第六話 わたしが百合になれるわけないじゃん、ムリムリ!(ムリじゃなかった!?)

「……というわけで、麻衣まいには動画編集を手伝ってもらいたいんだよね」

 冷房の効いたファミレス。テーブルにはドリンクバーのグラスと、それぞれ頼んだデザート、そして開いたノートパソコンが置かれている。わたしと麻衣は作戦会議――という名の女子会の真っ最中だった。大学は夏休みに入ってしまったが、麻衣とはこうやってたまに遊んだりするのだ。

「へえ、面白いね! もちろん協力するよ。よかったね、悠乃ゆのさんに相談して」

「うん、麻衣のおかげだよ。ありがとう」

「……ねえ、奈緒なおさんにも、悠乃さんから話が行くって話だったよね」

「そうだけど?」

「私は動画編集は一応できるけど、内容のチェックは奈緒さんにやってもらうといいと思う。ホラ、意図してなくても差別的な言い回しになっちゃってないかとか、そういうの」

 確かに、それは絶対に避けたいところだ。そう受け取られないようにするための動画が、そんな表現をしてしまったら目も当てられない。

「奈緒さんはそういうの得意なの?」

「うん、ウェブライターで百合とかの記事を書くことが多くて、その辺の表現の確認は丁寧にやってくれるはずだよ。まあ、悠乃さんもそのつもりで依頼するんだと思うけどね」

「それもそうか」

 ――それにしても。麻衣の言い方にちょっと違和感というか、不自然なものを感じた。

「麻衣、なんで奈緒さんのことそんなに知ってるの?」

 聞くと、麻衣は少しだけ目線を外した。

「うん、最近よく会うから」

 ふーん意外だな、なんて思いながらアイスティーを飲んでいたら、

「実は奈緒さんと付き合うことになったんだよね」

「……えっ!?」

 漫画みたいに吹き出すことはなかったけど、びっくりして気管に少し入ってしまった。

「え、そうなの!? ていうかいつの間に!? ていうかおめでとう! ていうか……」

 つい捲し立てると、麻衣は苦笑して言った。

「茜音、落ち着いて。『ていうか』が多いよ。最初に四人で会ったとき、茜音が先に一人で帰っちゃったでしょ? そのときに【LILYNEリリン】の連絡先交換しててね。それ以来いろいろ話してたんだ。実はこの前も、悠乃さんからじゃなくて奈緒さん経由で私に、茜音の様子を聞かれてたの」

 そうか。裏でそんなことになってたなんて。わたしも大変だったし、奈緒さんと会ってるとかそういう話はできなかったんだろうな。

「そっかぁ。それにしても驚いたよ。おめでとう。えー奈緒さんってどんな感じなの?」

「それがさ聞いてよ、めっちゃ可愛いの……! 奈緒さんって小さいし、見た目おっとり系でしょ? でも年上のしっかりした感じもあって、包容力あるっていうか……。私のこと『まいまい』って呼んでくれるんだけどね、『My麻衣』、つまり『私の麻衣』って意味が込められてるんだってさ~」

 麻衣は、今までに見たことのないほどだらしない顔になってノロケてきた。

「うわぁ~……めっちゃラブラブじゃん! こっちが照れるんだけど!」

 わたしの言葉が聞こえてるのかどうなのか、麻衣は気にせず話を続ける。

「しかもね、歩いてるとき腕も組んできてさ、すごい距離感近いし、良い匂いするし、柔らかいし、ドキドキが止まらないよね! 背は私の方が高いから、その距離で上目遣いされると、ほんと破壊力高い……!」

