第2話 南の島に花が咲いてる。



 シャイな安達原。

 自己紹介で上がってしまい、下向いたまま、完全に固まってる。


 これではいかんと、無理して視線を上げた途端。

 いきなり叫んでしまった。


「……な、なんでー!?」


 なぜって?

 女生徒が居並んで、じっと自分を見つめてたから。


「女学生がいては、いけませんかのう?」


 思わず叫んでしまった安達原。


 すかさず、好々爺そのものと言った感じの爺さんが答える。

 四方山善哉よもやまぜんざい、特務実験艦隊長官である。


 たしかに安達原の前には、五名のうら若き乙女たちが立っている。

 しかも女子用セーラー服姿である(海軍の水兵服じゃなく女学生用のセーラー服)。


 ただし姿形という点では、四方山長官も変わっている。


 見れば現地の最高指揮官というのに、軍服を着ていない。

 白い開襟シャツに半ズボン。


 まんま、南洋開発の商社員である。


 ちょろりと伸ばした顎ヒゲなんか。

 日本人というより中国の仙人みたい。


 目は大黒様のようにくにゃりと細められ、目尻の笑い皺が見たまんまの性格を物語っている。


 頭は頭頂部まで剥げあがり、側頭部にちょろちょろと白髪が残っていた。


 もっとも特務艦隊の将官は、海軍をお払い箱になったロートルばかり。

 だから、いわば第二の人生を南の島で過ごしているといった感じかな?


 おっと、話がずれた。

 ジジイより女学生のほうが大事だ。


「だって長官……ここ秘密兵器の開発現場なんでしょう?」


「ほーほー、その通りですわい。ここにおる女生徒たちは、みんな勤労学徒動員された、立派な『学戦隊』ですがな。ほれ菊地、挨拶しなさい」


 四方山に命令された少女の一人が。

 律義に敬礼しながら一歩前に出た。


 聡明な頭脳を物語るかのように、双の瞳が輝いている。


 さすがは女子学徒の最高峰といわれる女学校生。

 しかも良家のお嬢様が多いとあって、なかなかの美人。


 最近とんとお目にかかれない、正真正銘の大和撫子である。


「はい、。わたくし、『海南高女付属すみれ特戦隊』・第一実験分隊、菊地ほのかです!」


 セーラー服もまぶしい菊地。

 その口から、意味不明の言葉が飛びだした。


「校長……せんせい?」


 安達原、目を白黒。


 ちなみに菊地ほのかの着ているセーラー服。

 南方仕様ということで、本土の夏服に準じて、半袖かつ短いスカートである。


 白い生地に清烈な紺の二本線(右袖の錨マークがかわいい)。


 女学生の象徴であるスカーフも紺。

 それがぽっこりと盛り上がった胸元で、品が良さそうに結ばれている。


 スカートも紺。

 いくつもヒダのある一般的なもの。


 たけは膝が見えていることでもわかる通り、かなり高い。

 内地でこんなものを着てたらである。


 そこからのびる健康的な足の先には、白いソックスと白い運動靴。

 さすがに南の島では、革靴は履けない。


 しかし、こんなに露出していて。

 虫に刺されないのだろうか?(そこかい!)。


「ほーっほっほっ。じつはのう、儂は海南の社長にたのまれて、臨海学校の校長も兼任しとるんじゃよ。なんせ人手がたりんもんでの。安達原君も教師の一人になってもらうんじゃから、そのつもりでよろしく頼みますぞ」


「えー。んなこと、聞いてませんって!」


 なにが悲しゅうて、新米軍人が学校の先生にならなきゃならん。


 しかも江田島とか予科練の教官ならまだしも。

 あろうことか、女学校の教師だと!


 自分の生命は、とうの昔に海軍に捧げたつもりの安達原。


 成績はともかく、気位だけは完全に一人前であった(見栄張るなって)。


「命令書ならありますぞ。本日付けで安達原少尉は、海軍特務艦隊を離れ、海南工業に配属すると。ほれ、大官寺重蔵司令長官の署名捺印もありますわい」


 四方山長官。

 ここぞとばかりに、赴任命令書を見せる。


 海軍の嫌われ者ばかりをあつめた愚連艦隊。

 そこから左遷された?


 つまり安達原。

 海軍の爪弾き者である特務実験艦隊からも見捨てられたことになる。


 あまりといえばあまりの仕打ちだよなー。


「……あううう」


 現状を把握した安達原。

 いきなり泣きだしそうな顔になった。


 虚勢を張ってみたものの。

 すぐに地が出る。


 そういや……。

 子供の頃は、『泣き虫ヒロちゃん』って言われてたっけ。


 心配そうに見守る、菊地ほのか以下、五名の女学校生徒たち。

 みんな、『乙女の祈りポーズ』してる……。


 うーん、絵になる。


「そう、悲観なされるな。ほれ、この子たちも心配しておりますぞ」


「だって、だって! 華の海軍兵学校をやっとこさ卒業して、末は艦長か提督かって思ってたのに……。なんでばっかり、こんな辺鄙な南の島で、女学生相手に学校の先生しなくちゃならいのー!!」


 あー、完全に幼児退行してる。


 思えば、兵学校では苛められた。

 体力がないばっかりに、野外教練では、いつも罰組に入れられたものだ。


 かといって、教科も最下位。

 先輩には気合が足らんと殴られ、同僚からはクズと蔑まれた。


 それでも兵学校にしがみついたのは。

 すべて憧れの軍艦に乗りたい一心だったのだ。


 なのに、この仕打ち、酷い!


「先生はついで、ですじゃ。あくまで本業は、『実験隊の総隊長』ですぞ」


「総隊長?」


 安達原、右の耳をぴくんとさせた。


「儂が特戦隊司令長官、君は実務部隊の総隊長。遠く離れた異国の地とはいえ、立派に御国のために役立つと思いますぞ?」


 左の耳もぴくんした。


 緊張感のかけらもない四方山少将。

 せっかく励ましてくれたけど、ちっとも現実感がわかない。


 でも……。

 新任の少尉風情が総隊長って、これ大出世じゃない?


 ふつうは小隊長。

 総隊長ってのは部隊編成にはないけど、たぶん小隊長よりエライはず。


 そういや、江田島の同級生だった寺中雪之丞てらなかゆきのじょう(こいつも落ちこぼれで、特務実験艦隊に放りこまれた)が、たしか伝令隊の小隊長とか言ってた。


 だから初めて、ドンジリ争いに勝ったことになる。


 もっとも……。


 女学生部隊の総隊長なんて恥ずかしすぎる。

 寺中にはもちろん、故郷の両親にすら言えんわなー。


 そう思うと、ちっとも嬉しくない(じつは寺中もの小隊長なんだけどね。落ちこぼれゆえに似たもの同士というわけだ)。


「安達原隊長! 私たち頑張ります! ですから隊長も……」


 菊地の隣にいた、まだ幼い顔つきの少女。

 背後で三つ編みに束ねた髪をふりながら、必死の形相で叫んだ。


 うう、かわゆい。



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