわいい!」
「ひよりちゃんらしい!」
涙が出そうになった。
ただ歩いただけなのに。いつもの教室を歩いただけなのに。
でも、これが私の勇気だった。
次はレイの番。
彼女が着ていたのは、淡いピンクのワンピースだった。いつもの堅い制服姿からは想像できない、柔らかい印象。
「似合う!」
みんなが口々に言う。レイの頬が赤くなった。
「でも、眼鏡はそのままなのね」
ミオが微笑んだ。
「これも私だから」
レイははっきりと答えた。そう、全部を変える必要はない。
一人ずつ、参加者たちが歩いていく。
派手な子、地味な子、いつもと変わらない子、がらりとイメージを変えた子。
でも、みんなに共通していたのは、「これが私」という誇りだった。
文化祭当日。
朝から緊張で吐きそうだった。でも、ちゃんと朝ごはんを食べて、いつもより丁寧にメイクをした。
「今日の私も、ちょっとかわいい」
鏡に向かって言ってから、家を出た。
教室に着くと、もう準備が始まっていた。
「ひよりちゃん、これ見て!」
ユウナが興奮気味に見せてきたのは、手作りのパンフレットだった。
『私らしさを見つけるファッションショー
〜この教室が、私のランウェイ〜』
「すごい……」
「美術部の子が協力してくれたの」
開始時刻が近づくにつれて、廊下に人が集まり始めた。
「こんなに……」
教室に入りきらないほどの人数。急遽、廊下の窓からも見られるようにした。
「それでは、始めます」
私がマイクを握った。
「これは、プロのファッションショーではありません。ただ、みんなが『自分らしさ』を表現する場所です」
静まり返った教室。
「最初は、1年生の田中さんです」
田中さんは、大きなリボンをつけて登場した。いつもは目立たない子だったけど、今日は堂々としている。
一人、また一人と歩いていく。
拍手が起こる。時には歓声も。
「かわいい!」
「かっこいい!」
「その髪型いいね!」
否定的な声は、一つもなかった。
そして、いよいよ私の番。
心臓が早鐘のように打っている。でも、逃げない。
教室の後ろから、一歩踏み出す。
今日の私は、紺のスカートに白いブラウス。特別じゃない。でも、胸元には亡くなったおばあちゃんの形見のブローチ。髪は自分で巻いて、メイクも自分でした。
歩きながら思う。
この教室で、私は泣いたこともある。隠れたこともある。でも、今は——
胸を張って歩いている。
みんなの顔が見える。笑顔、涙ぐんでいる子もいる。
そして、一番前に——ルカがいた。
彼女も泣いていた。未来の私が、過去の私を見て泣いている。
教室の前まで来て、振り返る。
「私は、蒼月ひよりです」
マイクなしで、地声で言った。
「ずっと自分が嫌いでした。でも、今は——」
言葉に詰まる。でも、最後まで言う。
「いまのわたしも、未来のわたしも、ちょっとかわいいと思えるように、毎日を生きています」
静寂。
そして——
割れんばかりの拍手。
「ひよりちゃん!」
ユウナが真っ先に立ち上がった。続いて、アリサ、ミオ、レイ。
気がつけば、みんなが立ち上がって拍手をしていた。
涙が止まらなかった。でも、今日の涙は——
「ありがとう」
そう呟いた。
ショーが終わった後、たくさんの人が話しかけてきた。
「感動した」
「私も参加したかった」
「来年もやって」
その中に、一人の女の子がいた。
「あの……」
見覚えのある顔。そして、気づいた。
小学4年生の時、私に「かわいいって言っちゃいけない顔」と言った子だった。
「ひより……ちゃん」
彼女は泣いていた。
「ごめん。本当にごめん」
「え?」
「あの時、ひどいこと言った。ずっと謝りたかった」
正直、複雑な気持ちだった。許せるかどうか、分からない。
でも——
「私、変われたよ」
それだけ言った。
彼女はもっと泣いた。
夕方、片付けをしながら、みんなで話した。
「大成功だったね」
「来年は体育館でやる?」
「いや、教室がいい」
わいわいと話している中、ルカが私に近づいてきた。
「ひよりちゃん」
「うん」
「今日のひよりちゃん、世界で一番かわいかった」
「それは言い過ぎ」
私は笑った。
「でも、自分でもちょっとかわいいって思えた」
「それが一番大事」
窓の外は、もう暗くなり始めていた。
この教室が、今日は特別な場所になった。
私のランウェイ。
みんなのランウェイ。
「また来年もやろう」
誰かが言った言葉に、みんなが頷いた。
家に帰る道、一人で歩きながら思った。
魔法はもういらない。でも、今日みたいな「魔法の瞬間」は、これからも作っていきたい。
空を見上げると、一番星が輝いていた。
「明日も、がんばろう」
小さく呟いて、私は家路を急いだ。
胸元のブローチが、街灯の光を反射してきらりと光った。
(第18話 完)
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