 幸せそうに奈緒さんのことを話してくれる麻衣を見て、こっちも心が満たされる気分になる。

「いいなぁ……」

 わたしが思わず呟いたら、麻衣は耳ざとく反応した。

「ん? どうした?」

「べ、別に何でもないよ」

 誤魔化すために、溶けかかったチョコバナナサンデーを掬ったが麻衣は追い討ちをかけてきた。

「……それで、そっちはどうなの? 悠乃さんと」

「は!? な、何が!?」

 急に名前を出されて、声が裏返ってしまった。

「あれ? 違うの? 悠乃さんとは良い感じなんじゃないの?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! わたしたちはまだそういうのじゃ……」

、ねえ」

「あ……」

 しまった。語るに落ちるというやつだ。正直なところ、わたしが悠乃さんに惹かれつつあるというのは事実である。

「キスまでしといて、何もないなんてことないよね~?」

 麻衣は意地悪な言い方で、責めてくる。

「ギャーやめて! それは本当にわたしが一方的に悪いのは分かってるから……!」

「でもさ、そんなことされたのに心配してくれたり、協力してくれたりするんでしょ? 脈あるんじゃないの?」

「うう~、どうなのかな……。悠乃さんは真面目だから、義理で協力してくれるだけかもしれないし。心配だって、そりゃ目の前で倒れた人間が炎上被害に遭ったら気になるに決まってるし……」

「うーん、百合漫画の主人公みたいだねぇ」

 すでに両想いを手に入れている麻衣は、他人事みたいにニヤニヤとわたしを見ていた。

「じゃあさ、今度二人で作業するとき、ちょっとアプローチしてみなよ」

「ええーっ、ムリムリ! ……いや、どうしよう。やってみる、かも……」

「ふふ、応援してる」

 麻衣だって、一歩踏み出したからこそ奈緒さんと付き合っているんだろう。わたしだって、きっと――。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 八月中旬のその日、わたしたち四人は、悠乃さんたちの大学である白桜女子大学の教室を使わせてもらい、動画の撮影をした。みんな勝手が分からないので、多めに撮って編集で何とかすることにしてたくさん話をした。内容は、公開してからのお楽しみということで……。

 軽く打ち上げをしようとなって、四人でイタリアンビュッフェに来た。

「では僭越ながら……乾杯」

「「「乾杯!」」」

 この企画の言い出しっぺとしてわたしが音頭を取ることになってしまったけど、四人ともソフトドリンクで乾杯をした。

「お酒じゃなくてよかったんですか?」

 悠乃さんと奈緒さんは、二十歳を過ぎているはずだ。

「お酒は苦手なんです」と悠乃さん。

「飲まなくても充分楽しいからね」奈緒さんも、そう言って微笑んだ。

「そうなんですね。麻衣は二十歳ハタチになってから、わたしに構わず飲んでますし、飲みたくなったらご遠慮なく」

「ちょっと、私がすごい酒好きみたいじゃない……」

 みんなから笑いがこぼれた。

 わたしも、飲める歳になったら飲むようになるのかな。それとも苦手で飲めないのか。今この中で十代なのはわたしだけだ。麻衣と奈緒さんは付き合ってるし、悠乃さんは大人っぽいし、精神的にも年齢的にも置いてけぼりみたいに思える。そんなことを思うこと自体が、子どもなんだろうな。


 麻衣と奈緒さんが、ビュッフェを取りに行った。二人の邪魔にならないように、悠乃さんと待っていることにした。悠乃さんが、こちらをじっと見つめる。目が合って、少し恥ずかしかったのでジュースを飲んで誤魔化した。

「茜音さんの誕生日はいつなんですか?」

「八月三十一日です」

「なんだ、もうすぐじゃないですか。フライングで飲んだりしないのは偉いですね」

「そんなリスクは負いません。もう炎上はこりごりですからね」

 言うと、悠乃さんはクスリと笑った。

「どうしたんですか?」

「ふふ……。いえ、冗談にできるくらい立ち直れたみたいで、良かったです」

「……悠乃さんたちみんなのおかげです。今回の撮影、本当に楽しかったです。上手く喋れないところもあったけど、サポートがあったからきっと良いものにできるはずです。まあ、編集は麻衣にやってもらうんですけど」

