第5話 フィサリオ

『アビサル・フィサリオ・ファントムロード』がゆっくりと動き出す。


 俺を踊りに誘うように俺に触手を結びつける。

 全長100メートルほどのサイズからは想像もつかないほど、繊細な動きで俺を絡め取る。


 だがその動きは緩慢と言うべきで、すぐに俺は触手を手で持ち、逆に引き抜こうと振り回す。


「キュイイイイイイ!!」


 その巨体の手に、雷が発生する。

 そしてその雷は俺を目掛けて猛烈に解き放たれた。


 水の中における、雷は魔力を吸い取り加速する性質がある。

 凄まじい速度の雷魔法が俺の体に次々と直撃した。


 ……まぁ耐えられるのだが。

 一応補足しておくと、大体の魔物はこの雷が掠めただけで死ぬ。

 だが俺の『愚者』の性質である属性を受け付けないという使用が、この雷を弾いただけなのだ。


 すぐさま滝のように押し寄せる雷。

 それを全て弾きながら、俺はさながら弾幕の中を走る飛行艇のように加速し、そしてクラゲの頭目掛けて拳を突き刺す。


 すると、真っ黒な肉体にヒビが走り、それから急速に内部で魔力が増幅していく。


「───ごぼぼぼ?!(何っ?!)」


 周囲の魔力が収束し始め、さながら巨大な渦のよう。

 真っ黒な肉体に光がともり、それは赤く、青く、緑に、黄色、どんどん加速して光を放つ。


 そしてそれに呼応するようにして、クラゲの肉体はどんどんと膨れ上がっていくではないか。


 それは進化と呼ばれる現象にほかならない。

 魔物や人間が、何らかの条件を達成した事で世界から認められた場合、その能力や存在強度がより優れたものになるという現象。


 それがどうして子の『アビサル・フィサリオ・ファントムロード』に起きたのか。


 だがぼーっとしている暇はなかった。

 既に100メートルあった肉体は、十倍近く膨れ上がり、どんどんと周囲の水を吸い込んで、さらに膨れていく。


 クラゲの肉体は水で出来ている。

 その性質を受け継いだこの魔物も、同じように水出できているのはわかる。


 だけれどこんなに膨れて……何が起きるんだ?


 既に俺の知らないことが起きていた。

 それはとてもワクワクする事なのだ。


 やがて水が急速にその肉体の真ん中に引き寄せられ、そして……。

 そして爆発が起きた。

 _________________________

 目を覚ますと、俺は島に流れ着いていた。

 身体に特に異常は無かった。


 だが、その代わりに、隣に一人の女性が座っているという状況がそこにはあった。


「…………誰だ?」


 見た目は真っ白と水色、所々にクラゲを思わせるフリルが着いている服を着て、そして俺を見て優しく微笑んでいた。


「改めて……感謝を述べようと思いまして。偉大なる賢者様」


 賢者と俺を見て言った。

 その事実にすぐに俺は臨戦態勢を取ろうとした。


「……わたくしはそんな危険な存在ではありませんよ。わたくしの名前は、そうですね…………フィサリオ。そう呼んでいただけたら幸いですわ」


 フィサリオ。

 そう名乗った彼女は、自分について語り始めた。


 _________________________


 わたくしの名前はフィサリオ。

 いえ、本名といいますか、正しい名前は『アビサル・フィサリオ・ファントムロード』です。


 わたくしは元々、海の精霊の一種でした。

 ですがある日、魔物と人間の戦争に巻き込まれ、その最中に身体に毒を受けてしまいました。


 その毒は恐ろしいもので、徐々に自分の自我が消えていくというものでした。

 わたくしは精霊、そしてその肉体は死ぬことはありません。

 ですが、わたくしの自我はわたくしが長年かけて積み上げてきた大切なものです。


 仲間たちとの大切な思い出、そして人間に愛されたいというわたくしの願い。

 この数千年間かけて積み上げたものが消えるのは、わたくしには怖くて仕方ありませんでした。


 ですが毒は確実にわたくしを蝕んでいました。


 ある時、仲間を一人手にかけてしまったこたがあります。

 でも、前までの自分から悲しいと思っていたことも、毒のせいでしょうか?

 全く悲しくありませんでした。

 むしろ、もったいない。

 美味しそう。


 そんな風に思った時にはもう手遅れでした。

 わたくしは自分以外の全ての『アビサル・フィサリオ・ファントムロード』達を食べ尽くし、そしてその度に自分を見失って行きました。


 でも毒はたまに消えます。

 そしてその時に罪悪感に押しつぶされそうになり、それ以上に他者を傷つけたくないという一心でわたくしは人里離れた島の下に身を隠したのです。


 わたくしは眠ることにしました。

 わたくしは不死身です。

 わたくしは死ぬことができません。

 わたくしが死ぬには、わたくしと同じ種族の存在に食べられる事しかできません。

 でも、わたくしの仲間はもう全てわたくしが食べました。


 死にたい。/でも死ぬ方法は無い。

 毒が苦しい。/楽にはなれない。


 痛みは日に日に膨れ上がり、自我もどんどんと消えていきました。

 わたくしはその時、明確に自分をモンスターだと理解してしまったのです。

 人に愛される存在になりたいと願ったわたくしの末路は、人里離れた場所で苦しむ、孤独な怪物なのだと。


 ……苦しいのです。

 苦しくて……たまらない……のです。

 誰か、誰かわたく……しを救って…………。




 突然、霧が晴れました。

 何が起きたのか、それはわかりませんでした。ですが、体の毒が少しづつ消えていくのです。


 わたくしは何百年ぶりに目を開けました。

 そして、わたくしの前に泳ぐその方を見たのです。


 その方の魔力はおかしいものでした。

 まるで世界から一人拒絶されたかのように、真っ白で透明で。

 でもその方の魔力を身体に取り込んだ途端、体の毒も、痛みも罪悪感も消えていきました。


 そしてその青年にわたくしは初めて救われたのです。

 そしてわたくしは人の姿を手に入れ、彼の横に降り立つことにしました。


 _________________________


 なるほど……?

 フィサリオの話を聞くに、毒が消えた事で自我を取り戻し、それにより進化したのだろう。


 ……そんなことあるのかなぁ……?





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