「私も茜音さんと議論を交わすの、すごく楽しいです。やっぱり私、茜音さんと……」

 悠乃さんが真っ直ぐにわたしの目を見て言うものだから、ドキッとしてしまった。続きを待っていると、

「ただいまー! 次、お二人どうぞー!」

 麻衣が戻って割り込んできた。いや、悠乃さん何を言おうとしてたんだろう。

「まいまいはフルーツいっぱい取るんだね~」

「フルーツ好きなんです。普段あんまり食べられないから、ビュッフェだとつい……」

 奈緒さんが『まいまい』と呼んだ。前に麻衣から聞いて意味を知っているので思わずニヤけていると、

「行きましょうか、茜音さん」

「あっ……。は、はい」

 悠乃さんの誘いで席を立って、料理を取りに行くことにした。


 悠乃さんが、ビュッフェの料理を選びながら話しかけてきた。

「ビュッフェって、人によってスタイルがありますよね。私は一通り少しずつ取って、美味しかったのをもう一度取りに行くんです」

「あー、悠乃さんっぽいですね。わたしは美味しそうだとつい多く取って、後から『あれも食べたかったー』ってなります」

「性格が出ますね」

 少し笑い合って話したけど、わたしはさっきの悠乃さんの言葉の続きが気になっていた。

『私、茜音さんと……』

 言いたいことなら、待っていれば言ってくれるだろう。言わないということは、大したことじゃないのかもしれない。気になるけど、待っていても仕方ない。

 少し、話題を切り出してみた。

「あの二人……麻衣と奈緒さんのこと、知ってます、よね?」

「ええ、私も聞いたのは最近なんですけど。何度か二人で遊んでるって話は聞いてましたが」

「麻衣、本当に幸せそうです。奈緒さんもきっとすごく良い人なんですね」

「麻衣さんのことも、嬉しそうに話してくれますよ」

 ――踏み込んで聞いてみようかな。さりげなく、自然な流れで……。

「悠乃さんは、その……お相手はいるんですか?」

 すると、料理の大皿を見ていた悠乃さんは目を見開いてこちらを向いた。

「私は……特にいません。それに……」

 わたしは続きを待ったけど、

「いえ、何でもないです」

 何か言うのをやめてしまったので、それ以上聞くのが憚られた。

「茜音さんのほうは……と思いましたが、相手がいるならわたしにあんなことしませんよね」

 『あんなこと』とは、リリフェスでのキスのことだろう。

「もう! そのことは本当にすみませんでした! すぐいじるんだから……!」

 悠乃さんが悪戯っぽく微笑む。顔が熱くなるのは抗議のためだけじゃない。からかわれても、どこか心地良い。

 当時のわたしは、あまり深く考えずにキスをしてしまった。でも、今は。とてもじゃないけど、そんな軽い気持ちでキスはできない。わたしの中に芽生えつつある感情は、さらに複雑に絡み合っているようだ。


「あの、茜音さん……」

 料理を取り終え、席に戻ろうとするわたしを呼び止めるように悠乃さんが声をかけてきた。

「茜音さんは、今度の【ガルトピア】に参加しますか?」

 【ガルトピア】は、リリフェスに並んで大きな百合オンリーイベントである【ガールズユートピア】のことで、毎年八月に開催される。

「一般参加するつもりです。申し込み期間中は創作意欲がなくて……。でも、今は応募しておけば良かったなって思ってます」

「そうですか……」

 悠乃さんが、少し言い淀んだ気がした。

「実はさっき言いかけたんですが……私と一緒にガルトピアでサークル参加しませんか?」

「……えっ?」

 それは、急だけど願ってもいないことだった。

 どうして誘ってくれたのか意図は分からない。でも、悠乃さんと一緒に活動できる。胸の中が、ふわりと温かくなった。

「……やりたいです!」

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